第23話


         ※


 制圧完了までは、実にあっさりしたものだった。俺は味方の援護のために二、三発発砲した程度。

 逆に言えば、大河原三佐率いるこの部隊は、やはりエリート中のエリートから構成された最強の武装集団だということだ。


《負傷者は?》

《……》


 三佐の言葉に応じる者はいない。

 三佐はひとまず、了解、と告げてから、作戦司令部に連絡を入れた。それから、別動隊にも。


《こちらアルファ・リーダー、ブラボー・リーダーへ。状況は?》


 しかし、今回も帰ってきたのは沈黙だった。

 どういうことだ? アルファもブラボーも、単に部隊編成上の区別が為されているだけで、その戦闘力は互角なはずだが。

 しかも、ブラボーの方が二名、人員が多い。多少敵の数が多くても、一網打尽にされる連中ではないはずだ。まさか――。


「ブービートラップ……?」


 俺の呟きに、ほぼ全員が振り返った。


「あっ、す、すみません! つい緊張して――」

《葉崎二曹、今何と言った?》

「はッ、ブービートラップではないか、と申しました!」


 俺の言葉に、三佐は目を見開いた。


《総員、ヘリに戻れ! ブラボーが危険だ! ヘリで現着するまでの間に、銃器の点検確認! 急げ!》


 こうして、俺たちはやって来た時と同様に、素早くキャビンに乗り込んだ。

 考えてみれば、そう難しいことではない。

 こんな海岸のはずれにあるような資材置き場に、いったい誰が拠点を構えるというのだろうか?


 逆に、いつでも《ヘキサゴン》全域の電力を調整できる変電所を、どうして放っておくものだろうか?


 俺たちは嵌められたのか……? よりにもよって、アイツが向かって行った場所へ?

 俺が思いっきりシートをぶん殴らなくて済んだのは、単にヘリが煽られてバランスが崩れたからだ。


「アイツに指一本触れてみろ、皆殺しにしてやる……!」


 今度は三佐も俺を落ち着かせようとはしなかった。その必要がなかったのか、あるいはそれは無理だと判断したのか。

 その微かな違和感は、俺の脳裏を流星のように、微弱な光を帯びて一瞬で消え去った。


         ※


《アルファ・リーダーよりアルファ・キングへ。変電所の状況を知りたい。視覚データも合わせて送ってくれ》

《アルファ・キング、了解。映像を皆さんのバイザーに展開します》


 俺はさっと額部分に手を当て、ヘルメット付属のバイザーを引き下げた。

 これは恐らく、ブラボーが離陸させたドローンによる映像なのだろう。サーモグラフィーで色分けされており、人間と思われるものは赤く、それ以外は鈍い青色に染まっている。


「これだけじゃ、誰が誰だか分からねえじゃねえか……!」


 俺は奥歯をぐっと噛み締めた。今の悪態が誰にも聞こえなかったのは、まさに僥倖だ。

 しかし、そんなことを実感していられるほど、俺の精神は頑強ではなかった。


「三佐! このヘリ、対戦車ミサイルを搭載していますよね?」

《ん、ああ》


 なんとも間の抜けた返答である。


「あの変電所を焼き尽くしましょう! そうすれば、テロリスト共は全滅です!」

《ま、待て! 葉崎二曹、君は本気なのか?》


 そう隣の戦闘員が尋ねてきたが、俺は目配せするだけで伝えた。

 誰も冗談でこんなことを言えるはずがないだろう、と。


「大河原三佐、許可を願います! この高度なら、パラシュート降下してギリギリ着地できます! 自分だけで構いません! どうか――」

《止むを得んな……》


 俺の気持ちが通じたのか、三佐は決断を下したようだ。

 ある戦闘員を呼びつけ、こう言った。プランB発動、と。


「三佐……!」


 俺はぐっと背筋を伸ばして敬礼しようとした。が、できなかった。

 突如、キャビンのドアの片方が引き開けられたのだ。それに応じるように、ヘリは右に、左にと不気味に揺れ始めた。


「う、うわっ!? 何がいったいどうなって……!?」

「ここでさよならだ、葉崎絢斗。君との生活、なかなか面白かったぞ。どうか悔いなく、苦しみもなく、あの世へ発ってくれ。七原警部補のことも忘れるなよ」


 まさか、大河原三佐は本気で俺を殺すつもりなのか? それも、俺がうっかり自分のシートベルトを外す瞬間を待って?

 俺がいったい何をした? 暴動の扇動か? 国家への反逆か? どこかの大統領の暗殺か?


 いいや、違うな。

 俺は確信した。俺が罰せられる理由。それは、七原薫を殺してしまったことなのだと。


 彼女の方が、戦闘においては優れていた。才能があった。

 それを肌で感じていたにもかかわらず、俺は彼女と仲違いを起こし、別れた。

 その結果、俺たちはアルファとブラボーという二つの部隊に引き離され、互いにフォローし合うことを、自らの手で不可能にしてしまった。


 もっと合理的に付き合えばよかった。薫をただのキリングマシーンとして扱うのだ。

 そんな扱いにも、薫だったら耐えられたはず。そうすれば、三佐が彼女の死を利用して、俺の心を揺さぶってくることにはならなかったのに。

 俺だって、激昂して反抗した挙句、ヘリから落とされることにもならなかっただろうに。


 そんな俺とバディを組まされてしまったせいで、薫は……!

 

 死んで償えとは、まさにこのことか。

 そう呟いた……かどうかは定かではない。もう、どうでもいいことだ。この高度から落ちれば、俺は間違いなくアスファルトの染みになり果てる。そうに決まっている。


 戦闘員たちは、俺を叩き落とそうとはしなかった。ただ、シートベルトを締めて傍観する。

 そうだ。

 俺に足りなかったのは、この冷徹さ。

 人を人とも思わない、究極的選択を続けていくだけの気力なのだ。


 やがて頭が下を向き始めた。身体の向きが変わったせいで、吐いてしまいそうになる。

 それでも俺は、せめて吐くのは止めようと決心した。しょうもない考えだが、どうせ殺されるなら、自分の死体は清潔に保ちたい。

 いや、バラバラ死体になってしまうのだから、清潔もなにもあったもんじゃないが。


 俺が生存を諦め、ただ落下する物体と移り変わろうとしている。――その時だった。


「ぐがっ!?」


 何かが俺の腰にぶつかった。ただぶつかった、なんてもんじゃない。真下に落下していたはずの身体が、真っ直ぐ水平にぶっ飛ばされるくらいの勢いはあった。

 何が起こっているのか分からず、俺は周囲を見渡そうとした。しかし、それも叶わなかった。

 俺にぶつかってきた物体は、俺を抱き込むようにして自らも水平に飛んでいく。

 最後にぐるん! と横向きに一回転し、俺と物体は地面に投げ出された。


「がっ! いてっ! ぐあ!」


 ごろんごろん、と回転しながら、俺は立て続けに声を上げた。結局落ち着いたのは、何かの壁状の物体に背中からぶち当たってからだ。


「いってぇ……」


 俺は赤ん坊のように背中を曲げて丸くなり、全身を苛む痛みにうずくまった。

 ……ん? 痛み? 俺は痛みを感じている。ということは、まだ死んではいないのか? 加えて、夢を見ているわけでもないというのか?


「な、なん……」


 何なんだ、と言おうとして、俺は喉を詰まらせた。そこにある人物が颯爽と立ち塞がっていたからだ。


「お、おかしい……。やっぱりおかしいぞ、これ!」

「ちょっとあんた、何慌ててんのよ?」

「だって、だってさ、俺、高度四百メートルくらいから空中に放り出されたんだぜ? 助かるわけがねえ!」

「ん、まあ、普通だったらね」

「それに、それにお前……七原薫……? 敵の迎撃に遭って殺されちまったんじゃ……?」


 ようやくピントが合ってきた俺の眼前で、その物体、もとい七原薫は、腕を組んでやれやれと肩を揺すった。


「あんたたちも最初に喰らったでしょ? 映像改変のクラッキング。それも上手く処理してくれたわ、ヴィーナス博士がね」

「へ? じゃ、じゃあ……?」

「ブラボーは全員無事よ。軽傷者が二名でただけ」

「そ、そう、か……」


 薫は身体を半回転させ、壁の途切れている部分から外を眺めた。


「な、なあ、ここは何なんだ? なんか――」

「立体駐車場よ。もうとっくに廃棄されたけどね。それより、変電所が気にならないの? せっかくあたしたちが守ったってのに……」

「ここから見えるのか?」

「見てみなさいよ。地上百五十メートル、なかなかいい眺めだわ」


 ち、地上百五十メートル?


「な、なあ、薫」

「あん?」

「お前、落下途中の俺をキャッチしたのか? ビルを飛び越えながら?」

「まあね。ほら、あっちのオフィスビル」


 薫の指した方を見ると、確かに壁面に大穴が空いている。そこから水平に飛び出して俺をお姫様抱っこし、無理やり身体を回転させて、この立体駐車場の壁面をぶち抜き、俺を手放した。


「ってところか……」


 俺はそのまま、ぼんやりと外の風景を眺めていた。

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