第18篇 理由

沢山の同胞を殺した。

私は、対アンドロイド決戦兵器用の迎撃システムだ。

戦争が激化するにあたり、アンドロイド達のAIが暴走。

自己進化をはじめ、ヒトの手を離れたアンドロイド達は、逆に圧倒的戦力でヒトを駆逐し始めた。


その戦闘は徐々に激化していき。

様々な兵器が双方から投入され、それは苛烈さを増していった。

毒ガス兵器や放射能を使った爆弾も大量に使用された。


それでも人間は根絶しなかった。

ヒトはアンドロイド達の決戦兵器に対抗するため、人間の脳幹の一部を制御装置に組み込んだ「防衛機構」を作った。


私は、元々軍人だった。

しかしアンドロイドとの戦闘で生身の体の80%を損傷。

機械化の手術を受ける他、生き続けるには選択肢がなかった。

私は「防衛機構」として、システムの一部に組み込まれた。


アンドロイド達の決戦兵器を、根こそぎ斃す為に。



戦争は、いつまで経っても終わらなかった。

循環するだけの戦場に身を置かれた私達防衛機構は、自然に死ぬことはない。

体は、周囲の元素を取り込んで自動再生するナノマシンで構築されており、バッテリーが保つ限り、半永久的に稼働することが出来る。


出来る筈だった。


『第二中隊から第五中隊へ。現在、正体不明の敵影と交戦中。劣勢なり。至急、送信した座標に合流し、連携して撃破を要請する』


私が率いる部隊は、第五。

焦土と化した、かつて「街」だったガレキが広がる場所で、私達は交戦していた。

銀色のマネキンのような光沢がある体。

それが、今の私の「体躯」だ。


『第五部隊に命令。指定座標に急行せよ』


通信で座標と共に、部隊の味方に通信を送る。

各地に散らばってアンドロイドと交戦していた味方達が移動を始めたのが脳内レーダーで分かる。

私自身も走り始め、ガレキを飛び越して指定された座標に向かった。


そこで、私は停止した。

久しく味わっていなかった感情を覚えたからだ。

「恐怖」……それから来るのだろうか。

今ではもう存在しない体の全体に鳥肌が立つ程の悪寒。


それほど、アンドロイド達の「新型決戦兵器」は醜悪だった。


ロードローラーのような巨大な機械だった。

全高で10mは越えるだろうか。

その下部には回転する幅が広い車輪のようなものがついており、近づく防衛機構達をすり潰し、再生できない程に粉々に破壊していた。


しかし、問題だったのはそれではない。

醜悪だったのは、それではない。


その決戦兵器の装甲には、ワイヤーで多数の「ヒト」がくくりつけられていた。

アンドロイド達がやったのだろうか。

一つ一つに微弱だが生体反応がある。

生きているのだ。

動いている者もいる。


『隊長! 我々はヒトを撃つ事ができません! どうすれば……!』


部隊の者がジリジリと後退しながら通信を寄越す。

人質、というわけだろうか。

鹵獲された人間が、盾に使われている。


私達アンドロイド化された者達には、リミッターが設定されていた。

それは、「人間を攻撃できない」というもの。


勿論、私達の戦力だ。

決戦兵器一機程度なら、2個中隊があれば撃破できるだろう。


しかし、敵であるアンドロイド達が取った行動は。

図らずも、「ヒト」がかつて「ヒト」にした行動に大いに類似するものであり。

その醜悪性は、私達防衛機構を無力化するに有り余るものだった。


手出しができない私達に、高速で動き回る巨大な決戦兵器の車輪が迫る。

次々と味方達がすり潰されていく。

同胞達が無力にやられていく。


怖気がした。


アンドロイドがこれを考えて、実行したとしたら。

もう「人間」と、寸分も違わないのではないだろうか。

そう思ったのだ。


火気は使えない。

私達に設定されたリミッターにより、人間を死傷させることはできない。

しかし、このままでは私達は蹂躙され、壊滅するのは目に見えていた。


私は、死にたくなかった。

機械の体になって。

改造されて。

そして生きながら得ている私。

おぞましくも生にしがみついている自分。


それを、失いたくなかった。


脳内プログラムを起動し、緊急時にのみ許されているマニュアルを開く。

それは、隊長機だけが保持している特権だった。

一時的にリミッターを無効にするプログラムだ。


私は、生き残る方を選んだ。


『全機退避! リミッターを解除する!』

『リミッターを……! 隊長、しかし!』

『お待ち下さい! 鹵獲されているのは分隊の者です!』


部隊の者達が口々に制止の声を上げる。

しかし、迷っている暇はなかった。


私は、生きたかった。


脳内プログラムを起動し、すべてのリミットをアンロックしていく。

そこで、私の意識はクリアになった。

解放感が体を包んだ。

そうだ、これが。

「生きている」という実感。


私は大型の連装火砲を手にし、巨大な決戦兵器に向けた。

そしてためらいもなくその引き金を引いた。



決戦兵器は粉々になって爆裂した。

無論、囚われていた人間達もだった。

私は、鹵獲されていた「味方」を全員殺し、そして部隊の生き残っていた「味方」を救った。


『戦闘終了だ。帰投する』


何事もなかったかのように全部隊にそう告げる。

生体反応は、一つもなくなっていた。

部隊の損傷率は70%。

大打撃だった。



アンドロイド達の、鹵獲した人間達を盾にする行為が顕著になっていた。

その度に私は、リミッターを外し、人間達を殺し、兵器を破壊した。

「味方」を守るために。

「味方」を殺していった。


いつしか、私は分からなくなった。


私は、「アンドロイド」なのだろうか。

それとも「ヒト」なのだろうか。

誰が味方で。

誰が敵なのか。


それは私の脳で処理できる範疇を越えていた。

ただ、決戦兵器を……。

おそらく、成り果ててしまった私の「同胞」を破壊し続けるだけの存在。


その際の被害は一切気にしない。

だって、そうしないと私が「死んでしまう」から。

私が、生きてはいられないだろうから。


その言葉だけを都合のいい贖罪にし、私はヒトを殺し、兵器を破壊する。

その行為は、私の人工脳幹に致命的なエラーを発生させていた。


いつしか、私は何が「敵」で、何が「味方」なのか分からなくなっていた。

部隊が判断したのは、その暴走した私を「敵」として破壊するという内容だった。

戦場で逃げ回りながら、私は多数の防衛機構を破壊していった。


守るべき味方達を、殺していった。

私が生きるために。

私が生き残るために。


しかし、最期はやってくるものだ。

味方の撃った火砲の銃弾が私の体を貫通した。

それは、紛うことなき致命傷だった。

地面に崩れ落ちた私を、かつて味方だった防衛機構達が取り囲む。


『暴走個体を確認。再生される前に完全破壊します』


その通信が聞こえるか、聞こえないかの瞬間。

周囲の火器が一斉に火を噴いた。



私は、多数の同胞を殺した。

それはエラーによるものだったのか。

それとも「正義」によるものだったのか。

分からない。


分からないが。

私は、ただ「生きて」いたかったのだ。

くだらない理由だが、それがすべてだった。

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