暗殺少女

 ギイ……と何かが軋む音がし、ロビンの頭上の空間に裂け目が生じた。まるで箱の蓋のようにそれが開くと、中から杖が現れロビンの手に収まった。騎士団で採用されている杖とは違う型のものだ。

「へぇ。実際に見てみると面白いね。ちゃんとこうした時のために備えてるってわけ?」


 【ストレージ】――あらゆる物体をこの世ではない、いわば精神世界にある無数の【箱】に収納し、また好きに取り出すことが出来る。


ロビンが杖を振ると光弾が少女に向かって放たれた。少女は造作もなくそれを交わすが、もし直撃していればその華奢な足に焦げ目がついてただろう。

「足狙い? エンリョしないで」

 少女が光弾をロビンの胸めがけて放つ。


ロビンはその場から動かず杖に力を込めると、目の前に空気の歪みのような層が発生し、飛んできた光弾を霧散させた。あらゆる魔法の防御に使える、障壁魔法だ。

「具合悪いのか? エンリョしなくていいぞ?」

 ロビンが杖をクイッと前後に振りながら挑発すると、少女は腹を立てた様子もなくころころと笑った。

「真面目な騎士団員さんかと思ってたけどそうでもないんだね?」


 少女がもう片方の手からも仕込み杖をスライドさせ取り出した。


二本使いか!?

両手の杖から正確にロビンの魔力の盾めがけて光弾が殺到する。雨のように放たれる光弾の狙いはどれも正確で逸れることがない。もし少女が本気で光弾に威力を込めていたらあっという間に盾は壊れていただろう。

二本使いでこの命中精度……器用なヤツ。包丁を両手に持って、それぞれ野菜を綺麗に薄切りするようなもんだ。ふざけた態度と華奢な見た目とは裏腹に相当な手練……。だが……。


「【ストレージ】――解錠」

 ロビンが宣言すると、空中から投げナイフが現れた。それを杖を持っていない方の手に取る。騎士団では万一杖が使えない場合に備えて武器による戦闘訓練も叩き込んでいる。


投げナイフは脇を締め、耳の横を通るようにまっすぐ――放つ!

魔力の盾を維持しながら、正確なフォームで投げられたナイフは少女の肩に突き立った。

……はずが空中で魔弾に弾かれた。

少女が片方の杖をナイフの射線上に構えていた。

「!?」


避けたり魔力の盾で防御するならともかく、飛翔物を魔弾で弾くなど並大抵の動体視力では不可能だ。しかももう片方の杖で光弾を撃ち続けながら、だ。


「魅せプ」

 少女がペロッと舌を出しウインクした。


 ……動体視力の問題じゃない。イカれてるからこういうことが出来るんだ。

だが……イカれ具合なら俺だって人のことは言えない。

「【ストレージ】――解錠」

 ロビンの視線の移動を追って、少女は自分の頭上を見上げる。空間の裂け目がすぐ上に発生していた。


何か言いかけた少女の言葉を、大きな鈍い轟音とサラサラとした音の波がかき消した。


【ストレージ】で格納しておける物体の大きさに制限はない。

ロビンが少女の頭上に落としたのは大きな木だった。細かい木の欠片や塵が辺りを朦々と覆った。


「おーい、まさか潰されてないだろ?」


 場違いに呑気な調子のロビンの問いかけに、まばらになっている木の枝の間から叫び声がした。

「イカれてるよ!」

 まぁあの少女の反射神経なら避けるだろうとは思ってた。目的は相手の戦意喪失だ。

狙い通り、少女からはもう戦闘の意志が感じられないことと、内に溜め込んだ怒りをこの戦闘で少しは発散出来たらしい。皮肉にも久方ぶりにロビンは平静を取り戻していた。


「なんでこんなもの仕舞ってたの……」

 路地裏を塞がんばかりに倒れている木に腰掛け、少女は呆れたように問いかける。

「向かいの家のおばあさんに伐採を頼まれてな。で、格納したはいいけど捨てるに捨てられなかったから……今捨てた」

「不法投棄は犯罪です」

「人に魔弾を撃ちまくるのも犯罪だろ」


 そう軽口をたたきながら、ロビンは木に手をかざした。

「そこからどいたほうがいいぞ?」

 あっ、と少女は木から飛び退いた。


「【ストレージ】――格納」

 瞬きする間もなく、空間に開いた裂け目に木が吸い込まれていった。

「すご……」

「で、君は何者だ?」


「あたしはマーシャ・マリフ」

 マーシャと名乗った少女は銀色のさらさらな髪を指に絡めて微笑んだ。緋色の瞳をいたずらっぽく細めるその様子だけだと、一見快活な普通の少女にしか見えないが……。

「『ボーダーライン』の荒事全般担当だよ」


「……厄介な組織に目をつけられたな」

 ロビンは大きく嘆息し、眉根を揉んだ。


 『ボーダライン』――ヘヴンズフォート王国で活動す犯罪組織の最大手だ。麻薬ビジネスや子供の人身売買に手を伸ばしている様子は今のところないが、それ以外の裏稼業は手広く行っている。

 特筆するべきはその情報収集力やコネの広さで、他の小さな組織を捜査してみれば裏にはボーダラインの影が……というケースがザラにある。だが物的証拠は掴ませないし、捜査は必ずどこかで有耶無耶になる。その何よりもの査証がロビンの退団を瞬時に把握しコンタクトを取ってきた事実だろう。

つまり――


「俺への接触が随分早かったが、騎士団内部にもボーダーラインと繋がっている奴がいるってことか」

「それだけあなたの【ストレージ】がうちの組織にとって重宝するってことだよ」

 マーシャは肝心な部分をはぐらかして答えた。騎士団内部のネズミに関してはこれ以上彼女からは探れないだろうし、そもそもクビになった身分だ。今更騒ぎ立てたところで聞き入れて貰えないだろう。


「この力が? 便利は便利だが、戦闘向きな固有スキルを持つヤツなんて他にいくらでもいるだろ?」

「戦闘向き? 違うよ。そんなちっぽけな事じゃない。【ストレージ】が活かせるのはもっと幅広いこと!」

マーシャの真意を引き出すために、ロビンはあえてズラした質問をして水を向けたがそれには成功したらしい。彼女はまるで【ストレージ】が自分の能力だとでも言うかのように熱を帯びて話し始めた。


「その力があれば、違法な品が捜査で見つかることもなければ、検問も素通りできる。だってこの世界から消えるんだから。どんな大きさのものでも! 量でも! 神だよ!」

「悪い神だなぁ」

「考え方次第で無限に色んなビジネスに活用できる能力なんだから! ていうか今まで何に使ってたの?」

「……ごみ捨てが面倒くさい時に使ったり……急な来客があるとき、見られたらアレなモノを隠しておいたり……」

 なんだか自分が惨めになってきた。


「……んー?」

 マーシャがなんとも形容し難い表情になってきた。

「熱々の料理をそのまま永遠に保存できるから、好きな時に食べられるぞ」

「それはいいね!」

 とマーシャは一瞬喜んだが、すぐに不機嫌なマンチカンのような顔に戻り……

「んー……」

 と唸り始めた。


「でもでも。騎士団の仕事で重宝されたんじゃないの?」

 口ごもるロビンを不憫に思ったのかもしれない。マーシャが助け舟を出したが、それを聞いた彼は逆に深くため息をついた。

「騎士団は皆等しく厳しい訓練を行い、チームワークと忠誠心を重んじ、組織として一丸となり動くことが美徳です」

「はい」

「……当然スタンドプレーはご法度だし、個々人が持つ固有スキルはむしろ結束を乱す不確定要素になるから……使用を推奨されない」

「そ、そんなの……バカじゃん!」


 大っぴらにその方針を罵倒するマーシャをロビンは少し眩しく感じた。

「でもそれが組織ってモン。大人の事情ってやつだ」

「そぉんなしょうもないモットーを守ってるうちに【ストレージ】はエロ本隠しにしか使われなくなったんだね……」

「カビが生えてしまった食材の処分にもな」

 ロビンが肩をすくめて付け加えた。


「……うちで働かない? 能力や個性を存分に活かせる温かい職場だよ?」


 胡散臭い……。というか、相手は立派な犯罪組織か。……字面がおかしなことになっているが。

「断る。違法なビジネスに手を貸すくらいならゴミやらカビを詰め込んでたほうがマシだからな」

 まぁもっとマズイものがいくらでも格納されてるんだが……。


「じゃあ見返りにラルフ・ダウセットを確実に牢にブチ込める情報を渡すと言っても?」

「何?」

 ロビンは心拍数が跳ね上がるのを感じた。

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