追放
ロビンの言葉がただの脅しとは思えなかったのだろう。キャトリンが慌てて言葉を被せる。
「と、とにかく拘束します」
「それは出来ませんよお嬢さん」
ボディガードが割って入った。
「この御方、ラルフ・ダウセット様はパルメテール国の特使……そのご子息です」
その意味に気づいたロビンは苦虫を噛み潰した表情になった。
「? 誰であろうとどんな偉い身分であろうと拘束します!」
『お嬢さん』と明らかに蔑まれ頭に血が登ったせいだろう。今度はキャトリンが怒りを帯びて食って掛かった。だが。
「外交特権」
ボディガードがあたかも見下すように言い放った。
「……ッ」
キャトリンはようやく自分たちが彼らに手出しできないことに気づいて、歯を食いしばった。
ボディガードは彼女の憤怒に気づきながらも、あえて無知な者に啓蒙してやるといった口調で話し始めた。
「拘束はできません。貴方がた……いえ、騎士団に出来るのは精々我々に国外退去してもらうよう【お願い】を出すだけ」
「おいわかったか国家のクソ犬ども! もし俺達を拘束したり少しでも傷つけりゃ国際問題だぜ?」
威勢を取り戻したラルフにキャトリンは唸るように怨嗟を呟いた。
「卑怯者ッ……」
その声はあまりにも小さくラルフに届いたかは分からない。だが先程からロビンの怒りをキャトリンが代弁してくれていることで、逆に彼は幾分冷静さを取り戻した。
「いいから落ち着けキャトリン。キレるのは俺の役目だから奪ってくれるな。まずはノエミィの応急措置を頼めるか?」
その言葉、そして苦しげに横たわるノエミィを目の当たりにして、キャトリンもようやく我に返ったようだった。急いでノエミィに応急措置として簡易的な止血魔法をかけ始めた。
「……傷口が焼けていますから出血量は幸い少ないです。でも一刻も早く診療所で診てもらわないと、どんな後遺症が残るか……」
「お二人共」
ノエミィのためにロビンは自分の感情は脇において、努めて事務的な口調で続ける。
握った拳の震えは見られていないだろうか。
「この件は今後上の管轄になります。近日中に国外退去命令が出るでしょうから、それまで滞在先に留まってもらいます」
怒りで声が上ずりそうになるのを抑えるだけで精一杯だった。
杖をギュッと握りしめて、口にしたくなかった言葉を吐き捨てた。
「帰って結構」
「ハッ 害獣を駆除してただけだ。むしろ感謝してほしいんだがなァ?」
これまでロビンの気迫に一歩退いていたラルフだが、これ以上手も口も出されないと分かるや、堰を切ったように言葉を吐き出す。
「ていうかお前らの不敬な態度も父上に報告してやっからな? ははははッ 自分たちの処分を楽しみに待ってろよ 犬同士傷を舐めあえ!」
ラルフにとって少しでも恐れを感じたことが屈辱だったのだろう。呪詛をぶち撒けながら立ち去っていった。
「先輩……」
またしても立ちはだかった外交特権というどうしようもない壁に、ロビンは腸が煮えくり返る思いだった強く握りしめている騎士団支給の杖を見つめる。
悪を守る法律の前じゃ、こんなもんただの棒きれだろ……!
杖を地面に叩きつけようとした瞬間、ノエミィのかすかなうめき声が聞こえて思いとどまった。
っ……。今するべきことは――
「大丈夫だ。彼らは彼らの国できちんと裁かれるだろう。……きっと。それよりノエミィを早く診療所に連れて行かないと」
遠くで雷鳴が鳴った気がした。
数日後、騎士団本部の一室で、ロビンはさらなる絶望を味わうこととなった。
「ロビン・ベイツ。先日の件を吟味した結果、本日を持って君を除隊処分とする決定が下された」
所属する騎士団のユニットリーダー、マックス・オースティンの放った言葉にロビンは息を呑んだ。
「そ……そんなのおかしいですオースティン隊長! ロビン先輩はちゃんと規則に則って……」
「キャトリン君、口を挟むな。君まで処分を受けたいか」
オースティンの威圧感のある声色に、キャトリンは唇を噛んで押し黙った。
今にも泣き出しそうな彼女の様子に、オースティンは少し口調を和らげて続けた
「……私とてこの決定は本意ではない。だがパルメテール国の特使から騎士団に『働きかけ』があった以上、上層部は当事者を生贄にするしかなかったのだろうな」
「……騎士団の杖に使われるレアメタルはパルメテールが特産ですからね。関係を悪化させるわけにはいかない。わかりますよ」
ロビンが冷めた口調で言い放った。
「う……む……」
とオースティンは返答に言いよどむが、やがて重々しげに口を開いた。
「ただ、君の対応に全く問題がなかったわけでもないだろう?」
……そこだ。
ロビンは眉間を揉んでため息をついた
先日、ラルフにぶつけた言葉を思い返す。
「現行犯だ。言い逃れは出来ない。お前たちを拘束する」
「……それが嫌なら抵抗したっていい。いや、ぜひそうしてくれ」
「なぜかって? 合法的にお前の脚を吹き飛ばせるからな?」
「……確かに、一瞬感情的になって暴言を吐きました。そこは騎士団員失格です」
「でも! 非道な犯罪者につい口が出ることなんかザラにあることじゃないですか!」
キャトリンが我慢できずに助け舟を出した。
「オースティン隊長だって! 先日の老人殺しの被疑者にこのク…………野郎って……」
「クソ野郎」
育ちの良さゆえ言い淀んだキャトリンに今度はロビンが助け舟を出した。
「それです!」
「……私としてもそこを問題にしているわけではない」
オースティンは急に突きつけられた矛先に少しきまりが悪そうになった。
だが続けて放たれた言葉にロビンは目を見開いた
「一番の問題は、かすり傷とはいえ君がラルフ・ダウセットの足を傷つけたことだ」
「!? いや、俺は奴に一切手は出してない!」
「あのクソ野郎!」
キャトリン――育ちの良い立派な家柄の優等生騎士団員は、我を忘れ叫んだ。
「そんなの、こっちへの嫌がらせのために自分で傷つけたに決まってるじゃないですか! かすり傷……? 卑怯者の上に臆病者!」
「……検査の結果、その傷口から騎士団の杖による魔力残留物が検出された」
オースティンのその言葉にロビンは眉を顰めた。
厄介だな。
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