第34話 黒と白

「シシッ!」


 そんな笑い声と共に、ルピンは曲剣を振るう。俺の放った弾丸は、そのひと振りによって呆気なく打ち落とされてしまった。

 〝マギアベレッタ・ネロ〟から放たれる弾丸は、実際の銃とほとんど遜色ないはず。それを見切って打ち落としているルピンは、間違いなく化物だ。


「遠くからチマチマ戦ってないで、近づいてきたらどうネ」


「ははっ、確かにな」


 俺は銃を撃ちながら、ルピンに向かって走り出した。ルピンのほうも、弾丸を弾きながら俺へと向かってくる。


「そのムカつく顔面を叩き割ってやるよ……!」


 ルピンが曲剣を振り上げる。俺はがら空きの胴体に向けて、銃弾を三発撃ち込んだ。

 しかし、その銃弾は、ルピンの腹部に少しめり込んだところで止まってしまった。


――――魔力の鎧か……。


 ルピンの腹部は、分厚い魔力で覆われていた。これでは、こっちも出力を上げなければ貫通できない。ただ、再び引き金を引く前に、ルピンの曲剣が振り下ろされた。


「おっと……」


 俺はそれを横に避ける。すると、ルピンはすぐさま曲剣を横薙ぎに振るった。

 真上に跳んでこれもかわすが、ルピンの追撃は終わらない。着地を狙って、ルピンは何度も何度も曲剣を振るう。この感じ、おそらく我流だろう。それでも、えらく様になっている。的確に急所を狙ってくるため、こっちはかなり神経を削られる。


「シシッ、防戦一方ネ!」


 斜めから振り下ろされた刃を、俺は銃身で弾く。その際、勢い余ってルピンはバランスを崩した。元々この銃は、とにかく頑丈に作ってもらった代物だが、魔力を纏わせることでさらに強度が増す。巨大ハンマーを打ち付けられるくらいのことがなければ、この銃は壊れない。


「おっと、反撃チャーンス」


 ルピンの顔に銃口を向け、引き金を引く。銃声が響き、鮮血が舞った。


「……やっぱりお前、只者じゃないネ」


 そう言って、ルピンはニヤリと笑った。その右目からは、ダラダラと血が流れている。


「そういうあんたも、今のをかわすとは大したもんだ」


 俺が引き金を引いた瞬間、ルピンはとっさに体を反らした。その結果、銃弾はルピンの右目を抉るように掠め、後方へと消えていった。片目を潰すことには成功したが、致命傷は避けられてしまったというわけだ。


「かわしてないネ。ちゃんと当たってるよ!」


 ごもっともなことを言いながら、ルピンは怯むことなく曲剣を振るった。俺は後ろに跳んで、それをかわす。


「……使わねぇんだな、〝祝福ギフト〟」


 さっきのように、俺の足を地面に固定してしまえば、俺は今の一撃を受けざるを得なかったはず。では、何故そうしなかったのか……。


「お前の〝祝福ギフト〟……座標の固定が必要そうだな」


「……シシッ、さすがネ。その通りよ」


 ルピンが自身の顔に手をかざすと、先ほどの糸が傷口を縫い始めた。


「オレの〝祝福ギフト〟は、まず発動場所を定める必要がある。だから動く物体を捉えるのは、なかなか至難の業ネ。さっきは片目が潰れて距離感が狂ってネ、座標の固定ができなかったよ」


「親切だねぇ、そんな丁寧に教えてくれるなんて」


「シシッ、どうせお前には見抜かれるネ。隠す意味ないよ」


 こいつ、頭が悪そうに見えて、ちゃんと考えて戦っている。


「もう誤差は修正したネ。ここからはなんでもあり・・・・・・よ」


 〝嫉妬の繋縛インヴィーコネクト〟――――。


 ルピンがそうつぶやくと、やつの腕がボトリと地面に落ちた。いや、よく見ると、その腕は青白い糸によって繋ぎ止められている。


「この糸が繋がっている限り、この腕はオレのものとして動くネ」


 糸で繋がっているだけの腕が、ゆっくりと持ち上がる。そして硬く拳を握ると、俺に向かって一直線に飛んできた。


「っ!」


 とっさに転がってかわすと、ルピンの拳は背後にあったガラクタの山を粉砕する。これは、威力も申し分なさそうだな。


「遠距離攻撃ができるのは、お前だけじゃないってことネ」


 いつの間にか、ルピンの膝から下が消えていた。俺はとっさにガードを固める。すると、ガードした腕に強烈な蹴りが叩き込まれた。しっかり固めていたはずなのに、腕がびりびりと痺れる。これを頭や首に食らえば、間違いなくただでは済まない。


――――遠心力で威力が増してるわけか……やっかいだな。


 腕の痺れを無視して、俺はすぐにその場を移動する。直後、俺がいた場所に青白い糸が現れた。あのまま止まっていれば、見事に地面に縫い付けられていたことだろう。


「シシッ、よく気づいたネ」


「回復くらい、ゆっくりさせてくれよ」


 痺れが治まってきた手で、引き金を引く。しかし、その銃弾は再び呆気なく打ち落とされてしまった。


「こんなの、もう全然意味ないよ」


 やれやれと言った様子で肩を竦めながら、ルピンは曲剣を持った腕を長く伸ばした。

 ああ、また厄介な――――。


「さあ! 踊るがいいネ!」


 曲剣を持った手が、俺を襲う。さっきと違って、銃身で弾いてもルピンは体勢を崩さない。


「じゃあ、撃つか」


 俺は、曲剣を持ったルピンの腕を撃った。しかし、ルピンは苦痛に呻くどころか、獰猛な笑みを見せた。確かに血は流れているのに、なぜ一切ダメージを受けた様子がないのだろう。


「オレの体は、もともと誰かのものネ。だから痛みとかないよ」


「……なるほどね」


 俺は苦笑いを浮かべながら、曲剣をかわす。そうして俺は、じりじりと後退を余儀なくされた。


「残念、そっちに逃げ場はないよ」


 ルピンの言う通り、俺の周囲はガラクタの山に囲まれていた。

 これでは、かわし続けるのにも限界がある。


「これで終わりネ!」


 そう言って、ルピンは真上から曲剣を振り下ろす。回避しようがなくなった俺は、仕方なくそれを銃身で受け止めた。しかし、どうやらルピンは、これを待っていたらしい。


「シシッ、よく防いだネ。でも、その体勢でこれを防げるか?」


 ルピンはもう片方の腕を伸ばすと、近くに刺さっていたブルトンのナイフを手に取った。それと同時に、俺の靴と地面が青白い糸に縫い留められてしまった。これでは、ここから一歩も動けない。


「さあ、今度こそ終わりよ」


 ナイフを握った手が、俺の心臓を目掛けて飛んでくる。


「はぁ……まあ、ここまでかな」


 もうしばらく遊べると思ったが、俺もまだまだらしい。そろそろ戦わないと・・・・・、イグニアが目を覚ましてしまうかもしれない。

 俺は背中のホルスターに手を伸ばし、もう一丁・・・・の銃を抜いた。


「なっ……同じ武器……⁉」


「よく見ろ。色が違うだろうが」


 そう言いながら、俺は新たな銃の引き金を引く。美しい弾道で飛んだ銃弾は、ルピンが持っていたナイフを弾いた。

 〝マギアベレッタ・ネロ〟とは違う、純白の銃。その名も〝マギアベレッタ・ビアンカ〟。

 俺の本来の戦闘スタイルは、ネロとビアンカ、この二丁を用いる。


「悪いな、ルピン。もう遊びの時間は終わりだ」


 この先にあるのは、決して子供には見せられない、残酷で残忍な蹂躙ショーだ。

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