第24話


         ※


 そうすることしばし。薫はヴィーナスに通信を試みていた。

 アルファの連中は俺を見捨てた。そして俺が死に至ったことを確かめるために、近隣の空き地だか駐車場だかに着陸する可能性が高い。


 連中がブラボーと連携して俺たちを追い始めたら大変だ。流石に勝ち目はない。

 だからこそ、薫はヴィーナスに支援を要請しているのだ。レーダーサイトに妨害工作をしたり、間違った進路を大河原三佐たちに伝達したり。

 ヴィーナスの立場と実力があれば、いくらでも調整できるだろう。


 薫とヴィーナスの会話が一段落したところで、俺は薫に声をかけた。敢えて、ヴィーナスにも聞こえるように。


「なあ薫、そんなにヴィーナスをアテにしていいのか? もし、薫の言うような妨害工作をしてくれなかったら……」

「大丈夫よ。ヴィーナス博士は元警視庁の人間だから」

「だから?」

「防衛省の管轄内で自分の組織の人員の命が喪われるのを、極度に嫌がってるの」


 ギロリと眼球を向け、そのぐらい察しなさいよ、と続ける薫。立場上のしがらみ、というやつか。


「で、でも! 博士は三佐にも協力してるんだぜ? マズいんじゃねえか?」


 薫は何かを言おうとして、口を閉ざした。ヴィーナスからの音声通信が入ったからだ。


《葉崎くんは心配性だねえ。七原さんの立てた妨害工作にしても、やれるだけのことはやってみる。無理に信じてくれなくてもいいけど、また二人が別行動を取るようなことがあったら気をつけて。余計に危険な沼に嵌っていくようなもんだからね。後は気力と根性かな》


 思ったよりも、ずっとソフトな言葉運びだった。


《私はね、警視庁の手伝いには手間は惜しまないけど、防衛省には……まあ、一悶着あってね。助けるべき組織を選べと言われたら、速攻で警視庁を取る。防衛省への情報漏洩は、警視庁の害にならないことだけよ。大河原三佐は美味い――いい稼ぎになるような情報を求めてくれるから、特別にいろいろ伝えてるけど》


 なるほど、俺たちにとってヴィーナスは諸刃の剣というわけか。

 俺はぐいっと身を乗り出し、軽く薫を押し退けながら言った。


「博士、薫は警視庁の人間ですけど、俺の所属は防衛省です。俺のことはどう扱うおつもりですか? やっぱり俺には敵対するんですか」

《嫌ねえ、そんなわけないでしょうが!》


 ふーっ、とヴィーナスは長い息をついた。煙草でも吸っていたのだろう。


《本来なら、防衛省所属であるあなたには、私も冷たく当たるべきなんでしょうけど……。うーん、私も年を取って角が取れたのかしらね。あなたがいてくれなかったら、七原警部補は今頃生きてはいられなかったわけで》


 それは、確かにそうかもしれない。

 ヴィーナス曰く、善人を生かしておこうという俺の考えというか、理想というか、そういったものを評価してくれているようだ。

 

 確かに、『発見即殺害』型の俺よりは、まだ少しは『発見後連行・聴取』型の方が、倫理的かつ効率的だというものだろう。薫はそれを実践しているのだ。


俺は少しばかり、『敵を生かしておく』ことの意義を見出し始めた。不殺にも利点があると、気づき始めたのだ。

 情報の糸口として利用できる。――という、事務的な理由によるものではあるが。


「……ん?」


 ふと、うなじがぞわっとするような冷気を感じた。飽くまでも勘の域を出ないが、何か不吉な感覚に俺が、いや、俺と薫が晒されている。

 これは、南米のジャングルや中東の砂漠で感じたことのあるものだ。しかし、今回の感覚は、俺と薫の二人だけに狙いが定められている。


 俺に遅れること、約三秒。顔を上げた薫もまた、何かを察したらしい。

 一機の輸送ヘリが、こちらに向かってきている。


「なあ薫、あれ、味方じゃねえよな?」

「IFFに応答なし。残念だけど、あんたの見立て通りのようね」


 要するに、敵ってわけか。

 さらによく見ていると、ヘリの両側のハッチから、戦闘員たちが飛び出していくところだった。飛び下りで自決? まさかな。

 案の定、彼らはパラシュートを展開させていた。高層ビル群の隙間や屋上に綺麗に着地するのだから、やはり常人ではあるまいな、こいつら。


 つまるところ、このヘリが、というより三佐がやろうとしているのは――。


「薫! 特攻だ! あのヘリ、ここに向かって特攻を仕掛ける気だ!」


 実際、どの程度の被害が出るかは分からない。だが、一昔前までは考えられなかったヘリでの特攻ともなれば、航空機とはまた異なるダメージが俺たちに及ぶだろう。


 ここは立体駐車場だ。ヘリが突っ込んでくる方向とは反対側の柱の陰に回り込めば、爆風は避けられる。

 だが、回転翼に柱を削られ、立体駐車場自体が崩落したら、俺たちの生存率は絶望的になるだろう。


 ええい、仕方がない!


「薫、こっちだ!」

「ちょっ、どうしたのよ、絢斗!」

 

 俺は薫を突き飛ばすようにして、柱の陰で待機させた。

 俺自身は、そうだな、発見者としての責任を全うすべく、柱の陰からヘリの様子を観察することにしようか。


 柱に背を着け、そっと向こうを覗き込む。回転翼の音から察してはいたものの、やはりヘリは眼前に迫ってきていた。


「薫、伏せろ!」


 再度、薫を突き倒す。かくいう俺はと言えば、立ったまま身体を引っ込めて爆風をやり過ごした。ガラス片が僅かに俺を掠めたが、どれもこれもプロテクターに阻まれた。

 その後、がしゃんがしゃんと耳障りな金属音と共に、ヘリを構成する金属フレームが飛び交っていく。

 これには流石に俺もビビったが、予想範囲内ではある。ほとんど残っていなかったのか、燃料の引火・爆発の可能性はなさそうだ。


 俺は拳銃を抜いて、爆炎の方へ睨みを効かせた。

 再びの殺気。マズい。敵のキルゾーンに安易に踏み込み過ぎた。


 自分の背中を嫌な汗が伝っていくのを感じながら、俺は肘を締め、銃口を真上に向けた。その間も、ずっとヘリの残骸から目を離すことはしない。

ゆっくり、じっくりと、コンバットブーツを後退させる。


 こちらの装備は有限だが、かなりの量の弾倉を頂戴してきている。二、三発発砲して、敵の出方をみるか。

 俺は後退を続けながらも、腕を水平に伸ばして、ゆっくりと拳銃を構え直した。

 しかし、遅かった。


 ヘリの残骸の下から、何かが這い出してきたのだ。

 かと思いきや、ヘリの残骸は勢いよく投げ飛ばされ、その『何か』の全貌が明らかになった。


「うっ!?」


 俺は慌てて銃撃を加えるが、巨漢の化け物はそれをものともしない。


「絢斗、下がれ!」


 巨漢が顔を上げた瞬間、その横っ面に、薫の強烈なハイキックが炸裂した。

 流石にこれには吹っ飛ぶ巨漢。今更だが、俺はようやく、コイツの大きさを把握した。

 人型で血色もいいが、やはりその身長と肩幅は常人のそれを遥かに凌駕している。

 

「驚いたかね? お二人さん」


 がらがらと雑音が混じりながらも、極めて明瞭な言葉が響いて来る。立体駐車場だから猶更だ。


「あ、あんた、大河原三佐なのか……?」

「そうだ。そうだとも絢斗。光石の恩恵にあずかっているのが自分と七原の二人以外にもいるってことは、すぐに察しが付くと思うが?」


 俺は自分で自分をぶん殴りたくなった。考えが及ばなさを恥じたのだ。

 佐々木もジンも金山も、俺たちが倒してきた連中は、明らかに光石の恩恵を受け、身体的強化や変化を遂げている。

 それなのに、どうして俺の味方たちが光石を使っていないと言えるだろうか? 俺だって仲間外れされたわけでもないのに。


 そんな雑念は、今は不要だ。

 俺はじっと三佐の動きを見計らった。軽く身体を揺すっているのは、急所である胸部を狙わせないためだろう。


「ほら、どうした絢斗? いつも通りかかってこいよ。特別授業だ」


 がつんがつん、と拳を打ち合わせる三佐。

 薫はずいっと前に出たが、俺が慌てて引き留めた。


「ちょっと! あんたの任務はあたしの援護でしょ? スポーツバッグの中身が無事なら、早く重火器を――」

「お前こそ、真正面から突っ込むなよ!」

「そ、そりゃあ……」

「だってそうだろ? 似たような化け物だったら、廃病院のゾンビや金山の相手をした時に遭遇してる。だけど、コイツは似て非なる化け物だ! 大河原三佐の培ってきた戦闘データ、お前だって分かってるだろう? あれが、あの化け物には脳みそに積まれてるんだ! 今の俺たちには敵わない!」

「急所さえ狙えれば……」


 そんなことは、端から思っていない。ただ、救いたいと思ったのだ。

 薫のことを。    

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る