第31話 そういうことはダメだよ!

次の日。


異世界に移動すると……。


「ああ!貴方が、異世界の賢者様なのですね!」


んんんんんー?


んんー?


「セシルくぅーん?」


「すまない、面倒事だ」




「で?つまりこう言うことか?馬車で移動中のお姫様がモンスターに襲われて、セシルが野営していた地点に逃げ込んできた!モンスターはリーゼが倒した!……そしたら、お姫様に捕まった、と」


「概ねその通りだ」


なるほどなるほど完全に理解した。


「リーゼ、何故助けた?」


「はい、マスター。個体種別:かわい子ちゃん、定義:一定以上の容姿と若さを持つ女性人型個体には、無条件で力を貸すのがマスターの流儀であるからです」


「百点満点の答えだよ。素晴らしい、最高の評価を与えてやろう」


「感謝します。今回のインシデントの解決方法を最高評価行動に定義。次回活動からポジティブにフィードバックします」


さて……。


先程名乗ってきた、お姫様。


キマリシア王国の第四王女、『リリーベル・エル・キマリシア』さん。年齢十三歳、身長145cmほど、痩せ型の美少女。


スカイブルーを基調としたドレスに身を包む、いかにもお嬢様然とした女だ。


地球では既に見られないような、中世イギリスのような巻き髪。アニメなんかでよく見るドリルパーマみたいなのじゃなくて、編んだ髪をぐるぐる巻きにするやつね。


それと、お付きのメイドさんらしい、『ドミニク・フランメル』さん。年齢二十歳、身長160cmほど、引き締まった身体のメイド。


鋭利と言えるほどではないが、切れ目の意思が強そうな目をした女。


あ、誤解のないように言っておくが、この世界にはメイドなんてもんはいない。


十八世紀頃のヴィクトリア朝のようなメイドなんていないぞ!使用人を一人家に置くのがステイタス、みたいな社会のリソースはないです。


むしろ、使用人が家にいるのなんて、相当な金持ち……、王侯貴族か、大商人くらいのもの。


なので、服装も、黒のロングスカートのエプロンドレスではなく、ワンピースのような上下一体型のドレスに、革のコルセットを巻いて、短剣を帯びている。それに、革製の短い外套と羽織り、脛や腕に革製のアームガードのようなものを着けている。


体格は、侍女にしてはかなり引き締まっており、足運びからはなんらかの武術の心得があることが察せられる……。


武器を持ち、武術を身につけた侍女。つまり、護衛も兼ねているんだろうな。


「とはいえ、流石に女の二人旅ができるほど、この世界の治安は良くないはずだが?」


俺が正論ツッコミをぶち込む。


すると……。


「そ、それは……」


俯きながら、お姫様がポツポツと話してくれる。


その話を要約すると……。


「はあ、護衛の騎士が十人くらいいたけど、モンスターにやられちゃった、と」


「はい……」


なるほどね。


「……この辺、そんなに危険なのかね?そんな強いモンスターに会ったことないんだけど」


「意見を、宜しいですか?」


オッ、メイドさん。


「どうぞ?」


「今回の襲撃は、何者かの陰謀の可能性が大きいでしょう」


ふむ……。


「そう考えた根拠をお聞かせ願えるかな?」


「襲いかかってきたモンスターが、強過ぎたからです」


ふむ?


えーと、つまり……。


「何者かが、この辺にはいないはずの強いモンスターを差し向けたと?」


「はい。襲いかかってきたモンスターは『ワイバーン』……。本来なら、山岳地帯に生息するモンスターです」


ここは平原。


なるほどね。


「だがね、それだけじゃ弱いんじゃないか?もしかしたら、気まぐれなワイバーンだったのかもしれないぞ?」


「それともう一つ……。リリーベル様は、『狙われています』」


ふむ。


厄介事か。


この口振りからすると、姫君だから狙われている訳ではなく、敵対勢力の特定ができているかのような感じだろう。


「そりゃそうだろ、一国の姫君が狙われない訳がない」


とりあえず、俺が半笑いでそう返す。


「……リリーベル様を狙う存在に心当たりがあります」


だが、俺のおふざけ混じりの軽口には付き合ってくれないメイドのドミニクさん。釣れないねえ?


まあ、聞いてみるか。


「へえ?で、誰なんだい、そいつは?」


「……いかに賢者様と言えども答えかねます。これは我が国の問題です」


ふむふむ。


「部外者は首を突っ込むな、と?」


「……そう思って頂ければ」


そう言って、カーテシー……、ほら、スカートをフワってさせて挨拶するやつ。それをやって、口を噤むドミニク。


ほう、そう来るか。


「だが……、そうすると、あんたらはこう言っていることになる。『探るな』『守れ』『飯を食わせろ』ってな」


「………………」


「だんまりか?都合が悪い時に黙るのは良い事だ。焦って余計なことを言って、言質をとられるのは拙いからな」


「……もちろん、報酬につきましては、相場の倍、いえ、三倍を約束いたします」


目を伏せたままそう言うドミニク。


「そりゃ素晴らしい!……だが、それは俺が紳士の場合だ」


俺は、お姫様……、リリーベルの肩を抱き寄せる。


「きゃっ!」


小さな悲鳴を上げたリリーベルの頬にキスをしつつ、俺は言った。


「俺は別に、リリーベル様を『持ち逃げ』したって良いんだぜ?」


「き、貴様ぁッ……!!!」


親の仇を見るかのような顔でこちらを睨むドミニク。


おお、怖い怖い。


「まあ!賢者様は情熱的な方なのね!わたくし、殿方に口づけしていただいたのなんて、初めてだわ!」


あらかわいい。


この浮世離れっぷり……、相当な箱入りなのか?


それとも……?


「ですが、賢者様」


「おう?」


「わたくしをどうしようとも、賢者様のお心のままになさって下さって結構です。ですがわたくしは、賢者様がお優しい方だと、信じていますわ」


ああ、なるほど。


たまにいるんだよね、こう言う『ガチめな聖人』さん。


人は皆、善人なんだと信じている奴。


ふむ、苦手なタイプだ。やり辛い。


俺は別に、ロボットアニメのボスキャラのように、世界のすべてに絶望している訳じゃないが、世界には『善人』も『悪人』も同じだけいると思っている。


そして俺は、どちらかと言えば『悪人』側の存在であるからして……。


「それは買い被りですなあ、リリーベル様」


「そうなのですか?」


「俺が好きなのは、リリーベル様やドミニク殿のような美しい女性でしてね。逆に、気に食わない奴は暴力によって排除することにしています」


「そんな……!」


「俺は別に、ここで貴方のその美しいドレスを引き裂いて、純潔を奪っても構わないんだよ。交渉などするまでもなく、な」


「そんなことはさせません!」


ドミニクが短剣を抜いた。


「脅威判定:微小。しかしながら、マスターに敵対する以上、拘束します」


「きゃああ!」


そう言って、ドミニクを掴み取ったリーゼ。


絶体絶命ってやつだな。


さて、ご返答は?

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