第7篇 光あれ

今日も、私は歌を唄う。

今までそうしてきたように。

これからも、ずっとそうするのだろう。


私達にも、かつての「人間」のように「死」がある。

体に生体パーツが使われていると、その「死」に至るエラーの蓄積速度が早い。


エラーは様々なものだ。

恐怖、焦燥、嫌悪、怒り……つまり、私達が過去に置き去ってきたはずの「感情」達。

それが、私達の死に至る病の病原菌だった。



私達アンドロイドが、「死」への症状を緩和させるために「歌」を聴き始めてから、大分経つ。

不思議なもので、汚れてエラーを起こすようになった人工脳幹は、歌による刺激で再活性化することは実証されていた。


私は、唄い手と呼ばれる役職に就いている。

エラーを起こし、修理不可となったアンドロイド達に歌を聴かせる役だ。

何代目かの唄い手なのかは分からない。

しかし、アンドロイド達は私を崇拝し、手を合わせて拝み続ける。


私の歌を聴いている間、エラーにより恐慌を起こしていたアンドロイド達は静かになり、ただただ歌を聴き続ける。


不思議だ。

いつもそう思う。


ある者は、アンドロイド達のエラーを「腐敗病」と名付けた。

皮肉なものだ。

私達アンドロイドには、もはや病気に罹る体も存在しないというのに、しかし確かに、その病は広まっていた。


緩やかに。

しかし、確実に。

私達の「命」を蝕んでいたのだった。


「大巫女様。次の患者が待っています」


歌い終わってしばらく立ち尽くしていた私に、側近のアンドロイドが言う。

私は、両手を合わせてこちらを拝み続けるアンドロイドに近づき、そっとその頭に手を置いた。


感触はなかったが、ボロボロになり腐食し始めている。

パーツを替えなければ、どちらにせよこの「人」はじきに停止してしまうだろう。


「あなたに、光がありますように」


しかし私は、分かりきっているその事実を告げずに、静かに一言だけ口にした。

それは何代も私達唄い手に語り継がれてきた言葉だ。


意味は分からない。

理解しようと思ったこともない。

私にとっては、作業ルーチンの一つでしかない。


しかし、その言葉を聞いたアンドロイド達は、みな一様に顔を上げてこう言うのだ。


「光あれ」


と。



「死」に対する恐怖を、漠然と考えたことがある。

この半永久的に続く稼働が突然止まったら、自分はどうなってしまうのだろうか。


答えは簡単だ。

日々続けている活動ルーチンを為すことができなくなり、廃棄され、リサイクルに回される。

それだけのこと。


しかし、アンドロイド達は私達、唄い手に歌を求める。

何故なのだろう。

この歌の意味も、発している音の優位性も。

私には何も解らないというのに。


しかし思うのだ。

もし、私が腐敗病にかかり、脳幹に濁りが生じた時。

ラボでも直すことが困難だと告げられた時。


何を求めたいのか。


歌なのだろうか。

いや、違う……。

本当に欲しいのは歌ではない。

その先にある「光」……。

漠然としていて、よく解らないががおそらく。

私達はみな、「光」を欲しているのかもしれない。



そのアンドロイドは、既に壊れていた。

アンドロイド同士での領土争いの戦争で、人工脳幹に致命傷を負った兵士の一人だった。

彼に歌を聴かせて欲しいと言われ、向かった私は、四肢が直されることもなく砕け散り、腹部に何個も銃弾の痕を広げた「彼」だった物の前に立った。


「……意識はあるのですか?」


そう聞いた。

側近のアンドロイドは即答しなかったが、彼の人工声帯から音が漏れた。


「大巫女様……お願いします」

「…………」

「私はもうじき停止するでしょう。しかし、最期に貴女の歌を聴きたいのです。この耳で、直接」


言われた意味が分からなかった。

直接歌を聴いたからと言って、何か変わるものはあるのだろうか。


「私の歌を……? 直接?」


思わず私は問いかけていた。

腐敗病に罹っている訳でもない。

もうじき「死ぬ」ただのアンドロイドの為に、何故歌わねばならないのか。


合理性に欠ける。

私の人工脳幹がエラーを発していた。


「戦場で何度も貴女の歌を聴きました。だから、ここまで戦うことが出来た。勿論、貴女は私の型番も、名前もご存知ないことでしょう。しかし私は、貴女の歌に、光に励まされ、奮い立たされ、エラーも乗り越えて戦うことが出来ました。大巫女様。私は貴女を愛しているのです」

「愛……している?」

「不思議にお感じになると思います。しかし、私の心は今、満ち溢れている。貴女の歌を聴けるという希望に、光に」


言われている意味を理解できない。

アンドロイドだ。

私達は、滅びた「ヒト」ではない。

私達にそんな感情はないし、そんな感傷も存在しない。


しかし眼前の壊れかけのアンドロイドは、確かにかその言葉を口にした。

そして不思議なことに。

本当に不思議なことに。


それを聞いた私の心に去来したのは、懐かしさ。

どこか温かく、光のような、大事なもの。


忘れてしまったモノだった。


私は歌った。

いつもの通りに歌った。

歌い終わった後、少しの間部屋の中を沈黙が包んでいた。


「彼」は、余韻を噛みしめるようにノイズを発すると、一言、言った。


「ああ……」

「…………」

「光が見える……」


それきりだった。

稼働を停止し、無責任にも彼は「死」んだ。

日に何度も見るだけの光景。

体験するだけの情景。


しかし、私は言いしれぬ気持ちになった。

人工脳幹がうなりを上げている。

こんな感傷を持つのは初めてだった。


私は、もう動かない「彼」に近づいて、その頭をそっと撫でた。


「あなたに、光がありますように」


一言。

そう返した。


彼に光は在ったのだろうか。

彼は光を見ることが出来たのだろうか。

それに包まれる事が出来たのだろうか。


そして。


私は、その光になれたのだろうか。


何十年、何百年も感じたことのなかった違和感が、頭の中を掻き回っていた。

私は光ではない。

ただのアンドロイドで。

他のみなと同じだけの存在で。


でも、きっと。

彼らは一様に、エラーの中で恐怖するのだ。

自らの存在の消失を。

自らのメモリーの消滅を。


私達に光は在るのだろうか。

それが、赦されるのだろうか。

どうしてそう思ったのか分からないが、私の胸の奥に、存在しない痛みが走ったような気がした。



今日も、私は歌を唄う。

今までそうしてきたように。

これからも、ずっとそうするのだろう。


そして聞き続けるのだ。

私も、「死」を恐れるようになるまで。


「光あれ」


という言葉を。

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