第25話


         ※


 駆けていく方向からして、薫は俺の射線を把握しているらしい。援護しろ、というわけか。

 仕方あるまい、これ以上引き留めても無駄だ。ま、お互い様だけどな。


 俺はイヤホンを再び起動させた。


「薫、対戦車ライフルで援護する! 合図したら、すぐに大河原三佐から離れろ! いいな、薫!」

《了解!》


 俺は急いで鉄骨群の間に身を隠し、スポーツバッグのジッパーを空けた。

 そこには、自動小銃も手榴弾も、対戦車ライフルのパーツもずらりと揃っている。

 コンバットナイフまで入っているが……。これはどちらかといえば、薫に渡すべきものだろう。


「よし……。薫、俺はライフルを組み立てて援護するから、その間敵の注意を引きつけてくれ!」

《……》

「薫? 薫、どうした? イヤホンの不調――」


 と言いかけて、俺は組み立て途中のライフルを放り投げた。やむを得まい、薫が吹っ飛ばされてきたのだから。


「うおっと!」


 身体をくの字に曲げて、豪速で突っ込んでくる薫。誰か、あるいは何かが要撃を吸収してやらないと大変なことになる。

 俺は大きく腕を開き、薫を背後から抱き留められるように用意した。

 

 目測で、あとどのくらいの時間で薫がぶつかってくるかを計算する。


「三、二、一!」


 次の瞬間、俺は呼吸の仕方を忘れてしまった。胸部と腹部が、あまりに強く圧迫されたがために。臓器にダメージが及んだのかもしれない。


 普通の戦闘だったら、すぐに衛生係が適切な処置をしてくれる。だが今、ここには俺と薫、それに化け物と化した三佐しかいない。

 早い話、俺と薫の二人で、異形の化け物になり果てた三佐を止めるしかない。


「ぐっ……」


 なんとか途中まで組み立てたライフルを引き寄せ、匍匐前進しながら残りの部品をかき集めていく。しかしその間も、背部に異様な感覚が走る。折れてはいないだろうが、やはり強く打ちつけたのが原因か。


 ちらりと振り返ると、そこには薫が倒れていた。うつ伏せで目は閉じた状態だが、呼吸のための口元の動きは見て取ることができた。


「なんとか生かしておけたみてえだな……」


 安堵したのも束の間、三佐は、今度は俺に向かって歩み出した。鉄骨を乱暴に引っこ抜き、どすん、どすん、と歩みを進めてくる。鉄骨を投擲するよりも、直接ぶん殴った方がいいと判断したらしい。


 くそっ、視野がぼやけてきやがる。手先が震えて部品の組み立てができない。それでも、地鳴りのような三佐の足音が着々と近づいてきている。


 まさか、一番世話になった大人に殺される羽目になるとは――。

 俺が自分の運命を呪った、次の瞬間のこと。最もダメージの少なかった聴覚が作動した。

 この音……。上空をヘリが旋回している? なんのために? 


 三佐はぐわっ、と振り返り、スモッグだらけの空を見上げた。

 それでもヘリは、身を隠そうとしない。それどころか、照明を点けて自身の場所を示してさえいる。


 三佐は死にかけの俺と薫より、ヘリの方が脅威だと感じたらしい。握っていた鉄骨を勢いよくぶん投げる。

 しかし、外れた。あのヘリ、敵か味方かは分からないが、相当な腕利きのパイロットが搭乗しているらしい。


 回避運動をこなしたとなれば、今度はヘリが三佐に攻撃を仕掛けるはず。警告は恐らくないだろう。俺は改めて対戦車ライフルを放棄。


「ぐっ……ぁ……」


 我ながら、俺の身体はズタボロだった。が、ここまで生きた自分と薫が無惨にハチの巣にされるのは勘弁願いたい。

 辛うじて立ち上がった俺は、薫のそばに膝をついた。


「かお、る……! 薫! おい、聞こえるか、薫!!」

「……絢斗? あ、あたし……」

「味方のヘリが機銃掃射を仕掛ける気だ! ビルの陰に隠れろ!」

「分かった!」


 瞬間的に理解した様子の薫。すると思いがけないことに、俺は片腕をするりと引っ張られ、薫におんぶする格好になってしまった。

 特段恥ずかしいとは思わないが、どうするつもりだ?


「これがあたしの本気よ! ひとまず隠れておくけどね!」


 酷く吹っ飛ばされたように見えた薫。だが、その格闘戦能力は常人の及ばないところにある。負傷しているだろうとは思ったが、それでも能力付与の効果は、しっかり薫をサポートしてくれた。


 廃ビル同士の隙間にスライディングする要領で、俺を抱えたまま身を隠す薫。

 まさにその直後、謎のヘリによる機銃掃射が開始された。


 バルルルルルルルッ、と、三連装ガトリング砲が唸りを上げる。

 この連装砲、当然だが、その威力はライフルやロケット砲の比ではない。そもそも対人目的で設計された兵器ですらない。

 俺は、自分が扱う以外の重火器については詳しくない。だが、こんな馬鹿げた威力の弾雨に晒されたら、生存率は零だろう。即死だ。そのくらいは分かる。


 三佐もまた、同じヘリからの機銃掃射に見舞われている。これを受けて生存できる生物は、少なくともこの星には存在しない。――はずだった。


 撃ち方止め、との指示が発せられたのだろう。ヘリは旋回を続けながら、砂塵の中へとサーチライトを投じた。すると、狙いすましたかのようにアスファルトの塊が飛んできた。

 さっきの鉄骨を投げつけられた時よりも、素早く精確な投擲。ところが、ヘリは再びこれを回避してみせた。神業と言っていい。


 油断禁物。ヘリは再度掃射を開始したものの、それほど残弾があるわけではあるまい。

 使えるとすれば誘導弾だが、そうすると俺と薫が巻き込まれる可能性が、ぐっと増すことになってしまう。


 やや無謀だが、この方法しかあるまい。

 歩けるようなら物陰に潜んでいろ。薫に対してそう叫びながら、俺はスポーツバッグからあるものを取り出した。


「これは焼夷弾を手榴弾に改造したものだ! 最高温度は摂氏一〇〇〇度、最大効果域は半径三〇〇メートル! 流石のあんたでもこれには耐えられないだろうな、大河原三佐!」


 この光景に、冷や汗を垂らしたのは三佐だけではあるまい。機銃掃射のために高度を下げていたヘリにも聞こえたはずだ。


 何故、自分の居場所を三佐に悟られるのを覚悟でこう叫んだのか?

 理由は単純で、俺の手榴弾による爆炎とヘリからの誘導弾、この二つをいっぺんに叩きこむためだ。

 ヘリであれば、手榴弾の最大効果域から脱するのは容易いだろう。

 それに、今の大声は薫にも聞こえたはず。上手く逃げおおせてくれることを祈るしかない。


 一度、素早く視線を飛ばすと、そこに薫に姿はなかった。どこか隠れるのに適した場所を見つけたようだ。


「よし……」


 俺は手榴弾のピンを抜き、思いっきり投げつけた。狙いは、三佐の顔面。投げ返されたりしなければ、三佐がどこに行こうが大ダメージを被ることは確実だ。


 一方、ヘリの方は旋回速度を落とし、前部に装備された誘導弾の発射体勢に入っている。

 三佐は爆発物に挟まれ、どうしたものかと周囲を見回している。


「葉崎二曹、貴様ッ!」

「あんたには感謝してるよ、大河原三佐。でも、せっかくここまで育ててもらったからこそ、俺はこんなところでくたばるわけにはいかねえんだ。他人様に迷惑をかけるのは、俺を殺してからにしやがれ!」


 おっと、時間だな。

 これ以上口論を続けるのをやめ、俺は素早くビルの隙間に滑り込んだ。

 同時に、ヘリが誘導弾を三佐に叩き込む。二発、三発、四発――撃ちきり。

 

 三佐は両腕を顔面の前で交差させ、爆風と熱波から頭部を守った。しかしそちらに気を取られたせいで、手榴弾に対抗するのが遅れた。

 振り返りざまに打ち払う予定だったんだろうが、俺だって能力付与で多少は人並みを超えている。


 三佐の腕は空を切り、猛スピードで放たれた手榴弾は鼻先で爆発。

 人間とも、魔獣とも、はたまた故障した機械とも取れる強烈な鳴き声を上げて、その場から消えた。

 正確には、逃走したのだ。


 俺と薫は呆然として、その後ろ姿を見つめた。恐竜の背中のように、ゴツゴツとした棘が生えている。

 いつの間に、とは思ったものの、今は俺たちがゆっくり休むべきだろう。


「……」


 俺ががっくりとぶっ倒れ、薫に受け止められている最中、謎のヘリが着陸。

 俺をどこかへと搬送したようだが、その間の記憶は俺には綺麗さっぱり残ってはいなかった。

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