第4話

「どういうことだ。主殿」


 フィオラが首を傾げてそう言った。


「マスターの力で嵌合蟲の自我を取り戻すことができる……かも」

「そんなことできるのか?」


 歯切れの悪い言葉に、フィオラは信じ難いといったふうに唸る。


「メルセデスは有数の魔術師だぞ。こやつができないことを主殿はできると?」

「恐らく」

「……むう、そこまで言うのならば」


 フィオラは微妙に納得したように頷き、『しかしあれだけの防御術の使い手でかつ回復魔法にも長けている者などおるのか?』と呟いていた。


 俺は状態ステータスを表示させる。

 配下欄に移動し管理者権限を使って開くのは、もちろん嵌合蟲のものだ。


 名前:嵌合蟲(※状態異常:【狂気】)

 種族:嵌合蟲

 レベル:100

 HP:12500/12500

 MP:9000/9000


「すご……」


 とんでもないステータスに驚愕の声が漏れた。

 二人も充分に超人だとは思ったが、それを優に超えるステータス。正に化物だ。


 ただ、今は置いておく。

 注目するべき箇所が違う。名前の横にある※状態異常:【狂気】の表記を見た。


 これが原因で嵌合蟲は自我を失っているのだろう。

【狂気】に意識を向けると、先ほどの会話を裏付けるような表示が視界に現れた。


『管理者権限:Dpを消費して状態異常【狂気】を解除しますか?』


 恐らくだが、これで嵌合蟲の状態異常を治すことができる。

 俺は『はい』を押下した。


 すると、続けて表示が現れた。


『個体名【メルセデス】の封印魔法により解除を実行できません』


 なんだろうこれ。


『配下の封印魔法と判定。Dpを消費することで支配権の強制譲渡が可能です』


 なるほど……こんなこともできるのか。


「メルセデス。封印の支配権を俺に移し替えても問題ないかな」

「え、ええ。問題はないと思います。支配権が変わっても術効果は残る認識です。アン様が封印を行使する分には構いませんが」

「分かった。ありがとう」

「い、いえ……」


 俺が訊ねると、メルセデスは困惑した表情を浮かべた。


「ちょっと待て、そんなことが可能なのか?」


 フィオラが疑念を込めた口調でそう言う。


「やろうと思えばできますが……かなりの年数を要するはずです。それこそ私の封印魔法なら十年は見積もらないと」

「だが、主殿はいますぐに支配権を移すことができるような口ぶりだったぞ?」

「それは……」


 フィオラの問いに、メルセデスは黙り込んだ。


(……Dpって意外と万能なんだな)


 俺は夢中で状態ステータスを確認していた。

『Dpを消費して支配権の強制譲渡を行いますか?』と表示が出て『はい』を選択。


『――――支配権の譲渡に成功しました。個体名【メルセデス】から封印の支配権を移行します』

(よし、まずは成功だ)


 内心でガッツポーズを取っていると、背後からメルセデスの声が耳に届く。


「なっ」


 動揺の籠った声音だった。


「どうした?」とフィオラが訊ねる。

「……施している封印魔法の支配権が奪われた。こんなこと、あり得るのか」

「なっ……!」


 愕然と呟くメルセデスに、フィオラは恐れが混じった吐息を漏らした。


「まさか主殿が?」

「ごめんね。嵌合蟲を治すのに必要だったんだ」

「いや、そうではなくだな」


 そう言ってフィオラが呆然と呟いた。


「まさか、本当に治せるのか」


 前段階の封印は解けた。

 次は状態異常【狂気】の解除だ。


『管理者権限:Dpを消費して状態異常【狂気】を解除しますか?』


 はいを押すと、Dpが消費される。

 嵌合蟲の状態ステータスを見ると、綺麗さっぱり※状態異常:【狂気】は消えていた。


 名前:嵌合蟲

 種族:嵌合蟲

 レベル:100

 HP:12500/12500

 MP:9000/9000


「うん。これで大丈夫だと思う」


 振り返ると、メルセデスとフィオラは二人揃って顔を引き攣らせていた。



 ◇◇



 暫くすると嵌合蟲は目覚めた。

 薄っすらと目を開けた。現在の状況を確認しようと思ったのか、嵌合蟲は辺りを見回して……ちょうど俺と目が合った。


 次の瞬間。

 目にもとまらぬ速さで拳が飛んできた。


「主殿っ!」

「アン様っ!」


 二人が慌てるものの間に合わない。

 鎖を引き千切った拳が、鳩尾辺りに命中した。


『管理者権限:配下はダンジョンマスターにダメージを与えることができません』


 ――ただ、嵌合蟲も配下の一人。

 管理者権限によりパンチの衝撃は打ち消される。


「大丈夫だよ」


 そう告げると二人はホッと息をつく。


「へえ、あの一瞬で俺の攻撃を防ぐのか」


 感嘆の視線を向けてくる嵌合蟲に、フィオラがむすっとした表情で口を開いた。


「おい、寝起きだからといってやっていいことと悪いことがあるぞ」

「……あ?聞き覚えあると思ったらフィオラじゃねえか。それにメルセデスも」


 フィオラとメルセデスの姿に、嵌合蟲が思案顔を浮かべる。


「――そうか、思い出した」


 そして静かに呟いたかと思うと、嵌合蟲がちらと視線を向けてきた。

 な、なんだ?複眼だから少し怖い。


「あんたが俺を助けてくれたのか」

「……あんたではない。ダンジョンマスターのアン様だ」


 横入りでメルセデスが口を挟むと、嵌合蟲は吐き捨てるように言う。


「てめえには聞いてねえよ」

「ぬぐ……」


 苦虫を嚙み潰したような顔のメルセデスをよそに、嵌合蟲が再度訊ねてきた。


「で、どうなんだ?あれだけの防御術を使えるやつだ。メルセデスかと思ったが……そうでもないようだしな」


 ずいっと顔を近付けられたので思わず頷く。


「う、うん。君を治したのは俺だよ」

「……なるほどな」


 すると嵌合蟲は真剣な表情を浮かべて頭を下げた。


「ありがとう。アンタがここに来ることなく、あのままだったら俺は一生意識を取り戻せずに暗闇の中にいただろう。本当に助かった」


 上辺だけじゃない。

 心からの気持ちを嵌合蟲からは感じた。


「気にしないで。それよりも俺だけじゃなくて二人も尽力してくれていたよ」


 そう言うと、嵌合蟲はどうでもよさそうに首を振る。


「あいつらに礼はいらねえよ」

「んな、貴様が言うことじゃなかろう」

「まったく……あんな目に遭ったというのに昔から変わりませんね」


 フィオラとメルセデスはやれやれと溜息をついた。


「主殿、そいつに何か言ってやってくれい」


 フィオラがそう言ってくる。

 昔からの悪友みたいな感じなのだろうか。

 とはいえ親しき仲にも礼儀あり、だろう。


「御礼はちゃんと言うべきだと思うな」

「はあ、アンタがそう言うなら……メルセデス、フィオラ。……ありがとよ」


 そう言うと、嵌合蟲はむず痒そうにして感謝を告げた。

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