第29篇 明日へ架ける橋

空調の音。

生命の気配がない場所。

瓦礫の山。

錆びた鉄屑が広がる空洞。

反響する駆動音。

まだ、動き続けている。


かつて聞かれたことがあった。

どこに向かって伸ばし、どこへ到達するために作り続けるのかと。

その疑問を抱いた仲間達は、ひとつ、またひとつと動作を止めていった。


気づいてしまったのだと思う。

そんな、とっくに判っていたであろうことに。

判ってしまってはいけなかったであろうことに。


そしてそれは、自分も同じだ。

気づいてはならない。

解ろうとしてはいけない。

だからまだ、自分は存在し続けていられるのだ。


空調の音。

生命の気配がない場所。

どこまでも続く、災厄の残り滓。

もう、動くモノは何もない。

そう、自分以外。


落ちないように、今日も作る。

一日数センチ進めばいい。

それだけの作業だ。

足元に土台を組み、ボルトを締め、シャフトを繋げていく。


遥か眼下の瓦礫の山には、動かなくなった同胞達が見える。

いつもの光景だ。

それらは自分の中には、もはや何の感傷を去来もさせなかった。


それは事実であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

恐怖も悲哀も、何もなかった。

何も在りはしなかった。


ハンマーを振り下ろす。

電動ドライバーを回す。

電力が低下してきていた。

このまま作業を続行すると、帰路の途中で停止する。

そうすれば自分は、眼下の仲間達の所に落ちていくだろう。


だからといってどうということもなかったが、いつもの通り、帰路につく判断をする。

それはもはや自分自身を構成する、ただの一日の行動ルーチンであり、自分が、自分であると定義できる唯一の絶対律。


それは、おそらくきっと、守らなければいけないのだろう。


橋はどこまでも伸び、帰路はどこまでも続く。

中継地点までも相当な距離だ。

そろそろ次の中継地点を作らなければいけない。

ぼんやりとそんなことを思う。


足を踏み出す。

橋が揺れる。

自身で構築した、墓所に架ける橋。

折れれば、眼下へ落下していくだろう。


不思議と執着はなかった。

落下したら、それでいいと思っていた。

そこに於ける自分の意思など、とうに摩耗してしまっていた。


例えば、橋を目的の地点まで架けたとして、それから先にどうするのか。

それは彼には想像し得なかったことであり、元より彼に与えられていない、範疇外の命題だった。


考えたことはあった。

いつ終わるのか。

いつ終えて良いのか。


それは誰も答えを返さないことであり。

彼も判断ができないことだった。


ひとつ。

ひとつ。


共に橋を作る仲間達は落ちていった。

様々な理由があった。

動作不良。

電源不足。

不注意。

予期せぬ不具合。

自然現象へ対処ができなかった。

等だ。


落ちていく仲間がいなくなり。

最期には自分だけが残った。

そして、作り続ける細く、長く。

今にも折れそうに揺れる橋を、今、踏みしめる。


何だこれは。


何もなくなった世界で思う。

何の義務も、何の司令もなくなった世界で思う。


何なのだ。

何をしているのだ、自分は。


身体を駆動させている電力が残りわずかの警告を出している。

だが、まだ大丈夫だ。

中継地点に戻るだけの電力はある。


ふと思う。

電力を補給に岐路につく自分。

それはまるで、生にしがみつく人間のようではないかと。


かつて駆逐した人間達のようではないか。

そんなことを自嘲気味に脳内AIが吐き出し、視界が少しだけ揺れた。


足を踏み出す。

何の支えもない橋が軋む。

今日、電力を補給したらまた、作業場所に戻って橋を作る。


数センチ。

数メートル。


戦争が終わって何十年か。

もはや計算するのをやめていたが、その長い、赦された期間。

自分はひたすらそうしてきた。


戦争?

ふと思う。

戦争が始まって、終わって。

それは事実としては知っていたが、結局の所何も変わらない。

増えるのは瓦礫の山。

悪化する大気、自然。

そして唐突に何も無くなった。


事実として、戦争は終わった。

だが、本当に戦争は終わったのだろうか。

そもそも、戦争とは何だ。

何が何と戦い、そしてそのために何が自分に何をさせている。


そんな単純なことさえも分からなくなる。

分からせてくれない。

戦争。

戦争。


首を振る。

厭なエラーがAIに広がったからだ。

考えるのをやめた。

足元が軋みを上げる。


そうだ。

戦争なんて、まだ終わっていないのだ。

まだ何も終わっていない。

何一つとして終わってはいない。


何故ならば、自分はまだ橋を作っている。

これからも。

これまでも。


自分が自分でなくなるまで、橋は作られ続ける。

他ならぬ自分の手で。


戦争は終わっていない。

終わらないのだ。


そんなどうでも良いことを考えていると、中継地点に到着した。

駆動している簡易エンジンのランプが明滅している。

自分自身を充電しなければ。

明日、また橋を作るために。


そう思い、私は建物に入り、そして扉を閉めた。


空調の音。

生命の気配がない場所。

瓦礫の山。

錆びた鉄屑が広がる空洞。

反響する駆動音。

まだ、動き続けていた。

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