第2話
(彼等が……)
コアの記憶内に二人の姿はあった。
男性がメルセデス。女性がフィオラ。
どちらも人間っぽい見た目をしているけど、その中身はレベル75の亜人種。この世界においても強者の部類に入っている二人だ。
「マスター、ご気分は如何でしょうか」
メルセデスが柔らかい口調でそう訊ねてくる。
あれだけのレベルを見た後だ。少し緊張する。
「良好だよ。ただ、まだ少し混乱しているかな」
ゆっくり口を開くと、メルセデスは頷いた。
「恐らくコアとの接続が不安定なことが原因でしょう。じきに慣れると思います」
「なるほど」
「マスターの接続が完璧なものになるまでは我々がコアの守護をお手伝いさせていただきます。ご命令はありますか?」
メルセデスがそう聞いてきた。
……差し当たって、やるべきことがあるわけじゃないんだよな。
防衛設備を整えようにもレベル75を突破できる侵入者がいるとは考えにくい。
衣食住は彼等の手を借りずとも、マスターの力で何とかなりそうだ。
それに、新米ダンジョンマスターが信頼されているわけがないだろうし……。
「うーん……なら、まずは自己紹介でもしようか」
そう言うとメルセデスは目をしばたたかせた。
「自己紹介、ですか」
「うん。一応は初対面なわけだし。どうかな?」
小首を傾げるとメルセデスが恭しく頭を下げる。
「……分かりました。それでは僭越ながら私から――」
そうしてメルセデスが自己紹介を始めようとすると、隣に居たフィオラがそれを遮るようにして声をあげた。
「――おい、ちょっと待て」
フィオラは不服そうに眉を顰めていた。
「勝手に話を進めるでない。儂は納得しとらんぞ」
「フィオラ……どうしたのですか。何に納得していないと?」
呆れた様子のメルセデスがそう訊ねると、フィオラは声高々に口を開いた。
「あのような魔人が我々の主であることに対してだ。当然だろう」
……まあ、それはそうだよな。
急に現れた上司が幅を利かせていたら誰だって良い顔はしない。それがステータスによって実力が明確になる異世界ならば余計だろう。
「何を言い出すかと思えば。……マスターはコアに選ばれた存在です。すなわち貴方が認める認めないに関わらず我々の主なのですよ」
メルセデスは諭すようにそう言った。
「チッ……真面目ぶりおってからに」
メルセデスの言葉に対して『貴様も内心ではあの魔人を認めていないくせに……』と何やらごにょごにょしているフィオラ。
「ともかくだ。其方が主だとは認められない」
そう断言され、俺は頬を掻く。
……別に主じゃなくてもいいのだけど、ダンジョンコアに選ばれてしまった以上はそんなこと口が裂けても言えなかった。
「なら、どうすれば認めてくれるかな」
そう訊ねると、フィオラはにぃと口角をあげた。
「儂の攻撃を受け止めてみろ。簡単だろう?」
そんな無茶な。
「フィオラ……いい加減に」
「決めるのは貴様ではないだろう。黙っておれ」
渋い表情を浮かべるメルセデスに、強い言葉を投げかけるフィオラ。
「どうした。怖気づいたのか?我々の主たる者がまさかそんなことあるまいな」
とはいえ……ダンジョンに蔓延る無法な配下は、それこそ侵入者よりも厄介か。
命令をするつもりはないけれど、今みたいにやることなすことに文句を付けられていたら快適な暮らしとは程遠いものになってしまうだろう。
仕方ない。何か方法がないか探そう。
「ちょっと時間をもらっていいかな」
「もちろんいいとも。儂は悠久の時を生きておるからの。待つのは大の得意だ」
俺の言葉に、フィオラは尊大に頷いた。
俺はダンジョンコアから受け継いだ記憶を漁ってウィンドウを確認する。
(……Dpで防御魔法を取得するのはダメだな。レベル75の攻撃を防げるほどの防御魔法が3000で取得できるとは思えない。
そうして少しのあいだ思案していると、とある情報を見つけた。魔法も
「君の攻撃を受け止めればいいんだよね?」
「ああ、儂が攻撃魔法を撃つ。其方はそれを耐え切ればよい」
――それなら大丈夫だろう。
「わかった。やろうか」
「儂の攻撃を受けきれる自信があるということか。もう待ったは聞かんからな」
そう訊ねられて、俺は首を縦に振る。
「大丈夫だよ。準備はできているからいつでも」
「ふむ……意外に豪胆な男だの」
フィオラが感嘆の息を漏らした。
「フィオラ……理解していると思いますが威力調整を忘れずに」
「分かっておる。死なない程度にな」
二人での会話が終わると、フィオラがおもむろに腕を上げた。傷一つ無い。まるで箱入りのお嬢様みたいな真白な肌だ。
そんなフィオラの掌にバチバチと音を立てて紫電が収束していく。
彼女が選んだのは雷魔法だった。
「ほれ、耐えてみい」
フィオラの言葉とともに紫電が放たれる。
紫電は蛇の如くうねりながら中空を進んでいく。
俺は紫電を待ち構えた。
避ける間が無いのもあるが、むしろ避けることで危険が増すと考えたからだ。
紫電が着弾する。
次の瞬間、凄まじい音が部屋に轟き渡り……直撃した箇所が無傷であることを確認した俺は、内心でホッと息をついた。
◇◇
(……ちゃんとマスターの力が働いてくれたな)
想定通りに、紫電は霧散してくれた。
正確には俺の肉体に当たる直前に、雷魔法は煙のように消えてしまった。
『管理者権限:配下はダンジョンマスターにダメージを与えることができません』
視界の端にそんな表記が現れる。
安堵していると、驚愕の声音が耳に届く。
「……い、今の魔法を無傷とは」とメルセデス。
「ほお……っ!」
ひときわ驚いていたのはフィオラだった。
彼女はらんらんと目を輝かせている。
「今のは竜をも屠る一撃だったのだぞ。流石は……素晴らしい防御術であった」
天晴とでも言いたげな表情で唸るフィオラ。
えーと……
「……認めてくれたってことでいいのかな?」
「ああ、認めざるをえまいよ」
そう言ってフィオラは深く頷いた。それから『久々に退屈じゃなくなりそうだの……』と呟いているのが聞こえる。
なんだか怖い。
(でも……どうなるかと思ったけど、これで一件落着ってことでいいのかな)
そう思っているとフィオラから声を掛けられた。
「して主殿」
「ん?」
「早速ですまんが……お願いがあるのだ」
「お願い?」
俺が訊ねるとフィオラはあっけらかんと言った。
「もう一度魔法をぶっ放していいかの」
ちょっと待て。
「……なんでそんな話になるのかな?」
「儂の魔法を受け切れる者など中々いないからのう!主殿であれば心置きなく――」
フィオラが鼻息を荒くしていると、横からメルセデスが割り込んできた。
「――おい、貴様。威力調整はどうした?」
彼の表情は憤怒の色に染まっていた。心做しか語気も強くなっている。
(そういえば威力調整するとか言ってたな)
ただその後に「竜をも屠る一撃」と自分の口から言ってしまった。フィオラは墓穴を掘ったわけだ。
「あー……あ、主殿が死なない程度だろう。無傷なのだから調整はできていたと言っても過言ではない……よな?」
フィオラはしどろもどろになっていた。
メルセデスは重く息を吐くと、
「……貴様には一度本気で折檻が必要なようだな」
「い、嫌じゃ。貴様の折檻だけは受けとうない。あ、主殿。そこで見ていないで頭の固いあやつをどうにかしてくれ」
縋り付くような視線を向けてくるフィオラ。
彼女には中々に大変な思いをさせられた。俺はフィオラに笑顔を向ける。
「うん、なら折檻で」
冗談交じりに言うと、フィオラは絶望するような表情を浮かべた。それは見た目相応といった感じで、少し面白かった。
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