6話 馬鹿げた教育
それから俺は泣きつかれた犬と一緒に眠ってしまったらしい。起きると右手に温かい何かが居る。俺は一気に目が覚め昨日のことを思い出し右隣に居る犬を見た。
するとどうだろう。隣に居たのは犬ではなくまだ幼い人間の子供だった。
・・・自分の目を疑い、目を閉じてもう一度考えてみる。
昨日俺が撫でていたのは間違いなく犬だった。しかし、朝起きたらそこに居たのは人間の子供だった。
・・・うん、どう考えてもそういう事しかわからない。いや!どういうことだ⁈犬が人間に⁈・・・もうだめだ、頭がパンク寸前だ・・・・・・。もういい、本人?本犬?を起こして聞いてみよう。うん、それがいい。
「おい、起きろ。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
俺がそう言うと子供は身じろぎして目を覚まし、目をこすりながらぼんやりと俺の方を見る。
少しして意識がはっきりしてくるとはっとしたように俺から距離を取り物陰に隠れてしまう。
「おい、そんなに警戒すんな。ちょっと凹む・・・」
俺が苦笑してそう言うと物陰に隠れた子供はちょっと慌てていた。
「まあ、いいや。お前に聞きたいことがあるんだ。お前、名前は?」
俺は答えてくれないだろうな~とは思ったが一応聞いてみた。長い沈黙の後、さてこの後どうするか・・・と思っていると子供が答えてくれた。
「・・・・・・カナタ」
俺がばっとそちらを向くと子供はちょっとだけ顔を出してそう言った。
「そうか、カナタか。俺はカン。名前教えてくれてありがとう。それでカナタはどこの子だ?」
「・・・・・・」
カナタは黙ったまま俯いてしまった。するとぐぅきゅるる・・・という音が聞こえてきた。それは俺ではなくカナタに方から聞こえてくる。
「・・・腹が減ったのか?」
カナタに聞いたら少し黙ってからこくりと頷いた。
「カナタはここに出たいか?」
俺がそう聞くとカナタは不思議そうな顔をしてこう聞いてきた。
「出ていいの?」
「は?」
俺はカナタが言った意味がわからず、どういうことか聞き返すと、
「僕、この部屋から出ちゃいけないって言われてるの」
俺はカナタに対するではない怒りを抑えながら「誰に?誰に言われた?」と聞き返した。すると、
「カナさん」
俺は今すぐカナを殴りに行こうと思ったが何とか我慢した。
今はカナのことよりカナタの方が優先だ。
「カナタ、ここから出て俺のところに来ないか?」
俺は思わずカナタにこんなことを言ってしまった。こんなことをされて人に対して恐怖心があるであろうが言わずにはいられなかった。
カナタは少し考えてもう一度こう言った。
「出ていいの?」
俺は迷わず、
「もちろんだ。むしろカナタはここから出なきゃいけない」
と言った。するとカナタは泣きそうな顔をして頷いてくれた。
よかった、と思いカナタに手を差し伸べた。
「じゃあ、行こうか」
手を取ってくれるか不安だったがカナタはそろそろと近づいて手を取てくれた。
ほっと安心して手をつないで歩き出そうとしたら、入口の方が騒がしくなってきた。カナタは怯えたように俺の後ろに隠れた。
「お母さん、こっちよ!」
カナの声が聞こえた。他の連中も来ているらしい。ドタドタと足音がいくつも聞こえてくる。
入口は開けたままになっていたからそこから俺の父が現れる。
「カン!これはどういうことだ!」
父がそんなことを言ってくる。
「どういう事とはどういうことです?父さん」
俺がそう聞くと、父は怒ったようにこう言ってくる。
「なぜお前がここにいる⁉ここはあいつのために用意した部屋だ!」
「あいつとは誰ですか?」
俺は薄々気づいているがとぼけて聞いてみる。
「ここにいた子供のことだ!あいつはどこに行った!」
父がそう聞いてきて、探すように視線を彷徨わせ俺の後ろにいるカナタに気づいて声を荒げる。
「そいつだ!なぜまだ壊れてない⁈」
「どういうことだ?」
俺が怒りに満ちた声でそう言うと父はしまった、というように黙ってしまった。しかし、後から来たあの女・・・リサがわめきだした。
「なぜその子がまだ壊れてないの⁈ちょっとダン!なんでこの子まだ立ってるの⁈」
俺はこいつらに怒りを隠せないでいた。しかし、有力な情報は欲しいと思いもう少し聞いてみることにした。
「リサさん、それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ!その子はここに来てからずっとここに閉じ込めていたはずなのになんでまだ壊れてないの!閉じ込めてからもうすぐ二か月経つのよ⁈精神がダメになってるはずなのになんでまだ立っていられるの⁉」
「リサっ‼」
父に呼ばれたあの女は「何よ!」と言いまだ叫んでいる。
よし、有力な情報は取れた。あとはあいつに任せよう。
「父さん。この子は俺が連れていきます。そこをどいてください」
「何だと⁉」
父はあの女を抑えながら叫びだそうとしたが、俺が引かないとわかると、
「・・・わかった。好きにしなさい」
と言い道を開ける。俺はカナタに許可を取ってカナタを抱き上げ扉から出ようとする。すると、父の横を通り過ぎようとしたとき父は俺が抱いているカナタに向かっていきなり飛び掛ってきた。俺はその動きはわかっていたのでカナタの頭に手を添えて身体を守りながらしゃがんで避けた。
すると父は踏ん張ることができずこちらに倒れてくる。しかし、俺はカナタが頭を打たないようにその態勢のまま前に前転をする。父は支えるものがなかったのでそのまま入口の柱に顔面をぶつけ俺とカナタは無事部屋から出ることができた。
父の悲鳴を背中に受けながら玄関へ向かう。父とあの女の後ろに居た連中は俺とカナタに道を開けた。
俺は速足に玄関に向かい家を出ようとする。すると、後ろから声をかけられた。
「カン兄・・・」
声をかけられた方を向くと父とあの女以外の家族が皆不安そうな顔でこちらを見ていた。
「何だ?」
俺は警戒して聞き返す。カナタは黙って成り行きを見守っているようだった。
「どうしてそんな奴をかばうの?」
何故かそんなことを聞かれた。俺は聞かれた意味がわからなかった。
「かばう?何を言っているんだ?俺は虐待されていた子供見捨てられなかっただけだ」
俺がそう言うと、
「虐待⁉違うわカン兄!これは教育よ!」
俺はまたもや言われている意味がわからなかった。
「教育?」
俺が聞き返すと、
「そうよ!そいつはお母さんの子供だから一応私たちの家族よ!だからどっちが上かわからせようとしただけよ!それの何が悪いの⁉」
カナがそう言うと後ろに居た他の家族もそれに同意するように声を上げた。
「そうだ!ワシ等はその子に教育をしたまで!リサが他の男の間につくった子だ!その子に教育して何が悪い⁉」
ヨシジおじさんがそんな馬鹿げたことを言ってわめいている。
「何が教育だ!二カ月近くも子供を屋根裏部屋に閉じ込めて食事も残飯、人に関わらせようとしないで放置、しかも壊れるまで待っていた?これは教育じゃなくて虐待って言うんだよ‼」
というかカナタってあの女の子供なのか。よくここまでいい子に育ったな。父親が良かったのか?まあ、今はいい。それより、早くここからカナタを連れ出してやらないと。
俺はわめいている連中を無視して外に出て車に向かう。すると、黙っていたカナタが話しかけてきた。
「ねぇ、カン」
「ん?どうしたカナタ」
「カンはカナさん達が嫌いなの?」
カナタは不安そうに聞いてきた。
「ああ、俺はあいつらが嫌いだな。俺と本当に血がつながっているのかと思うと信じられないな」
カナタは驚いたような顔をして、
「カンはカナさん達の家族なの?」
ああ、そこか。
「ああ。あいつらは一応俺の家族だ。母は違うけどな」
俺がそう言うと、
「僕もね、お父さんが違うんだ」
カナタが悲しいことを言ってくる。だが、これでカナタがあの女の子だということがわかった。でも、それがどうした。カナタはあの家族に虐待されていた。その事実は変わらない。
「そうか。なら、俺たちは似た者同士だな」
俺がそう言うと、カナタは不安そうな顔から少し驚いた顔になり少し微笑んだ。
・・・可愛いな・・・。
俺は車に着くとカナタを助手席に乗せて、シートベルトをさせて自分も乗り込み車を出す。目指すは俺の家だ。
車を出して、休憩を挟みつつ一時間くらいかかってようやく着いた。カナタはうとうとしていた。俺は寝ていいぞと言い、カナタを抱いて車から降りる。そして家に入り、寝室のベットにカナタを寝かせ、自分はキッチに行って米を洗い炊飯器でおかゆを作る。一時間くらいで炊けるだろう。俺はその間に、知り合いの警察官に連絡する。
『プルルル ガチャ もしもし?カン?珍しいなどうした?』
「もしもしゴウ?ちょっと耳に入れておきたいことがあってな・・・実はな・・・・・・」
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