第26篇 サヨナラ

こんにちは。

元気にしてるかな。

世界はまだ戦争をしているのかな。

まだ、あなたは戦っているのかな。


私が出発してから、三時間が経ちました。

このメッセージがあなたに届くのは、五年後になります。


あなたは、私が亜光速航行技術のテストパイロットになるのを、殴ってでも止めようとしてくれたね。


ありがとう。

とても、嬉しかった。


でも、多分。

このテストは、私がパイロットをしなければいけないんだ。

たとえ、絶対に失敗すると分かっていても、私しか適正者がいない以上、行かなきゃいけないんだよ。


もしも。

もしもね。

私が消えた後。

この技術が完成して、亜光速航行が可能になったら、ヒトは時間さえも跳躍することができるようになる。


近い将来。

そうなると、私は信じてる。


信じたいんだ。


だから、私はこれから3回だけ、あなたにメッセージを遺すことにしました。

届くといいな。

あなたが生きている時間が。

私が生きていた時間ではなくて。

どこか、別の場所に変わっているといいな。


この機械は加速しているから、次のメールが届くのは7年後になります。

あなたからのお返事は受けられないから、私の自己満足みたいなものだけど。


どうか。

どうか、ね。

しあわせでいてね。

健康で暮らしてね。

私が望む、思い描くすべてのしあわせが、あなたに起こっていますように。


それじゃ、また。

7年後に、メールを届けるね。



私が出発してから、6時間が経ちました。

さっきからAIの調子が悪いです。


原因は分からないです。

私が亜光速航行で別の時間軸に跳躍を試していることで、何らかのタイムパラドックスが発生した可能性があります。


もしも。

私がそもそも存在しない世界になってしまったら。

あなたは、そこにいるのかな。

あなたは、そこでまだ、いてくれますか?


私と出会わなかったとしても。

しあわせで、いてくれますか?


……変なことを聞いてしまったね。

ごめんね。


世界はどうですか?

多分、私が実験で出発してから、十二年から十五年くらいの時間が経っていると思います。

私の体感では6時間しか経っていないのに、何だか怖いね。


戦いは、終わりましたか?

あなたは、しあわせになりましたか?

しあわせになってくれましたか?


私達が生きていた時間は、地獄だったね。

何もかもが戦争をしていて。

何もかもが、誰もを利用して、怖がって、酷いことをして。

友達は沢山実験で消えたよ。

研究所も沢山壊された。


目の前で人が死ぬところも、何回も見てきた。

それは戦場で戦っているあなたの方が、よく見ているかな。

いい気分じゃないね。

でも、不思議とね。

何も感じないんだ。

ああ、この人終わったんだなってぼんやり思うだけ。


変かな。

カウンセラーの先生は、私のことを統合失調症だって言っていたけど、よく分からないんだ。


あなたとは数回しか会ってないけど、私のことを助けてくれたね。

死にそうな私を担いで、何十キロも歩いてくれた。


ねえ。

どうしてそんなことをしたの?

私を棄てていけば、もっと安全に帰れたでしょう?

でも、あなたは私を棄てなかった。


嬉しかったんだ。

こんなヒトって、いるんだ、って思った。


私のいた世界は、もう既にグチャグチャだったから。

何をしても何もうまくいく未来はないし。

うまくいく兆しもどこにもなかった。


でも、あなたは私を助けてくれた。

私はその時にね。

はじめて「生きていていいんだ」って思ったんだ。


馬鹿みたいな話でしょう?

でも、そう思ったの。


世界は滅茶苦茶だね。

でも、時間はどんどん流れていく。

止まらないね。

何もかも。

私が苦しもうと、あなたが苦しもうと。

世界は普通にグチャグチャだし、滅茶苦茶なんだよね。


だから、私は思うの。

私がもしも世界からいなくなって。

それは、私の世界の終わりを示すことだけれど。


もしもそれで、あなたがいる世界が、別の世界に置き換われたら嬉しいなって。

そんなに素敵なことはないなって。

思うんだ。


その結果、あなたが私を忘れてしまってもいいの。

私のことを最初から分からない存在になってしまってもいいの。

私が、あなたの隣にいなくてもいいの。


ねえ。

何か、変わった?

変わってくれてると、いいな。


次のメッセージで、多分最後になります。

加速度が三百%を超えました。

届くのはいつになるか分からないけど。


届くと、いいな。



こんにちは。

私のことを、覚えていてくれていますか?


世界はどうなりましたか?

しあわせな世界になりましたか?

あなたは、しあわせですか?


いろいろ考えたんだ。

何だか、怖くなっちゃった。


私は、本当に存在していたのかな。

あの滅茶苦茶な世界に。

もしも。

この実験が失敗して。

私が、次元軸から外れた場所で消失したとして。

それは何も記録されずに終わるの。

私は、何の意味もなく消えるの。


多分、数分後にそうなると思う。


でも、もし。

もしも少しでも救いがあるのなら。

神様がどこかにいるのだとしたら。


あなたのいるその世界が。

私にはもう届かない場所だけど。

私にもう関係のない場所だけれど。


しあわせでありますように。

何もかもが光に満ち溢れていますように。

私が欲しかったすべてを。

私が願ったすべてを。

あなたが、それを手にして笑っていてくれるといいな。


このメッセージが届くかどうかもわからないね。

でも、どこかの誰かが、いつか。

読んでくれることを願って。


あなたに、届くことを願って。

私は通信装置を切ろうと思います。


さようなら。

私の願った世界。


さようなら。

私の愛したあなた。


二十七号、通信を途絶します。

サヨナラ。

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