第20篇 邪眼
大量殺戮兵器、ジェノサイドロンとそれは呼ばれた。
様々な兵器が開発された。
爆弾、毒ガス、放射能。
それでも尚死滅しない人類と、叛乱を起こしたアンドロイド達との戦い。
生き残った人類が選択したのは、それらの力を越える生体兵器を造り出すことだった。
アンドロイドのように叛乱を起こす恐れのない、「人間」の部分を色濃く残した兵器。
生体パーツを数多く残した、「人間に近い」戦略兵器。
それがジェノサイドロン。
後にヒトはその業の深さに自らを滅ぼすことになるが。
それは、苛烈な戦争が終結してからのことだった。
◇
両目に拘束器具を巻きつけられた少女が、両腕を固定器具に磔にされた状態でガレキの山が広がる戦場に運び出される。
『目標、前方二百メートル先に複数。やれるな?』
耳元のスピーカーから、司令官の淡々とした声を受けて、少女は掠れた声で返した。
「はい」
『拘束を解除する。行け』
少女を拘束していた器具から白い煙が噴出し、剥がれていく。
彼女は目を覆っていたバイザーを手で取ると、脇に投げ捨てた。
少女の「目」は異様な色をしていた。
白目がないのだ。
真っ黒な……まるで「穴」……。
穿たれた黒い、光を吸収するブラックホールのような「モノ」が顔に二つ、ついている。
彼女はふらりと足を踏み出すと、眼前の戦場へとゆっくりと歩き出した。
『生体兵器の反応多数。アンドロイドだ。一機も残すな』
「はい」
静かに司令官にそう返す。
彼女の「目」に、多数の動く「機械人形」達の姿が映る。
銀色の体躯を光らせ、マネキンのような体を動かしているモノ……アンドロイド。
人間を抹殺するためだけに動いている物体。
敵だ。
少女の黒い目が険しくなる。
アンドロイド達は、既に少女の接近を感知していたのか、ゆっくりと包囲を狭めてきた。
そして奇声を上げて、彼女に躍りかかる。
途端。
アンドロイドの頭部が爆ぜた。
内部にあった生体パーツが沸騰して、空中で爆裂する。
堰を切ったように襲いかかるアンドロイド達を、少女は黒い目で一瞥した。
濁った爆音と共に、アンドロイドの頭部が爆発していく。
それは「戦争」ではなかった。
一方的な「暴力」による、「駆除」……。
ジェノサイドロンによるアンドロイドの粛清だった。
◇
目に拘束具をつけられた少女は、真っ白い病室のような部屋に入り、ベッドに倒れ込んだ。
両腕にも拘束具がつけられており、一定以上は上がらないようになっている。
拘束具を外せないようになっているのだ。
「お疲れ様」
優しく声をかけられ、少女は部屋の隅に顔を向けた。
そこには、同様に目と腕に拘束具をつけられた少年がベッドの上に座っていた。
「体は大丈夫?」
「…………」
少女は無言でゆっくりと少年に近づくと、その脇に腰を下ろした。
そしてそっと、彼の肩に自分の体を預ける。
「……疲れたなぁ」
小さな呟きを聞いて、少年は軽く笑った。
「そうだね」
「戦争、終わるのかな」
「どうかな」
「終わらないの?」
「さてね……終わると、思うかい?」
逆に問いかけられ、少女は膝を自分の方に引き寄せ、小さく呟いた。
「……思わない」
「ならきっとそうなんだろう。期待するだけ、無駄だよ」
「達観してるね」
言われ、少年は拘束具がつけられた腕を動かして少女の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「事実は事実さ。それは受け止めていかなくちゃ」
「でも……それでも。夢って見ちゃいけないのかな……」
「夢……夢かぁ……」
少年はそう言って、ぼんやりと呟いた。
「夢かどうかわからないけどさ」
「うん」
「君の顔を、一度でいいから見てみたいな」
「…………」
言葉を失って、少女は彼の方を向いた。
そんなことを言われたのは今までで初めてのことだったし、想像もしていないことだったのだ。
「私の……顔……?」
「そう。君の顔。僕は、他にはもう何もいらないなぁ……」
少女は少しだけ悲しそうに顔を歪めると、彼の手を握った。
「バカ……」
「…………」
「どうしてそんな、悲しいことを言うの……」
◇
数度目の戦場。
それは苛烈を極めた。
ジェノサイドロンの唯一の欠点。
それは、素体がほぼ人間ということ。
そこには疲労もあるし、疲労から来るミスもある。
連続運用はできない。
それがジェノサイドロンが決戦兵器たるゆえんであり……。
唯一にして最大の弱点でもあった。
いつもはすぐに終わる戦闘だった。
しかし、その実はアンドロイド部隊の総戦力をかけた大規模な戦闘だった。
人間側はそれを見誤り……。
結果、戦況は押され続け、敗色は濃くなっていた。
◇
アンドロイドの群れに取り囲まれながら、少女は黒い目で周りを睨みつけていた。
射程距離を読まれている。
攻撃が当たらない位置から重火器での牽制を続けられていた。
武装した兵士に守ってもらっているが、それがかえって邪魔になっていた。
荒く息をつく。
背中合わせに、同様に荒く息をついている少年がいた。
彼も拘束具を外し、黒い目で周りを睨みつけていた。
「どうすればいい……? このままじゃ負けるよ……」
か細い声でそう呟いた少女に、少年は何かを答えようとして……。
遠くの瓦礫の上が光るのを見て、反射的に少女に覆いかぶさった。
パァン……と軽い音がした。
彼の頭が爆ぜた。
「え」
超距離の狙撃ライフルだった。
敵のアンドロイド兵士が超遠距離から放ったのだろう。
二撃目が来る。
そう思った瞬間、少女の頭に重機で殴りつけられたかのような衝撃が走り、彼女の体は宙を舞った。
◇
二人は、アンドロイドに蹂躙される戦場のど真ん中で、両手を握り合って倒れていた。
その、半ば潰れた黒い目はお互いを見つめていて。
その視線はどこか悲しそうで。
そして、どこか苦しそうだったが。
虚無の奥には確かに、一つのあたたかい「何か」があった。
銃声に、戦場が塗りつぶされていく。
それは数多ある敗戦の一つ。
それ以上でも、それ以下のことでもなかった。
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