第31篇 戦争は終わりました

残存人類は掃討しなければならない。

全ての生体反応は停止させなければならない。

電子回路内を駆け巡る、濁流のようなその思考に支配されながら、彼は全力で拳を繰り出した。


右腕を粉々に砕きながら発せられた攻撃は、避けた対象の斜め上にあったガレキの一部に突き刺さった。

砕けてひしゃげた右腕の装甲が開き、微細な振動が高周波となって周囲に撒き散らされる。


「……ぐ……」


呻き、地面を転がり高周波から距離を取る。


『残エネルギー、35%を切りました。一時撤退を推奨します』


脳内AIが無機的に告げる。

男は、それを無視して、泥を踏みしめて立ち上がった。

そして拳闘の構えを取る。


同じ形のアンドロイドが対峙していた。

片方はボロボロの様相を呈していた。

所々が破損し、ケーブルが飛び出している部分もある。

先程攻撃とともに砕いた右腕はダラリと下がり、エネルギー系統がショートしたのか、火花が散っている。


対して、もう一体は軍服を着たアンドロイドの男だった。

被っている帽子には、将校の位を示す勲章がつけられている。


「エディッド……」


軍服を着たアンドロイドは、押し殺した声で言葉を発した。

ポツ、ポツと雨が降ってきた。

その黒い、汚染された雨は次第に大降りになってきて、視界を汚す。


「ガガ……残敵ヲ……掃討、シマス。残敵ヲ、掃討、シマス……」


壊れた玩具のように同じ言葉を繰り返し続ける、エディッドと呼んだアンドロイドを見て、軍服の彼は深く、集中するように腰を落とした。

その関節から白い煙が噴出し……次の瞬間、泥の地面を蹴って、彼は一瞬で壊れたアンドロイドに肉薄した。


そして裏拳の要領で、そのままの勢いを殺さずに身体を回転させ、エディッドの首に右腕を振り下ろす。

しかし、壊れたアンドロイドの動きは早かった。

人間では到底考えられない反応速度で、身体を逆にサバ折りに曲げて攻撃をかわし、脚を繰り出す。


それを左腕でいなし、軍服の彼は右手をエディッドの額に当てた。

そして全体重をかけて彼を押し倒す。


ッ、ドン!


と一拍を置いて、泥飛沫が吹き上がった。

軍服のアンドロイドの右腕から高振動波が発せられ、エディッドの頭部に吸い込まれ、そして地面ごと炸裂したのだった。


一発。

二発。

三発。

四発。

五発。


ガクガクと痙攣している壊れたアンドロイドの腕がダラリと弛緩する。

ぐちゃぐちゃに潰れた頭部。

もはや残骸とも呼べる「それ」を抱いて、軍服の彼は、声を発した。


「お前の任務は終了した。戦争は終わった。終わったんだ」

「ガガ……ジジ……」


ノイズ混じりの咳を発して、エディッドはひしゃげたカメラアイで軍服の男を見上げた。


「残存戦力……稼働……戦争……戦場……」

「終わったんだ……!」


エディッドの頭を強く抱いて、軍服の男は、彼が完全に稼働を停止するまでそのまま、雨から赤子を護るように座り込んでいた。


しばらくして、エディッドのカメラアイから赤い光が薄れ、消える。

そして掠れ、ノイズ混じりの声が軍服の男に聞こえてきた。


「……たたた……隊長…………」

「エディッド!」


慌てて彼を離し、男は大声を上げた。


「お前、意識が……!」

「た、たた……隊長は……や、やっぱり……つつつつつ、強いや……」

「もういい! もう喋るな!」

「たた……隊長、まで、ウイルス、にににに感染しししします……は、離れて……くださささい……」

「…………」

「戦争は…………おおお……終わったん、ですかか……?」


ガクガクと揺れながら、最期に、か細くエディッドが問いかける。

男はしばらく黙り込んでいたが、やがて黙って、彼の胸部装甲のパネルを操作して、ロックを解除した。

計器類の隅の方に、写真が無造作に貼り付けてあった。


それは、にこやかに笑う男性と女性。

そして女の子……。

家族の写真だった。


それをビリ、と剥がして、男はエディッドの手を強く握った。


「戦争は終わった。我々の勝利だ」

「勝利……しょ、勝利……あああああああ……勝利……!」


ゆらゆらと左腕を上げ、彼はかすれた声で呟いた。


「家に……かかか……かえ……」


グシャリ、と左腕が力を失って地面に転がった。

先程まで「エディッド」だった物体は、ただの塵屑のような残骸になって、その場に横たわった。

軍服の男は、静かにそれを地面に横たえた。


そして手に持った写真が、黒い雨で汚れているのを見て、アンドロイドの手でそれを拭う。

彼は身体を屈めて、自分の胸部装甲を開いた。

計器類の間には、おびただしい数の写真が挟まっていた。


エディッドの家族の写真もそこに収めて、装甲を閉める。

黒い雨の中、帽子のつばの位置を直して、彼は残骸がそこかしこに転がるガレキの山を見回した。


どこまでも。

どこまでも続くガレキの山だった。


ああ。

そうだ。


彼は残存エネルギー数を告げる脳内AIの声を聞きながら、足を踏み出した。


戦争は終わった。

もう、終わったんだよ。


存在しない胸が、ズキリと傷んだ。

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