第5話
※
「葉崎? 葉崎!」
「んあ? お、おう」
七原に肩を揺すられて、正気に戻った。俺の正面では、光石のそばに立ってフラダンスもどきを踊るヴィーナスが。
って、そんなことはどうでもいい。
俺は尋ねられていたのだ。どんな能力を自分に付与したいのか、と。
最新の研究では、光石が一人の人間にもたらし得る強化能力は三種類まで。例えば――。
「そうだ七原、お前はどんな能力を付与してもらったんだ? 三種類あるんだろ?」
「え。答えるの、それ?」
「ああ。参考にさせてくれ」
すると突然七原は、目を逸らして『気をつけ』の姿勢を取り、さっと頬を染めた。
「おいおい、何を隠してるんだ? 教えてくれよ。俺はお前のバディなんだろ?」
「……」
「何だって?」
「三つとも『格闘』に全振りしたわよ!!」
「あ? あー……」
うむ、道理で強いわけだ。って、流石にこれじゃ参考にならねえぞ。もう少し自己分析をした方がいい。俺も七原も。
他にヴィーナスから言われたことを、俺は思い返す。
重要なのは、付与された能力強化が効力を維持できる期間だ。最長で三日間と言われているとか。
「そういえば、ヴィーナス博士」
「なあに、朴念仁?」
「ぐっ!」
いや、確かに細かいことを気にかける性分でないことは自覚している。だが女性にそれを言われると、結構な打撃になる。
しかしヴィーナスは、俺の尋ねようとしたことを看破したらしい。
「どうして政府機関以外の人間が能力を付与されているのか、でしょ?」
「はい……」
「これ見て」
一枚の液晶ディスプレイを手渡される。横からひょいっと七原も覗き込んできた。
無言で操作すると、すぐさまその動画は再生された。
※
画面中央で小型のバンが横転し、そこを武装集団が包囲している。運転手と助手席の男性が射殺され、集団は荷台へと向かう。
この規模なら、バンに搭乗していた護衛要員も、大した武装をしていなかった可能性が高い。あるいは、そうやって『強奪させる』意図がどこかにあったのか?
「交通事故?」
「三日前の午前二時四十九分、《ヘキサゴン》南西エリアでの事故――に見せかけた光石の強奪事件の現場映像」
七原の問いに、淡々と答えるヴィーナス。なるほど、この時に光石の一部が持ち去られたのか。
その後、映像の中の光景は凄惨を極めた。応援にやって来た治安部隊と武装集団との間で銃撃戦が発生。爆発物も使用され、血で血を洗う泥沼の戦闘になっていく。
やがて、誤射された一発の対戦車ロケットがバンに直撃。その熱風に煽られたのか、映像は途切れた。
※
さっきとは逆向きの肩を壁に預けながら、ヴィーナスがじっと俺たちを見つめていた。
「先にこっちを見せておくべきだったかしらん?」
「いえ。順番はどうあれ、我々がやることに違いはありませんから」
七原が、ここぞとばかりに模範解答を述べる。一応俺も頷いておく。
「七原ちゃんの言う通りね。ああ、葉崎くん! あなたも選んでいいわよ、強化したい能力」
「え? それって俺も強くなれるってことですか?」
「モチのロン! この光石――ああ、元から研究用にあたしが扱ってたやつね、これなら、一人一回までなら自由に使って構わないから。七原ちゃんはもう使えない、って分かってるわよねん?」
「はい、先ほどもご注意いただきましたので。能力付与のタイムリミットまで、あと六十九時間十一分です」
なるほど。そうやって戦うなら俺にも勝機があるな。
説明によると、光石に十数秒間だけ掌で触れていればいいのだという。そうしている間に、触れている人物の欲求を光石が反映させ、能力付与という形になるらしい。
俺はずいっと歩み出て、慎重に手を伸ばした。
別にビビってたわけじゃないぞ。七原にできたことが自分にできない、ってのは悔しいからな。
目を閉じ、硬質な氷山を思わせる光石に触れて待つことしばし。静電気のような軽い痛みが、手首から肘のあたりに走った。
「おっと!」
「あらん、結構時間かかったわねえ。手、もう離していいわよん」
「これで俺も能力付与された、と?」
「そうそう。ちょっと腕、見せてくださいな」
すっと腕を上げると、そこには三つの模様が浮かび上がっていた。
これは、文字……? じゃ、ないよな。
「うん、大丈夫そうね。葉崎くんお望みの能力付与がされてる」
顔を上げると、ヴィーナスが辞書のような書物を捲っていた。そのページには、確かに俺の腕に記されたのと同じ模様があった。
「えっとねえ、あなたが強化された三つの能力は……、【射撃】【格闘】【防御】みたいだねえ。大丈夫?」
「はい!」
勢いよく返答すると、ヴィーナスも満足げに頷いて見せた。
そんな心温まる瞬間を狙ったかのように、部屋の隅から音がした。きゅるるるる~、という、情けもへったくれもないような音だ。誰か腹を減らしているらしい。
「あ、あの、ヴィーナス博士、栄養剤か何か、ありません、か……?」
ほう、赤面しきった七原の顔を拝めるとは。なかなか風情があるじゃないか。
「はいはい、あなたは動きすぎなんよ、七原ちゃん。栄養剤? そんなにケチケチしなくても、夜食くらい用意してあげるわよん。二人はさっきの部屋で待ってて。他の部屋がなくてごめんねえ」
「了解しました」
俺は敢えて七原には近づかずに、軽く敬礼をしてその部屋を後にした。
※
入口に近い部屋まで戻って来た俺と七原。俺は適当に右側のソファに座ったが、何故か七原は反対側に向かってしまった。
何事かと思っていると、七原は部屋の隅に置かれた丸椅子を持ってきて俺の反対側に腰を下ろした。
「おい、どうしたんだ? 作戦とか練らないといけないし、積もる話もあるかもしれない。根掘り葉掘りは聞かねえから、もっと話しやすいところに来てくれ」
しかし、七原は項垂れたまま。膝の上に載せた自分の手を、ぎゅっと握り締めている。
「何してんだよ、今だって任務中って扱いなんだぜ? ああ、お前が動かねえなら、俺がそっちに行くから」
と言って俺は立ち上がったのだが、七原もまた腰を上げて、丸椅子を持ってもじもじし始めた。
何なんだ? 何考えてんだ、コイツ。
「ふざけてる場合じゃねえぞ。今この瞬間だって、能力付与のタイムリミットは過ぎていってるんだぜ? ヴィーナス博士も言ってたろ、三日間限定の力なんだって」
「……」
「何? 聞こえねえ!」
「あたしのお腹、鳴るのを聞いたでしょ!?」
俺は思わずのけ反った。七原から、いきなり闘魂のこもった気配がしたからだ。
両腕を突き出しながら体勢を戻すと、七原は丸椅子を下ろし、涙目・赤面でこちらを睨んでいた。
そう、現在のところ、会話のボールは俺にある。上手く投げ返さなければ。
「腹の音? い、いや、まあ、そうだけど……」
「……やっぱり聞こえてたんだね……」
はて、どうしたものか。
七原は恥ずかしがっている様子(だと思う)のだが、俺にできることなど何もない。
とにかく、七原の情緒不安定さは異常だ。バディとしては、この問題は解決しておかねば。戦闘事態が発生した場合、命を危険に晒すのはお互い様だしな。
「誰にも言わねえよ。博士が言ってたけど、お前だって能力付与があってからそんなに経ってるわけじゃねえし。それで頑張って街中走り回っていれば、腹だって減るさ」
「う……」
「大丈夫だよ、口が堅いのは俺の美徳の一つだからな」
僅かに顔を上げる七原。
俺はゆっくりと伸びをして、あたかも呑気でいるように見せかける。
「……なら、いい」
七原は、それだけをぽつりと告げ、ゆっくりと最寄りのソファに腰かけた。
俺もさっきの場所に座り込む。
香ばしいカレーの匂いがし始めたのは、ちょうどその時からだ。
――研究室でどうやって料理をしているのか、あまり想像したくはなかったが。
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