第8話


         ※


 やっとこさ個室から出てきた七原に連れられて、俺はファミレスに入った。

 時計を見ると、時刻は午前一時を回ったところ。座席の稼働率は低いようだ。


 さて、ここで問題が一つある。

 入り口近くの席と遠くの席、どちらを選ぶかというものだ。


 近い席なら、敵襲に備えて迎撃体勢を取りやすいぶん、こちらも狙われやすい。

 遠い席なら、外からは狙われにくいものの、素早く立ち回るのは厳しい。


 今の自分と七原の状態を鑑みるに、店の中ほどがちょうどいいのだが――。


「すみません、ドリンクコーナーのそばの席でもいいですか?」


 俺の理想を口にしたのは七原だった。店員は、かしこまりました、と言ってテキパキと案内してくれる。随分と場慣れしてるんだな、七原は。


 席に就いて、俺も七原も素早く注文を済ませた。注文といっても、料理そっちのけでドリンクバーのみ。

 胃に何かが入った状態で被弾すると、胃の内容物が飛び出して他の臓器を汚染する可能性がある。だからあまり、作戦中に固形の食材を摂取するのは避けた方がいい。

 と、いうのが理由である。


 しかしなあ、ドリンクバーしか注文しないなんて、嫌な客だと思われないだろうか? いや、考え始めるとキリがない。

 俺は素早く七原の顔を一瞥する。彼女はお構いなしで、ポニーテールを解いて結び直す動作をしている。堂々としているな、そういう技術も必要なのか。俺には無縁に思えてしまうが。


「……ま、いっか」

「何?」

「ああいや、何でもない」


 店員がレジの方へ戻っていく背中を見送りながら、俺は音のない溜息をついた。

 接客を受けるというのは、意外なほど緊張するもんだな。きっと、そういった場面に遭遇する機会が、俺にはあまりなかったからなんだろうが。

 そのまま見るともなしに見ていると、七原はずいっと乗り出してきた。


「それで?」

「ん?」

「葉崎、あんた、何か話したいことがあってこのお店に入ったんでしょ? 時間的制約が強い作戦なんだから、ちゃんと考えがあってのことよね?」

「あー、うん、そうだな」


 七原よ。どうしてここで拳を鳴らすのかな。これでは、俺が脅迫されているみたいじゃないか。


「怒らないで、落ち着いて聞いてくれるか?」

「ええ、もちろん」

「質問なんだけど、考えてみれば妙なんだ。俺とお前の間に、なんというか……戦うことに対する捉え方の違い? みたいなものがあるように感じる」


 するとさっきと違い、七原は思いっきり顔を顰めてみせた。身を引いて足を組んだ。


「はあ? 哲学だか心理学だか、呼び方は知らないけど、そんなご高説は作戦終了後にお伺い致します。失礼」

「ちょっ! ま、待ってくれ! 七原、俺にはお前の考えが必要なんだ! 知りたいんだよ、他の連中が、いや、お前が何を考えてこの作戦に参加してるのか!」


 席を立とうとしていた七原は、ぴたり、と動きを止めて、俺の向かいの席に戻った。

 そりゃあそうだよな。実際、俺がいないと飛び道具がなくて困ると言っていたのはコイツだし。


「何なの? 何を話せばいいわけ?」


 俺はグラスを掴んで、コーラを一口。軽く唇を湿らせる。

 だがいざとなると、俺も何を尋ねたいのか分からなくなってしまった。

 今は俺が七原の質問を受けたのだから、どうにか話の方向性を明確にしたいところなのだが。


「えと、そうだな……。ううむ……」

「実はあたしも考えてることがあるの」

「え?」


 意外な一言に、後頭部を掻いていた俺の手が止まった。


「あたしたちはその存在を秘匿されている組織の人間だから、犯罪者を殺傷する権利と義務がある。でも、そんなに簡単に割り切っていいのかしら? 人生ってそんなものなの?」

「そ、そんなこと訊かれても……」


 どちらが質問していて、どちらが答えるべきなのかが分からない。


 そう思いつつ、テーブルの上を彷徨っていた視線を上げる。そこで俺を待ち受けていたのは、これまた予想にない一言。


「困るわよね、ごめんなさい。即答させるには無理があったわね」

「お、おう?」

「何で疑問形なの? まるであたしが暴力的な人間みたいに聞こえる」

「それはまた何ゆえに?」

「ほら、あんたの質問を受ける度に、あたしがあんたを引っ叩いてるみたいじゃない」

「お、俺はそんなこと、考えてない、ぜ?」

「……なんだか面倒な会話になってるわね、これ」


 そうだな、と答えようとしたその時。

 窓側を見ていた俺の目に、車が停車するのが見えた。いや、ただの車じゃない。人が天井から上半身を覗かせている。

 腕を勢いよく引いて、伸ばす。この動き、まさか――。


「警察だ、全員伏せろ!!」


 期せずして、さっきと同じ言葉が飛び出した。

 俺はするっとしゃがみ込み、腹這いになって頭を両手で覆った。と同時に、真っ白い光が窓側から店内を照らし出した。


 状況を察したのか、七原もまたテーブルの下に滑り込んできた。

 直後。

 凄まじい金属音と物体が破砕される音が、店内の空間をズタズタに引き裂いた。


 飛散するガラス片や木片が巻き上げられ、血飛沫や肉片と混ざり合う。

 反対側の壁面にそれらがまとめて叩きつけられる。

 じゃらじゃらという音がするのは、きっと薬莢がばら撒かれている音だろう。

 

 感覚が、ようやく理解に辿り着いた。

 店のそばに停車した車のルーフには、大口径の機関砲が取りつけられていたのだ。

 そしてそれが、秒速何百発という速度で弾丸を店内に撃ち込んでいる。


「この距離で使う銃器じゃねえぞ……!」

「葉崎! 何か対処を!」

「馬鹿言うな七原! 俺だってこれの対処は無理だ!」


 と言ったものの、対処しようが全くない、というわけではない。しかしそのためには。


「七原、入り口側に停まってる大型乗用車、分かるな?」

「ええ、大まかには! ……ってあんた、まさか!」

「その『まさか』を頼みたいんだ! 俺にできなくて、お前にはできることだ!」

「そんな! それって無責任じゃ――」

「おい! 敵が弾帯を交換してる! 今だ、殴り込め!」

「冗談じゃないわよ!」


『殴り込め』――それこそが、俺の脳裏にあった唯一の対処法だ。


 どんな銃火器にしろ、撃てる弾丸の数には限りがある。それを補うのが、弾倉の交換や再装填といった行為だ。

 そんな一連の行動の中で、共通している大問題がある。

 それは、しばしの間、銃撃をやめなければならないということ。


 その間に、七原の身のこなしをもってすれば、接敵して機関砲を破壊できる。俺はそう踏んでいた。


「俺が援護する! 急げ!」

「ああもう、まったく!」


 とは言ったものの、それ以上の愚痴をこぼすことなく、七原は車めがけてダッと駆け出した。


 対する俺は、彼女のスポーツバッグから自動小銃を取り出した。

 素早く状態を確認。よし、撃てる。

 セミオートに設定し、膝立ちの姿勢で、俺は肩に銃床を引きつけた。

 テーブルの角から少しだけ顔を出し、状況を先ほど以上に詳しく把握。


 血の海に様々な素材が浮かんでいる。店内はそんな惨憺たる状態だった。

 こうまでいろいろなものがバラバラにされてしまっては、どれが何なのか、目視で確認するのは困難だろう。


 それでも、敵の姿は見える。きっと日頃の訓練と実戦、それに能力付与のお陰だろう。

 出てきた敵は、車体前方から二人、後方からも二人、計四人。接近する七原を挟み撃ちにしようとしている。

 全員得物は拳銃で、今にも引き金を引こうとしている。


「させるかよ」


 吐き棄てるように言って、俺は援護射撃を開始した。もちろん、七原に当てるわけにはいかない。普段の俺の腕前、つまり射撃精度で敵だけを射抜くのは不可能だ。

 そう、普段の俺の腕前では。


 俺は右目だけでスコープを覗き込み、二、三度瞬きした。――そこだ。

 セミオートで三連射し、左側の二人を仕留める。右側の二人を叩こうと銃口を向けると、既に二人共崩れ落ちるところだった。

 もちろん七原の戦闘スキルが高かったからだが、出血もなしに敵を戦闘不能にするとは。

 

「……やるな、七原」


 護衛要員である四人を行動不能にされ、機関砲を扱っていた最後の敵。

 これ以上の援護は不要だろうが、念のため二発ほど放っておく。どちらも吸い込まれるように、敵の額を貫通した。


 そういえば、俺も七原も襟元に小型の通信端末を装備していたな。使わない手はあるまい。


「七原、大丈夫か? 負傷の度合いを教えてくれ」

《その前に状況確認。全員亡くなったか、気絶してるか。それを確かめないと》

「ああ、悪い。で、どうだ?」

《負傷者三、死者二。こちらの損傷はなし》

「了解。これからどうする?」

《今、役に立ちそうな敵の資料を漁ってる。あんたもこっちで手伝って》


 了解、とだけ告げて、俺も敵の車の下へと駆け寄った。

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