第22篇 聖なる騎士

ガレキの山が広がる中、二人の「騎士」はその中で静かに対峙していた。


騎士。

そう呼ばれていた。

人間の生きた脳をシステムの制御機構として使用した、生体機械。


人工筋肉と強化外骨格に覆われた巨大な体躯。

さながら中世の兵士が纏った鎧のような外見をしている、「生きた鎧」……それが、騎士だった。


人間のアンドロイド化の一端として開発されていたものだが、結果として戦場ではかなりの戦果を上げていた。

その理由は、人間の脳部をそのまま人体を模した「人工人体」に組み込むことにある。


ヒトというのは不思議なもので、制御機構として機械に体を組み込むと、必ずどこかしらの動作でエラーを起こす。

完全に脳部までもをアンドロイド化してしまえば解決するかというと、そうではない。

原因不明のエラーにより、遅かれ早かれ、大概は暴走して自壊をしてしまうのが、現状の研究が辿り着いた結果だった。


騎士はそれとは違い、機械で構築された「人体」と同じ構成のパーツに脳部を組み込む。

それにより、機械と人体の融合をよりシームレスにできる。

暴走する確率も、アンドロイド化手術より少ないと言われていた。


「黒騎士」が現れるまでは。



ガレキとなった、かつて街があった場所を踏みしめ、黒い強化外骨格を纏った「彼」が動き出す。

片手には装甲車両も破壊する大型の連想銃。

もう片方には高分子振動を起こし、硬化カーボンも切断する大型のサーベルを装備している。


黒騎士だった。


周囲には、胴体から両断されて頭部……つまり脳を潰されて動作を停止した、仲間だった「騎士」達が数体転がっていた。


今は、「私」は呼吸をすることはない。

汗をかくことも、緊張により震えることさえも機械制御でなくなっている。


そう、私は「騎士」だ。


真っ白い強化外骨格の自分の体を、カメラアイで見る。

そして、ゆっくりとこちらに向けて侵攻を再開した黒騎士に視線を向けた。


そうだ、私はもう守られる脆弱なヒトではない。

あの黒騎士を破壊することのできるスペックを持つ、「生体兵器」なんだ。


『退却だ! これ以上部隊に損害を出すわけにはいかない!』


遠距離から司令官が、脳内スピーカー越しに大声を送ってくる。


退却……?


冗談ではない。

私は、この時、この瞬間を待ち望み。

この時間のために全てを捨て。

人間であることを、辞めたのだ。


手に持った単分子サーベルを両手で構え直し、私は脳内で戦闘プログラムを起動した。

視界がクリアになり、雑念が消える。


もともと無力だったはずの、ただのヒトだったはずの私が生体兵器へと変貌を遂げる瞬間。

脳内プログラムに命じて、戦闘システムを、あらゆる想定されるパターンで全て、次々と解除をしていく。


そうだ。

私は無敵だ。

そのためにヒトを捨てたのだから。

だから。

逃げる訳にはいかない。

退却する訳にはいかない。


この瞬間の為に、「生きて」きたんだ。


通信を遮断する。

喚いている司令官の声が聞こえなくなる。

私は、ゆっくりと侵攻を続ける黒騎士に対して、声を発した。


「……すぐに、楽にしてあげるから」


地面を蹴る。

私の鈍重な体躯が宙を舞い、数メートルもの距離を放物線を描いて跳躍した。

そして黒騎士に躍りかかる。


殺意。


明確なそれを持って振り下ろした単分子サーベルは、黒騎士が片手で振ったサーベルに簡単に受け止められた。

衝撃音と衝撃波が周囲に広がる。


単分子振動をしている物体が衝突したのだ。

重機で殴りつけられたかのような衝撃が体中に広がり、異常なショックを示すアラートが脳内で鳴る。


躍りかかった私は、しかし反対方向に跳ね飛ばされた。

ヒトならば腕が千切れている衝撃だ。

しかし強化人体はそのショックに耐えた。

黒騎士も後方に滑るように押し出されている。


重量は私の方が、圧倒的に軽い。

「彼」は重装甲タイプ。

私は軽装甲、対極だ。


空中を回転して、地面を滑りながら着地する。

そして腰からマガジンと短銃を抜き放ち、セットと同時に黒騎士に放った。

放たれた榴弾は全て黒騎士の頭部に、正確に吸い込まれて炸裂する。


しかし爆炎を上げながらも、相手は足を踏み出した。

ゆっくりと片手の巨大連想銃がこちらを向くのが見えた。


無傷。

榴弾では駄目だ。

やはり、近づいてサーベルで脳部を叩き斬るしかない。


そう考えた瞬間、黒騎士の連装銃が火を噴いた。

避けた、と思った時には遅かった。

雨嵐と通過した銃弾の群れが、私の左腕を肩部から薙ぎ払った。


痛みはない。

しかし、左腕が肩から吹き飛ばされた異常を示すアラートが鳴り響き、視界の脳内スクリーンに、損傷の重度率と割合が表示される。


軽く舌打ちして、無事な方の右手で握っていた短銃を投げ捨てる。

そしてもう一度、単分子サーベルを握り、起動させた。

超高速振動をする刃を黒騎士に向け、私はガレキを蹴ってその場を転がった。


今まで私がいた場所を、再度連想銃の群れが通過する。

強力な武装だ。

まともに受ければ、騎士の体でさえひとたまりもないだろう。


足に意識を集中させる。

人工筋肉が収縮して力を溜める。

そしてそれを一気に開放した。


私の体は弾丸のように宙を飛び、そのまま黒騎士に肉薄した。

考える間もなく、単分子サーベルを突き出す。

体全体の重量を乗せて放った斬撃。

それは、黒騎士の喉を貫通して向こう側に抜けた。


ヒトなら、致命傷だった。

ヒトならば。

そこで終わりの筈だった。


黒騎士は連想銃を投げ捨てると、そのまま腕を振り上げ、私に向けて振り下ろした。

両肩から胸にかけて、凄まじい力が通過する。


気づいた時には、私は地面に転がる、砕かれたもう片方の腕を見ており。

そのまま壊れたブリキの玩具のように、地面に崩れ落ちた。



ポタ……ポタ……と、何かが、仰向けに地面に倒れる私の顔に落ちていた。

オイルだった。

黒く焦げて腐食したオイルが、黒騎士の喉元から溢れて、落ちている。


黒騎士は私の顔を覗き込んでいた。

そのカメラアイが、何度も、何度も拡大と収縮を繰り返していた。


私は、もは「私」でさえもなくなった顔で、笑いかけようとして失敗した。

ノイズ混じりの、壊れかけの声を発するのが精一杯だった。


「帰ろう……」


まだ足が残っている。

地面を足で蹴り、残った駆動系のエネルギーを全て、この動作に回す。

黒騎士の喉に突き刺さった単分子サーベルを蹴り上げ、私は「敵」の頭蓋を両断した。



崩れ落ちた黒い騎士と、地面に転がった白い騎士は、既に双方共に動きを止めていた。

黒騎士の脳は単分子サーベルの高振動で破壊されており。

白騎士の脳は、過剰に動かし続けて逆流した、駆動系のエネルギーにより焼き切れていた。


動かぬ残骸。

もう動けぬそれら「ヒトだったもの」は。


ただ、昇り始めた朝日に、二つとも同じように、オイルにまみれて光っていた。

辺りにはもう、静寂しか広がってはいなかった。

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