第19篇 傷痕

その少女の放った銃弾は、正確に彼の右目に突き刺さった。

しかし、ちっぽけすぎる抵抗のそれは、機械の体に致命傷を与えるには至らず、カメラアイを一部破壊しただけで虚しく地面に転がった。


「来ないで! 化け物!」


怒号が空を裂く。

右目にエラーを起こした「彼」は、しかし体中からモーターの音をさせながら、少女に向かってゆっくり手を伸ばした。


「ア……ア……」


悲しみで、体中が潰されそうだった。

苦しみで、胸が押し潰されそうだった。


拒絶。


自分に拳銃を向ける少女の威嚇行動。

右目を右手で押さえながら、彼はくぐもった音声を発した。


「やめるんだ……銃を降ろせ。父さんだよ。お願いだ。俺に銃を向けないでくれ……」

「父さん……? 何を言うの! 母さんを殺した分際で! アンドロイドが!」


少女が叫ぶ。

その傍らには、血まみれになって、すでに息絶えた女性が転がっていた。


殺した。

俺が……。

妻を。


その事実がどうしても頭の中で「認識」できない。

彼は呻き、心の底から藻掻き苦しみながら、少女に向かってまた手を伸ばした。

そしてガクガクと震える足を踏み出そうとする。


「本当だ……お前達を助けに来たんだ。だけど、父さんの脳は今、機械制御されている。敵性行動を感知すると、自動で反撃してしまう。銃を降ろしてくれ……」

「嫌よ……」


少女はそう言って、憎しみの充満した瞳で彼を睨んだ。


「私はアンドロイドなんかに殺されない。父さんはもう戦争で死んだのよ。どこの趣味の悪い奴らか知らないけど……いつまでもあんた達の思い通りになるとは思わないことね」


吐き捨て、彼女は銃を降ろした。

ホッとして近づこうとした彼の前で、少女は持っていた銃を口に咥えた。


銃声が響いた。



事切れた妻と娘の前で、男性は立ち尽くしていた。

右目はエラーを起こし、カメラアイが不規則に点滅している。

しばらくして脳内通信がノイズと共に送られてきた。


『応答せよ、G84番。残存人類は発見できたのか?』


しばらくそれに答えず、彼は血まみれの家族を見下ろしていた。


『応答せよ、何かあったのか?』


だいぶ経った頃、彼は耳元に手を当てて一言だけ通信を返した。


「残存人類の生体反応を、2体停止させました……」



戦争は激化していた。

人間をアンドロイドへと改造し、機械化兵として運用する。

その穴だらけの計画は、当初上げた数々の成果により世界中に広まっていくことになる。


まず犠牲になったのは、戦争で四肢を欠損した人々だった。

そのままでは死を待つばかりの人間に承諾を取り、機械の兵士として「改造」を施す。


無論、「人間」を殺すためだ。


男性は、帝国に鹵獲された敵国の兵士だった。

すでに右手と両足を失い、脊髄にも損傷があった彼は、帝国により有無を言わさず機械化手術を施された。

人権も、ヒトとしての尊厳も剥奪され、ただ自国の人間達を轢殺するだけの存在として生まれ変わらされたのだった。


自らの生まれ育った街を襲撃した時。

彼は必死で探した。

自分の家族が隠れているであろうシェルターを。

そして見つけ……。


妻を殺して、しまったのだった。



ガタン、ゴトン、と飛空艇が揺れる。

空路で別の戦場に運ばれているのだ。


輸送艇の中には、多数の機械化兵士達が詰め込まれていた。

うつむいて何も喋らない彼は、右目に人間がやるように眼帯を巻いていた。

隣に座っていたアンドロイドが、それを見て不思議そうに声をかけた。


「なぁ、あんた」

「…………?」

「その右目、故障してるのか? メンテナンスは受けないのか?」


問いかけられ、彼は乾いた声で小さく笑った。

そして眼帯を指でなぞって、小さな声で答える。


「これは大事な『傷痕』なんだ」

「傷痕……?」


怪訝そうに返したアンドロイド兵士に、彼は続けた。


「これがなくなってしまったら、俺は俺でいらなくなってしまう。だから残しているんだ」

「……よく分からんが、戦闘の支障になるようなら即急に修理してもらうといい。これから向かう基地は、前のところよりも技術が高いらしいからな」

「…………」

「俺達は戦争をしているんだ。感傷は捨てた方がいい」



終わりは呆気なかった。

次に出撃した戦場で、彼らは敵国のアンドロイド部隊と戦闘をすることになった。


待ち伏せだった。

完全に光学迷彩で姿を消した奇襲部隊に攻撃され、味方は一人、また一人と斃れていった。


彼も、夜の暗闇の中サーモグラフィ探知を有効にし、左目だけの視界で周囲を確認し、応戦していた。

ガレキと化した住宅街に銃弾が飛び交う。

所々で地雷が地面から火柱を上げて噴き上がっていた。


一瞬のことだった。

右目の死角から、光学迷彩を纏った敵アンドロイドが突撃してきたのだ。

そのアンドロイドが持つ長槍のような武装が胴体を貫通するのを、彼はどこか冷めた目で見ていた。


エラー。

致命的な動作不良を示す文字列が視界に明滅している。

アンドロイドは長槍を手放し飛び退った。

数秒後、それは彼の体内に入ったまま、内部の爆薬に点火して大爆発を上げた。


粉々になって地面に崩れ落ちた彼は。

残った左目の視界が段々暗くなっていくのを、ゆっくりと感じていた。



いつの間にか、色とりどりの花が咲き乱れる場所に立っていた。

かつて失ったヒトの体で、彼は花畑に立ち尽くしていた。


右目に手をやる。

そこには深い傷があり、片方の視界はなかった。


残った左目で周りを見る。

少し離れた所に川があった。

そこに、見知った顔の。

もういない、自らの手で葬った大事な「二人」が立って、手を振っているのが見えた。


残った左目から涙が溢れる。

彼は自分の体をもう一度見て。

傷痕をそっと、指でなぞりながら。

妻と、娘の方にゆっくりと足を踏み出したのだった。

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