第6篇 世界は浄化されました

どこまでも広がる青い海。

照りつける太陽。

緑色の草木が生い茂り、白い浜辺には動き回る生物達が見える。

その砂浜を歩きながら、黒い防護服に身を包んだ大柄の男が言った。


「既定値の維持を確認した。続いて、残存目標の掃討に移行する」


随行していたもう一つの、少し小さい防護服の女性が、手に持った計器類を操作しながら答える。


「了解。反応は、島中央の廃棄施設のシェルター内からだと思われます」

「…………」


男は少し黙り込んだ後、足を止めて空を見上げた。

雲ひとつない青空だった。

少し離れた岩礁には、錆ついてボロボロになった巨大な戦艦が座礁したまま朽ち果てている。

男の脇に移動し、女性は言った。


「……皮肉なものですね。これが浄化された世界ですか」

「ああ……浄化されたんだ。何もかもをな。我々はその残滓を片付けるだけだ」


男はそう答え、また歩き出した。

頭上を鳥達が舞っている。

砂浜には沢山の海亀達が這っているのが見えた。


「数値は?」

「既定値を維持しています」

「成程。では、シェルターを破壊するだけで十分だろう」


軽く打ち合わせをして、背負っていた巨大な機銃の位置を直す。

今回は、この島で確認された生体信号を元に分析、「生存者」を発見し、見つけ次第掃討する。

それだけの任務だ。


暫く進むと、明らかに生き物が作ったと思われる道が見えた。

綺麗に草が刈られており、移動が楽な状態になっている。


「生体信号はこの先からです」


女性が口を開く。

防護ヘルメットの奥で彼女を一瞥し、男は足を進めた。

暫く進むと、草木で偽装されている、何かの施設の入り口が見えた。

音響探知をかけると、奥に空洞が広がっているのが分かる。


二人は木の陰に体を隠し、同時に背負っていた巨大な機銃を下ろして、弾薬を装填した。

そしてコッキングして銃倉に送る。


突入。


そう言おうとして、男は口をつぐんだ。

入り口にかけられた白い旗を発見したからだった。



シェルターで生き残っていた、「残存反応」は、合計で十二。

それはかつて、「人間」と呼ばれていた生き物だった。

戦っても勝ち目はないと踏んだのだろう。


降伏の意思を表すように両手を頭の後ろに上げ、全員がシェルターの前に整列させられている。

男に随行していた女性が戸惑いがちに、内部通信を送ってきた。


『リーダーらしき人間は、投降を訴えているようです』

『…………』


黙り込んで人間達を見回す。

老人から、シェルター内で生まれたのか、小さな子供もいた。

全員、白く分厚い防護服を着ている。

その中の一人の男性が何かを言っているのを見て、外部マイクをオンにする。


「頼む……見逃してくれ。俺達は何もしていない。ここで静かに暮らしていただけなんだ。抵抗する意思もない。お願いだ……」


命乞いだった。

人間が自分達に命乞いをしている。

何と滑稽な光景であることか。

男は静かにそれに返した。


「規定事項三百六十三の二条により、市民登録がなされていない『残存人類』は、例外なく処分される。これは世界を浄化するための計画の、必要な犠牲である。例外は認められない」

「アンドロイドに何が分かるっていうの……!」


そこで、膝をついていた人間の女性が大声を上げた。

彼女は防護マスクの奥で男性と女性を睨みつけ、声を張り上げた。


「戦争が終わって、私達がどれだけ苦労したか……どれだけ、血と汗をにじませてここで生きる努力をしてきたか……! アンドロイド帰化した化け物に、その苦労が分かってたまるものか!」


アンドロイド帰化。

その単語を聞いて、男性の脳裏にズキィ、と痛みが走った。

戦争。

もう五十年以上前に終結したそれは、世界中に異常な程の「平穏」をもたらした。


単純な平穏。

それは、人類がほぼ抹殺され、世界中に人体に有害な放射能が広がったことにより、復活した自然。


ヒトがいなくなった世界では、争いもなく、破壊もなく、いさかいもなく。

皮肉なことに、ヒトがはじめた戦争は、ヒト以外の生き物全てに「生きる」適応を与えて終結した。


そう、この蔓延している放射能は。

人間が生きることを許さない。

我々はそれを、「既定値」と呼んでいる。


ヒトを駆逐するために、沢山のアンドロイドが製造された。

人体の一部を使ったものから、完全にフル機械のアンドロイドも存在する。


男は、内臓器官の一部に生体部品が使われている。

市民権を持つアンドロイドだ。


随行していた女性アンドロイドが、喚いている人間の女に機銃を突きつけながら、戸惑いの視線を送ってくる。


『どうしますか?』

『…………』


男は、すぐには答えなかった。

恐怖の目で自分達を見上げる、小さな子供の顔。

それが見えたからだった。


そう、自分もかつて見上げたことがある。

恐怖の目で。

自分達で敵わない脅威を。

絶望と、諦めの入り混じった表情で……。


『例外はない。ヒトは全て処分していく』


だいぶ経って、男はそう言った。



生き物の気配がないシェルターの奥に入っていく。

擬似的な、放射能から隔離された空間になっていた。


人間にとって都合のいい自然が再現され、川までもが流れている。

機銃を背負って、端末を操作している女性アンドロイドが口を開く。


「生体信号はありません。外に出たもので全てだと思われます」

「一通り見回ってから帰投する」

「了解」


端的な情報共有をしてから、居住区と思われる場所に入る。

ベッドが並んでいて、壁には子供が描いたのか、いびつな絵が数枚貼り付けてあった。


父と母を現しているのだろうか。

笑っている顔だった。

それを認識して、男は壁の絵から視線を離した。


「このシェルターはどうしますか?」

「破壊命令までは受けていない。生体信号を全て止めたのなら、長居する必要はないな」

「……隊長」


女性アンドロイドが、少ししてから小さな声で問いかけてきた。


「どうして、あの人間達を埋めたのですか?」

「…………」


その単純な問いに、男は答えることができなかった。

それは理屈ではなく。

ただの、彼の感傷……エゴだったからだった。


「さぁな……」

「…………」

「俺の頭の中のメモリーが、それを望んでいただけだ。付き合わせてしまって、悪いな」

「いえ、任務ですから」


一通りシェルターを探索してから外に出る。

既に、真っ赤な夕焼けが空に広がっていた。

鳥達が巣に帰ろうと、声を上げて飛んでいる。


どうして殺した残存人類を埋葬したのか。

それは、いくら考えても分からないことだった。

そう、アンドロイドである自分には。

アンドロイドになってしまった自分にはもう分からない。


これからも、自分達は残存している人類達を「駆除」して回るだろう。

そこにも理由などはない。

それは絶対的に組み込まれた指令なのだから。


理由など分からない。

理屈など存在しないのかもしれない。

埋葬という行為も、抹殺という行為にも意味はない。

そう、意味はないのだ。


だって。

世界は、既に浄化されているのだから。

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