第6話 赤い村


 洞窟で死にかけてから5日が経ち、ライン・シクサルは魔界の中を進んでいた。

 目的地は、「魔と人の村 アスタ村」。唯一の魔界に存在する人間の村であり、魔族と人間が共存する村でもある。ラインも行ったことがあり、その時に村の人達から優しくされた思い出のある、印象深い村だ。





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 そんなラインだが、現在は少しばかり休憩として、道端で倒れていた魔物の治癒をしている。



「………よし、治療完了!行っていいよ!」



 そう言うと、擦り傷をしていた魔物、「魔牛マッファロン」は勢いよくいななき、森へと帰っていった。

 このような治療をすることは、一見無駄に見えるが、実際は完全に無駄ではない。

 この行為には、以下の利点があるからだ。


 1.魔物が友好的になってくれる確率が上がる

…魔族と違い魔物は知能があまり無いのだが、逆に単純でもあるので恩を持ってくれるかも知れないから。


 2.自身の能力の性能を確かめることができる

…ラインの能力は治癒能力なので、対象がいないと発動できず、自身の能力を理解しにくいから。


 彼ーーラインの目的は、父の果たせなかった魔族と人間が手を取り合う世の中をつくること。

 その為に、姿はほぼ人間なラインが、魔物にも「人間は怖くない」ことを教える必要があるのだ。



「よし、治療も終わったし、行くか!」



 彼は立ち上がり、前へと進む。その顔には、かつて全てを諦めた顔の面影は、一欠片も無かった。





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 一人旅をしていて、子鬼ゴブリン猪人オークの避難場所に挨拶に行った際に、幾つか情報も入って来た。



 先ず、<四天王>の4人が討ち死にしたこと。

これは子鬼の避難場所に行った際に聞いた。悲しみのあまり吐いてしまった。子鬼達は心配してくれた。優しい人達だ。



 次に、魔界は「ルクサス王国」という国以外から、地下資源の関係上、真っ先に狙われることになること。強い兵を持つ猪人達から聞いたことだ。

魔界から出る訳にはいかなくなったと思ったら、猪人達は「私達に出来ることは私達が、ライン様にしか出来ないことはライン様が」と言ってくれた。優しい。

ちなみにこの言葉をかけてくれた長老にお礼を言うと、「効率的なことを提案しただけです」と言っていたが、どう見ても照れていた。かわいい。





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 まとめると、今の魔界の現状は、「めちゃくちゃヤバい」だ。他国からの侵略、魔界に残る人間軍の残党、外交問題ーーーーーーーーー問題が多すぎる。

 しかし、自分に出来ることは、外交問題ぐらいしかない。友好的に接してくれる可能性のあるルクサス王国はともかく、他国は寧ろ資源の眠り所ぐらいにしか見ていないだろう。この問題を解決できそうなのが



「ーーーーーーーーーつまり、僕ってワケだ」



 誰も聞いていないのにうっかり口に出してしまった。恥ずかしい。そそくさと足を進め、魔王城を脱出してから6日目の夕方、






遂に、アスタ村"だった場所"に到着した。







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 目の前には、信じられない光景が広がっていた。

村に、建物が、何一つないのだ。

 人魔大戦から約一週間経ったのにも関わらず、未だに黒煙があがり、あちこちに種火が燻っている。

 そして何よりーーー魔族だけでなく人間の屍が、あちこちに転がっていた。


 ある死体は丸焦げになっていた。

 ある死体は大量の剣で串刺しにされていた。

 ある死体は毒でも浴びたのだろうか、全身がドロドロに溶けていた。

 ある死体は氷漬けにされた挙句、全身を砕かれていた。

ある死体はある死体はある死体はある死体はある死体はある死体はある死体はある死体はある死体はある死体は死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体死体ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

そしてある死体は子供とーーー母親だろうか。

母親らしき人は子供を庇う体制で、子供ごと貫かれている。そのうちの子供の濁った目が、こちらを見つめていた。

 その時、胃の中のものが喉元まで上がってきた。







「  う"  ゔ"う"う"っ………お"え"っ……………」




 溢れ出た吐瀉物を目の前にぶち撒ける。絶え絶えの息を整えながら辺りを見渡すと、ーーーーーーーーー見たくなかったものが見えてしまった。


対角にあるもう一つの村の入り口に、野宿用のテントが立っている。そして、そこから人間が出入りしていた。しかもそこから、3人組がこちらに歩いてくるのだ。



ーーーどう見ても人間軍の残党である。不味い。見つかるならば大したことないが、髪に隠れる角が見つかろうものなら、その場で死刑執行だろう。ーーー



 ラインに5日ぶりの緊張がはしる。見つからないようにしなければ。しかし残党達はこちらに気づかないまま、こっちの方角に向かってくる。

 恐らく酒が入っているのだろう。彼らの顔は、夕焼けでも分かるぐらい真っ赤なのだから。



(まずい……まずい……どこかに身を隠さなくては……)



 何処に逃げるべきか迷うラインだが、彼らが向かっている方向を見やり、気づく。

 向こうに都合よく鍛冶屋があるではないか。光は付いていない。よかった。身を隠せるかもしれない。

 すかさず鍛冶屋に向かって走り出す。残党達はまだ気づいていない。しめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 鍛冶屋の目の前に着いた。もう物音を確認する時間なんてない。すかさず鍛冶屋の扉を開けてーーーーー













  中にいた人間の少女と鉢合わせた。




「うわっ!?びっくりした……」




「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーあ」




 油断した。完全にタカをくくっていた。まずい。まずい。まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



と、そこに、


「よう嬢ちゃん、武器出来たかーーーって何だこのガキ」


「見ねえ顔だな、どっから来た?この村の奴じゃないようだが」


「知らねえよそんなこと。それよりも嬢ちゃん、武器早くくれよ」



 先程の人間軍の残党の男が3人入って来た。




ーーーーまずい、詰みかもしれないーーーーー



*********************




ーーーーーーーーまずい。非常にまずい。


「なあ嬢ちゃん、このガキ誰だい?」


「ここらでは見ない顔だ。知ってるか?」


「お前ら何駄弁ってるんだ!俺らの目的は武器を取りに行くことだろ!ガキの相手してる暇ねえんだぞ!」



 3人組の会話が耳に入る。1人は目的最優先らしいが、もう2人はこちらに興味を抱き始めている。



 まずいーーーーーーーーヒトラーが蘇って大革命起こすぐらいヤバい。



 嫌、何を言ってるんだ自分は。焦りすぎにも程があるだろう。訳の分からないことを考え出した。誰なんだよ、ひとらーって。こんなことは、6日前に死にかけたこと以来だ。

 いやそれはどうでもいい。今はフードを被っているからバレていないが、フードを取られれば、確実に正体がバレる。そうなれば、この鍛冶屋が僕の処刑場と化すだろう。

 何とか、しなければ、



何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければ何とかしなければーーーーーーーー

考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー














「ああ、すみません。その人、私の兄です」 





 そう言って助け舟を出したのは、ライン自身でもなく、ラインの真後ろにいる3人組でもない。ーーーーーーーーー目の前にいた少女が、ラインを兄と言い出したのだ。


ーーーーーーは?


と、ラインは思ってしまう。自分は確実に目の前の少女と面識がない。それなのに彼女は、ラインを庇う発言をしたのだ。一体、なぜ。何の為に。



「何だ、そんなことかよ。思ったより普通だったな」


「んじゃあ嬢ちゃん、武器貰えるか?」


「はい、剣を中心に10本、打っておきました。」


「助かるぜ。いやー相変わらず嬢ちゃんの打つ剣は品質が良いな、こんなの王国でもあまり多くないぞ」


「ありがとうございます」



 と、思考を巡らせるラインを他所に、ラインを跨いだ武器の取引が行われている。

 僕は武器に疎いのでよく分からないが、見た感じ長剣ロングソードっぽかった。しかし、その品質は魔界でも中々見ない域にまで到達していることは分かる。



「貰ってくぜ嬢ちゃん。代金は気持ちで頼む」


「ーーー。はい。ご武運を」


「嬢ちゃんも、長生きしろよ」


「駄弁ってないで、早く戻るぞ。もう夜だ。」


「ち、ちょっとーーーーーーーーモゴッ?!」



 そう言いながら、代金を払わずに出て行く3人組。つい声を出しそうになったが、その時少女が口を押さえて来た。


(「我慢してください」)


 と耳元で囁かれる。命の恩人の言葉だ。素直に従った。



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 やがて3人組が去っていき、一息つけるかと思ったが、その前に重大な問題がある。


ーーーーーーーーこの少女は何者なのか。そしてなぜ見ず知らずの自分を庇ったのかーーーー



「あ、あの」


「どうしました?」


 声をかける。少女ーーーと言っても自分と同じぐらいの背の高さの少女は、返事をした。



「何で、あの時僕を庇ったんですか?」



 ーーー数秒の沈黙。少女は少し悩んだ後、口を開く。



「あなた、困ってそうでしたから。『困っている人がいるなら助けてあげなさい』と母に教わって来ましたので」




 ーーーーーーーーーーーーそんな理由で?


 と思ってしまうが、それは言わない。それを言えば、彼女に失礼すぎるからだ。流石に恩知らずにはなりたくない。



「上がってください。何かご馳走しますよ」



 そう言って、彼女は鍛冶場の奥の扉を開け、こちらに手招きする。そういえば先程ショッキングなものを見たせいで胃が空っぽだった。有難くいただこう。



ーーーーーーーー純粋な善意に対して、隠し事をする臆病者な自分を許して欲しいーーーーー






*********************





 「彼女」は、あらかじめ作っておいた食事を、2人分よそう。彼女にとっても、2人での食事は半日ぶりだった。元々は1週間前までは、3人で食卓を囲んでいた。

 しかし、その日常は唐突に終焉を迎えた。



「………………お父さん」



 彼女は呟く。その声は誰にも聞こえない。

ーーーその時、一瞬だけだが、頭の髪があるおでこ部分が2点、淡く光った気がした。


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