第7話 トイレのさぶちゃん

 皆さんこんばんは、夏目漱一郎です。

皆さんは外でトイレ使いますか?『外』と言っても別に林の茂みで…とかの話ではないですよ。家以外のトイレでという意味です。僕はちょっと抵抗があるんです。別に潔癖症とかではないんですが、自分が個室で用を足している時にドア一枚隔てた向こうに他人がいるというのが何か落ち着かないのですよ。


 オシッコならいいのです。べつに隣に知らないオジサンが並んでも気にしないで出来るんですが、ウンコは駄目です(食事中の方ゴメンナサイ)外に誰か知らない人がいると思うとどうも落ち着いて出来ないんですよね。小学校のあるあるで、誰かが個室でウンコをしてるとクラスメートの男子が集まってきて「お~い、誰かがウンコしてるぞ~!」なんて大騒ぎされる…なんてのがありましたが、大人になってまでそんな事を気にしている訳はありません。僕にはもっと根深いトラウマがあるのです。


 まだ二十代の頃、僕は車に乗っている途中に大きい方をもよおして来たのでした。今ならコンビニでトイレを借りる所ですが、昔は駐車場の広いコンビニというのがあまりなくて割と駐車スペースの空いているコンビニを探すのは大変だったのです。

(どうしようかな~近くにパチンコ店とかあればいいんだけどなぁ~)でも、あいにく近くにはパチンコ店はなくて、結局僕が行ったのは駅のトイレだったのです。駅なら駐車場はあります。そんなに長時間止める訳ではないので、この際有料でも文句は言っていられません。その時の時刻は午後7時…季節は夏ですが、そろそろ空も暗くなってきた頃でした。


 今は駅のトイレも管理が行き届いて綺麗な所が多いですが、当時の駅のトイレって、かなり不衛生だったんです。僕が入ったトイレは蛍光灯が一本切れていてチカチカ点滅しているし、そこらじゅうに落書きがしてあるしで結構酷い有り様でした。

「なんだよ~、トイレの紙有料なのかよ!」

トイレットペーパーはすぐに盗まれてしまうのか、入口に有料の紙の販売機があるだけです。駐車場も有料で紙も有料なんて、ずいぶん高価たかくつくウンコだな…なんて少し自虐的な事を考えながら自分の分の紙を買い、僕は個室に入りました。個室に入ってドアを閉めようとした時、僕はちょっとした異変に気が付いたのです。

(そういえば隣のドア閉まってたよな…)


 普通、個室のドアは誰も入っていない時には開いているものです。しかし隣のドアは閉まっていた…という事は誰かが入っていたのでしょうか?それともドアが壊れていたのでしょうか?その可能性は大いにあります。実際に僕が入っていた個室のドアも鍵がガタガタで、ちょっと力任せにドアを引っ張れば開いてしまいそうでした。

便器は和式でしたが、僕の家は子供の頃和式便所だったのでそれ程抵抗はありませんでした。ズボンとパンツを下げてしゃがんでいると、足元に雑誌が置かれていたのに気が付きました。

(なにこれ、エロ本か?)

男子トイレにエロ本なんて、よくありがちなシチュエーションですがそこにあったのはエロ本ではありませんでした。見たこともない雑誌です。僕は何の雑誌だろうかと思ってひっくり返して表紙を見たのです。

【さぶ】表紙のタイトルには、そう書かれていました。僕が最初にエロ本かと思ったのはその雑誌に裸の写真がやけにたくさん掲載されていたからです。しかし、女性の裸は一枚も無く、写真ばかりなのです。

(そういえば聞いた事がある。があるって…確か名前が…)

間違いありません!この雑誌です。こんなのなかなか手に入らないだろうに一体誰が置いたんだ!僕の脳裏に隣の閉まったままのドアの様子が浮かびました。あれって本当に壊れているだけか?もしかしてあの中でずっとんじゃないのか!こんなすぐに開けられるドアの個室でじゃないぞ!これじゃ襲ってくださいと言っているようなもんじゃないか!


 僕はいそいでお尻を拭いてからパンツとズボンを穿いて個室から出たのです。ちょうどその時、同じタイミングで隣の個室のドアも開いたのです。

ガチャッ!

「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~っ!」

僕は後ろを振り返る事もせず、全速力で駐車場へと走ったのでした。


あの時、ちゃんと流したかどうかは記憶が定かではありません。


 



 

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