第14篇 消せないメモリー
繰り返し見るイメージがあった。
何度も、何度も。
そのイメージは脳内にフラッシュバックする。
沢山の花に囲まれた場所。
若い女性が、腕を後ろに回して振り返る。
風の匂いに混じって、彼女の香水の香りが広がる。
長い金髪がなびく。
そして彼女は花のように微笑み、口を開く。
だが、聞こえない。
彼女の声は聞こえない。
無音なのだ。
何かをこちらに語りかけている彼女の声も。
風の音も。
空気のせせらぎも聞こえない。
聞こえないのだ。
そのイメージはまるで壊れた映像メディアのように、頭の中に繰り返し再生される。
いつもぶつ切りで切れて、彼女の笑顔で終わる。
名前も分からない。
彼女が、自分の何だったのかも分からない。
そもそもそれは、自分の記憶なのかどうかも分からない。
分からないのだ。
◇
「降下部隊1045。目標に接敵します」
鈍重な機銃を構えて、足場の悪い泥の中を歩く。
自分と同じような防護外骨格を纏った戦闘用アンドロイド達が、後ろに続く。
通信を本部に送ると、無機質なAIオペレーターの声が返ってきた。
『索敵後、目標を殲滅してください』
「ラジャ」
短くやり取りをして、脳内の戦闘プログラムを起動する。
熱源感知のセンサーが動き出し、視界がサーモグラフィ画面に切り替わった。
周囲を見回すと、1km程先に多数の熱源反応が確認できた。
残存人類のレジスタンス。
今回の、殲滅対象だ。
右手を上げて部隊の行進を一旦止める。
小雨が降っている。
霧のようになっていて、視界が悪い。
それに、小雨は光学迷彩装置の邪魔になる。
機能を阻害し、周囲の景色に紛れることができなくなるのだ。
正面から戦っても負けるとは思えなかったが、自軍に多数の被害は出るだろう。
被害を最小限にするために、少し思考する。
そして、部隊全体に通信を送った。
「α班は右ルートから迂回。β班は左ルートから迂回。γ班は、しばらく待機の後、私を先頭に正面から突撃。αとβは、こちらに敵視が向いたのを確認して、攻撃を開始せよ」
部隊の戦闘アンドロイド達から口々に了承を示す応答が返ってくる。
ようは、部隊を3つに分け、自分達が囮になる。
そして両サイドから挟み撃ちで、分隊で殲滅する作戦だ。
既に戦闘プログラムは共有されているので、部隊は速やかに3班に別れた。
そして自分が率いるγ班が、雨の中しばらく待機し、他の2班が迂回して消えたのを確認してから進み始める。
残り五百メートルで接敵確認。
残存人類は鉄塊でバリケードを築き、対アンドロイド用の巨大な機銃等をセット、迎撃の準備をしているのが、センサー越しに確認できた。
そこで私の脳内に、またイメージがフラッシュバックした。
沢山の花に囲まれた場所。
若い女性が、腕を後ろに回して振り返る。
風の匂いに混じって、彼女の香水の香りが広がる。
長い金髪がなびく。
そして彼女は花のように微笑み、口を開く。
聞こえない。
聞こえないんだ。
君が何を言っているのか。
私には、もう分からないんだよ。
『隊長……! 隊長!』
そこで副官のアンドロイドから通信で呼びかけられ、私は体を起こした。
いつの間にか、泥の中に膝をついていたらしい。
『どうかされましたか?』
「いや……問題ない。地雷の反応は?」
『バリケードの周辺に多数確認されています。あまり近づくのは懸命ではないかと』
「成程」
立ち上がって、私は機銃を構えた。
人間では到底扱えない、巨大なものだ。
対戦車ライフルを越える口径の銃。
残存人類の装備では、この距離では自分達に攻撃をすることは出来ない。
だが、自分達のこの装備なら。
これだけ離れていても、十分だ。
「γ班、全軍、射撃用意」
淡々と指令を出す。
横一列に並んだ部隊が、次々に機銃を構え始めた。
「第一射! 撃て!」
私の号令と共に、残存人類のレジスタンスが籠城している施設に、雨嵐と砲弾が降り注いだ。
着弾と共に、撃ち出した榴弾が炸裂する爆音と火柱が吹き上がるのが見える。
一拍遅れて、バリケードの方角から多数の射撃による反撃が始まった。
しかし、彼らの攻撃はここまでは届かない。
銃弾は重力に引かれて減速し、威力は半減以下。
減衰した攻撃では、私達の外骨格を貫くことは、ない。
「第二射用意」
私は、圧倒的戦力にまた無慈悲な言葉を告げた。
◇
レジスタンス拠点の壊滅には、三十分もかからなかった。
α班とβ班が突入し、殲滅を完了させた報告を受け、警戒態勢を解く。
遠距離サーチで索敵を行うも、残存人類の生体反応は一つも残っていなかった。
「作戦終了。拠点を探索後、帰還する」
『お疲れ様でした』
本部からの淡々とした言葉を受け、私は数名の部下と共にレジスタンス拠点に入り込んだ。
一面、血の海だった。
榴弾や銃弾でバラバラになった「人間だったもの」がそこら中に撒き散らされている。
生きているモノはいない。
奥に行くと、他の班が投入したガスで死亡した人間達が多数転がっていた。
『隊長、帰投しますか?』
部下の声が聞こえる、。
そこで私は、人工脳幹の後頭部のあたりにズキリと、「痛み」を感じた。
転がっている人間。
金色の髪。
口から血液を撒き散らしたのか、酷い有様のその遺体に目が釘付けになったのだ。
その。
「彼女」の顔は。
繰り返し見るイメージの、「それ」だった。
◇
沢山の花に囲まれた場所。
彼女が、腕を後ろに回して振り返る。
風の匂いに混じって、香水の香りが広がる。
長い金髪がなびく。
そして彼女は花のように微笑み、口を開く。
「もうすぐ戦争が終わるって、ニュースで言ってたよ」
「戦争は終わらないよ。間に合わない」
私は、彼女に掠れた声でそう言った。
車椅子に乗った私の両足はなくなっている。
被爆の影響で、内臓にも障害が出ていた。
「……本当に受けるの? アンドロイド手術」
彼女は心配そうに私に聞いた。
私は小さく笑って、痩せ細った体を示した。
「ああ……このままでは、いずれ俺は死ぬ。君との結婚だって、到底出来ないだろ。受けるよ……軍事アンドロイド用の、改造手術だけど……」
「…………」
「戦争が終わったら、一緒に暮らそう。アンドロイドにも人権が与えられるらしいんだ。だから……」
彼女は、花のように笑った。
そしてどこか寂しそうに、私に言った。
「……そうだね。結婚式、挙げようね」
◇
亡骸を前に、私は震えていた。
頭の中に鮮明に繰り返される映像。
その「意味」を知って、私の人工脳幹は唸りを上げてエラーを排出し続けていた。
私は。
ワタシハ。
何をしたんだ?
ワタシハ。
何をしているんだ。
ワタシハ。
何をさせられているんだ。
目の前で事切れた金髪の女性を前に。
私はガクガクと震えながら地面に崩れ落ちた。
視界が明滅する。
エラー。
システムがダウンしていく。
エラー。
戦闘プログラムが維持できない。
理解ができない。
理解を。
したくなかった。
『隊長……? 隊長!』
最期に聞いたのは、部下の声。
私は、女性の亡骸に手を伸ばして。
その場に崩れ落ちて「停止」した。
◇
沢山の花に囲まれた場所。
「俺」の婚約者が、腕を後ろに回して振り返る。
風の匂いに混じって、彼女の香水の香りが広がる。
綺麗な香りだ。
一番……一番好きだった香り。
長い金髪がなびく。
そして彼女は花のように微笑み、口を開く。
「いつか、結婚式を挙げようね」
繰り返し、繰り返し聞いた言葉。
私は、それを支えに生きていた。
生きていた筈だった。
手を伸ばす。
彼女の……。
消えない、消せないメモリーに向けて。
その先で微笑む彼女。
もうここにはいない、彼女。
その事実を、私は処理できない。
処理をすることが、できなかった。
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