第9篇 それでも

違う。

私が求めているのは、こんなことではない。


否定。

その感情が頭の中を回っている。

通信機器からはノイズと共に、管制局からの戦況報告がひっきりなしに流れている。


『アリッサ。右後方三十五度の方向。敵影十二を確認しました』


狭いコックピットの中、女性の声がシートの耳元に設置されたスピーカーから流れる。

アリッサと呼ばれた、パイロットスーツを身に纏った少女は、操縦桿を強く握った。


彼女が乗り込んでいた、巨大な兵器が軋みを上げて各部スラスターを展開する。

急旋回し、その「人型」の機械は空中を吹き飛んだ。


『迎撃プログラムを起動します。パターンAでの突撃を推奨』

「分かってる!」


女性の声……。

機体に搭載されたAIに声を張り上げてから、アリッサは操縦桿を操作した。

鈍重な巨大兵器が空中でバーニアを噴射する。

まるで電流の軌跡のように、その「白銀」の人型兵器は宙を舞った。


人は、彼女達を「天使」と呼ぶ。

敵に死を運ぶ天使だ。

翼のように広げたスラスターでバランスを取りながら、アリッサは機体の肩に装着されていたブレードを抜き放った。


そして、敵の同様な「人型」の兵器に一瞬で空中で接敵すると、袈裟斬りにそれを斬り飛ばした。

そのままバランスを崩した敵機を蹴り飛ばして、またバーニアを全開で噴出する。


「帝国が……!」


吐き捨てて、アリッサは人型兵器に機銃を乱射させながら、敵機の群れに突っ込ませた。



『残存反応ありません。全ての敵機反応消失。お疲れ様です、アリッサ』


AIの声に、アリッサはやっとそこで深く息を吐いた。

地面に降り立った白銀の人型兵器の周りには、多数のガレキと化した敵人型兵器の残骸が転がっている。

少女は被っていたヘルメットを脱いで、金色の髪を手で整えると、AIに問いかけた。


「生体反応は?」

『ありません。全ての破壊の完了を確認しています』

「そう」


短く答え、彼女はヘルメットをコックピット内に放って、周りを見回した。

一面に広がる砂漠。

砂嵐が広がっており、そこには黒い粒子が混ざっていた。


「ここも汚染されてきてる」

『長時間の滞在は危険です。即刻の離脱を推奨します』

「分かってる」


そう言ってアリッサは操縦桿を握った。

人型兵器がブースターを点火し、宙に浮き上がる。

そして空に向かって、衝撃波を残して吹き飛んだ。


「帝国も必死なんだ。汚染地域から出なければ、自分達も死んでしまう」


アリッサがそう言うと、少し沈黙してからAIが答えた。


『帰投命令を受信しました。どうしますか?』

「どうせ戻るから、返信しなくてもいいよ」

『アリッサ』


AIは静かに続けた。


『戦況は悪化しています』

「…………」

『我が国の現在の戦力では、じきに帝国の物量に押し潰されてしまうでしょう。私達の力があろうとも、限界があります』

「そうだね……」


アリッサはそれを肯定し、人型機械を空中で操作しながら続けた。


「ねぇ?」

『何でしょうか?』

「戦争が終わったら、何をしたい?」


問いかけられたAIは、しばらく意味が分からなかったらしく沈黙していた。

そして戸惑いがちに返答する。


『私は、この機体のサポートAIです。戦争が終わったら、別のシステムに転用されるか、リサイクルに回されるでしょう』

「私が聞いてるのは、事実じゃないよ。希望だよ」


アリッサは小さく笑って言った。


「私はね、花を育てたい」

『花……ですか?』

「今では貴重品だけどさ。戦争が終わったら退職金を沢山もらって、花の農園を作って花屋さんを開くの。ねぇ、それを手伝ってよ」

『私に、何かお手伝いができるのでしょうか?』

「ずっと一緒にやってきたじゃない? これからも一緒にやっていくだけだよ」


少女は、歳相応の笑顔をカメラに向けた。


「ね、いい案だと思わない?」

『そうですね……』


AIは軽いノイズ音と共に、彼女に返した。


『戦争が終わっても、あなたのお手伝いを、私もしたいです』



戦争は終わった。

驚くほどあっさりと、彼女達の戦いは終結した。


数カ月後、帝国の大物量を仕掛けた作戦に、単騎取り残されたアリッサ達は集中砲火を浴び、敗走を余儀なくされた。


空中から彼女達が見たのは、燃え盛る自分達の基地。

投下される爆弾。

破裂する自分達の街。


蹂躙される「国」の「最期」だった。


『アリッサ。左後方から多数の熱源接近。全速での当空域離脱を推奨』


AIの声を聞いて、アリッサは歯を食いしばりながら操縦桿を握った。

既にコクピットの各所は銃弾で破壊されており、彼女のパイロットスーツの各所にも血が滲んでいる。


空中を飛んで、「天使」は逃げた。

多数の追撃してきた敵機を撃破した時には、人型兵器に残ったエネルギーは、ほぼロストしていた。


放射能を含んだ砂嵐が周囲を包んでいる。

ボロボロになった機体を砂漠に着地させ、アリッサは荒く息を吐きながらシートに体を預けた。

銃弾が体の各部を、いくつも貫通していた。


致命傷だった。


「……敗けたかぁ……」

『アリッサ、心拍が低下しています。傷の応急処置を推奨します』


AIが言う。

少女は、血に塗れた手を見て、小さく笑った。


「沢山殺したよね、私達……」

『…………』

「帝国の兵士を、数え切れないくらい殺した。でも敗けちゃった……手当をしても無駄だよ。被爆もしてるし、私はここで終わり。ごめんね」

『アリッサ……』

「花屋さん、一緒に出来なかったね。私が掴んでたのは、いつだって花じゃなくて血まみれの操縦桿だったね。でも……」

『…………』

「それでも、私は夢を見たかったんだ……」


アリッサは静かにそう言い、シートに体を預けた。


「人を殺したくなんてなかった。天使になんて、なりたくはなかった……私は、ただ静かに、花を育てたかった……」

『…………』

「戦争の方が、強かったね……」


だいぶ長いこと、コクピットの中を沈黙が包んでいた。

既に事切れているアリッサに、AIはもう声をかけることはなかった。


だいぶして、巨大な人型機械は砂漠に膝をつき、体を丸めるように固定した。

その各部から、砂嵐を吹き飛ばすように、搭載されていた汚染物の中和剤が噴出を始める。


いつまでも、いつまでも。

その放出は止まることがなかった。



どれだけの時間が過ぎたのだろうか。

戦争が終わり。

帝国が滅び。

全ての人類が死滅して。


AIもとうの昔に動きを止めていた。

ボロボロに腐食して、前傾姿勢のまま、人型兵器は錆びて、コケ生して固まっていた。


砂嵐はもう止んでいた。

空には金色の太陽が昇り、辺りを照らしている。

鳥達が平穏を取り戻した空を舞っている。


もう動かない天使達。

その周囲の地面には、青い花が、まるで絨毯のように広がっていた。

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