第3話

 フィオラとメルセデスは俺のことを一応は主と認めてくれたらしい。それだけ、フィオラの攻撃を防いだことには価値があるのだろう。快適な暮らしに一歩近づいた実感は小さな達成感をもたらしてくれた。


 そして、現在は二人にダンジョンを案内してもらっている。これもマスターとして認めてもらえたからかもしれない。


 少し歩くとメルセデスが思い出したように『そういえば、自己紹介がまだでしたね』と呟いた。軽い自己紹介が始まった。


「改めて……私はメルセデスと申します。種族は竜人です。マスターの為にこの力を振るうことを誓いましょう」

「儂はフィオラ。吸血鬼だ。……儂も何か言った方がいいか?」


 フィオラが小首を傾げてそう聞いてくる。


「畏まる必要はないよ。別に服従しろとかも言わない。ただダンジョンについてのことをほんの少し手伝ってくれたら嬉しいかな」


 俺がそう言うと、フィオラは満足げに鼻を鳴らした。


「うむ、それでこそ主殿だ」

「フィオラ……逆に貴方は敬意がなさすぎます」


 そんなフィオラに、メルセデスは呆れた視線を向けた。


「うるさいのう……ほれ、次は主殿の番だ」

「ああ、そっか」


 フィオラにそう言われて俺は気付く。

 一方的に記憶にあるせいか、彼等も俺を知っているものだと思ってしまった。


「早く名前を教えてくれい。主殿やマスターと呼ぶのもいいが……儂らだけが名前を知らないのはむず痒い気分だからの」


 フィオラに言葉に俺は少し考え込む。


(俺の名前か……)


 思い出せないんだよな。

 覚えているのは日本の企業で働き詰めだったことくらいだ。恐らく転生した影響がでているのだと思う。名前もundefinedだし……


「そうだね……俺の名前は……unde……アン。うん、アンでいい」


 凄い適当だけどいいか。

 この世界において俺の名前はあまり重要じゃないだろうし。


「なんじゃそれは」

「アン様ですか。素晴らしいお名前ですね」


 二人の反応は全く異なるもので、ちょっと笑いそうになった。



 そうして自己紹介が終わって歩いていると、視界の端にマークのようなものが浮かんでいることに気が付いた。

 おもむろにウィンドウを開くと、見覚えのある表示が現れる。


『管理者権限:配下のステータスを表示しますか?』


 どうやら保留状態になっていたようだ。

 ついでなので『はい』を選択してみると、二人のステータスが表示された。


(改めてみると……とんでもない強さだな)


 名前:メルセデス

 種族:竜人

 レベル:75

 HP:6800/6800

 MP:8200/8200


 名前:フィオラ

 種族:吸血鬼

 レベル:75

 HP:5600/5600

 MP:6400/6400


 名前:undefined

 種族:魔人

 レベル:1

 HP:30/30

 MP:15/15


 俺のステータスがこれと考えると、相当な強者に感じる。HPやMPは数十倍どころか百倍以上の差があるのだ。魔人はレベル1でもそれなりのステータスを保有しているはずなのに……。


「主殿、何をしておるのだ?」

「ああ、いや何でもないよ」


 フィオラに訊ねられ慌てて誤魔化す。

 続く言葉が見つからず、咄嗟に配下欄にあった三つ目の名前が口に出た。


 ◇メルセデス レベル:75

 ◇フィオラ  レベル:75

 ◇嵌合蟲   レベル:100


「そういえば、嵌合蟲ってなんなの?」

「「っ!」」


 すると二人は驚いたような表情を浮かべて、すぐに納得するように息をついた。


「そうでした……アン様はダンジョンコアの記憶を引き継いでいるのでしたね」

「ああ、驚いた」


 何その反応。

 名前を出してはいけないあの人みたいな扱いなのだろうか。

 そんなことを考えていると、フィオラが訊ねてきた。


「なぜ急に気になったんじゃ?」

「大した理由じゃないよ。かなりレベルが高いようだったから、彼?彼女?とも繋がりを持っておきたいと思って」


 内心を吐露すると、メルセデスが口を挟む。


「やめておいた方がいいと愚考いたします」

「ああ、そもそも今のあいつを御せる者などおらんだろう」


 フィオラも同意見のようだった。

 これだけの二人が反対するほどの配下とは一体何者なのだろう。


「どういうこと?」

「彼は強さを求めて畜生に堕ちました。自我を失い、目的もなく暴れることしかできない化物となっているのです」


 メルセデスが憐れむようにそう言った。



 ◇◇



 その後、嵌合蟲の元に足を運ぶことになった。ダンジョンの奥で幽閉されているらしい。様子を確認するついでに説明してくれるようだ。


「そもそも嵌合蟲って?種族、だよね」

「はい、ご認識の通りです。アン様は蟲人インセクトノイドという種族はご存じですか?」

「何となく……」


 メルセデスからの問いに曖昧に頷いた。

 ゲームでしか見たことはないけど、人型の昆虫といったイメージが強い。


「嵌合蟲は蟲人の一種なのです。ただ蟲人とは明確に異なる点があり、嵌合蟲は他の種族を体内に取り込むことで強くなります」

「どんどん食べるとレベルが上がっていくってこと」

「そうですね」


 だから嵌合蟲だけがレベル100だったのか。

 メルセデスとフィオラはレベル75で止まっていたのが、ほんの少し気に掛かっていたので解消できてよかった。


「でも、それと自我を失うことに何の関係が?」

「食べるという行為は他の魂を取り込むということ。取り込みすぎると、魂が混線してしまい自我を保てなくなるのです」


 メルセデスの言葉に、俺はへえと嘆息した。

 この世界には魂という概念がはっきり存在しているようだ。

 改めてここが異世界であることに感嘆していると、フィオラが口を開いた。


「あやつも馬鹿だのう。嵌合蟲の本能は強くなるためにあるとはいえ、その本能のタカすら外してしまったら本末転倒という他あるまいよ」


 彼女はボソリと呟いた。

 ダンジョンに仕えるもの同士、やはり思うところはあるのだろう。


 そうこうしていると目的の場所に着いた。

 牢獄のような場所で辺りは薄暗い。奥に進むと、人の気配がした。


「彼が嵌合蟲です」


 メルセデスが視線を向ける。

 嵌合蟲は牢獄の奥にいた。鎖で繋がれていてピクリとも動かない。

 外見は蟲というよりも人に近しかった。中世的な顔立ちで、髪は赤色。かなりの長さで腰くらいまではありそうだ。


「ここまで近づいても大丈夫なの?」

「ええ、封印術を施してあります。私が許可をしなければ指一本動かせません」


 メルセデスがそう言うと、フィオラが懐かしむようにボヤいた。


「あの時は大変だったのう」

「ああ、二人が彼を押さえ込んだんだね」


 俺の言葉に、メルセデスが目を細めて答えた。


「はい、自我を無くし森で暴れていたところを。流石に放っておくことはできませんでした。森への被害もありますが……」

「一応はともにダンジョンに仕える仲間のようなものだからのう」

「そっか」

「……回復させようと試みてはいるのですが、傷を負っているわけではなく毒に侵されているわけでもない。中々に難しい状態なのです」


 メルセデスの言葉に、俺はなるほどと頷いた。


(……何かできることはあるだろうか)


 俺はウィンドウを開き、嵌合蟲を治す方法について模索してみる。

 配下の悩みは主が解決するというわけではないが……嵌合蟲を治療して味方にすることができればダンジョンの防衛強化に繋がる。ひいては快適な暮らしを送ることにもつながってくるわけだ。


(かといってメルセデスほどの人ができないとなると――)


 そのとき、何の気なしに開いた状態ステータスで気になる表示を見つけた。


「ん?」


 これは……


「どうされましたか」


 メルセデスにそう聞かれて俺は口を開く。


「嵌合蟲の症状を治せるかもしれない」




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