第35話 業火と決着

「遊びの時間は終わり……? それはこっちの台詞ネ!」


 ナイフを拾い直し、ルピンは再び俺に腕を伸ばす。俺は自身の足元を撃ち、地面を抉った。これで俺を縫い留めていた糸は吹き飛び、自由になることができた。


「よっと……」


 ガラクタの山に跳び乗るようにして、俺は曲剣とナイフをかわす。

 そして一気に山を駆け下りながら、ルピンに向かって引き金を引いた。


「チッ……!」


 ルピンは素早く身を屈め、回避行動を取る。そしてやつは、素早く腕を元に戻した。

 それと同時に、俺はやつとの距離を詰める。この距離では、どれだけ銃を撃ってもかわされてしまう。だったら、至近距離から撃ち込んでやればいい。


「シシッ、せっかくの武器が泣いてるネ」


「俺の愛銃はそんなんじゃ泣かねえよ……!」


 銃で牽制しながら、俺はルピンの眼前へと迫る。そこから前蹴りを一発。しかし、その一撃はひらりとかわされる。


「甘いネ……!」


 回避と同時に、ルピンは曲剣を振る。俺はそれをネロで受け止め、ルピンの胸元に向けてビアンカの引き金を引いた。


「ぐっ……」


 ルピンが呻く。魔力を纏うことで、銃弾はルピンの肉体を貫けなくなった。しかし、それでも完全に威力を殺せるわけがないし、俺が全力で殴ったくらいのダメージはあるはずだ。


「さあ、速度を上げるぞ。ついてこれるか?」


 俺は小馬鹿にするような笑みを浮かべ、ルピンの太腿を撃つ。衝撃で体勢が崩れたところに、肘鉄を一発。ルピンの顎が跳ね上がり、俺は銃口を腹に押し付け、再び引き金を引いた。


「ぐはっ……こ、この……!」


「遅ぇよ」


 苦し紛れに突き出してきたナイフを弾き、二丁の銃を連射する。全身をくまなく撃たれたルピンは、血を吐きながら膝をついた。


「こ、こんなことが……あるはず……」


「残念だけど、現実だよ」


「がっ――――」


 顎を蹴り飛ばしてやれば、ルピンは無様に地面を転がった。

 すでに息も絶え絶えと言った様子である。そりゃ、全身の骨も内臓もグチャグチャになれば、こうなるのも当然か。


「魔力量の多さが仇になったな。下手に硬いせいで、こんなに苦しむ羽目になる」


「はぁ……はぁ……」


 俺はゆっくりとルピンに歩み寄る。そして、二つの銃口をルピンの脳天に向けた。


「もう魔力を纏う余力もないだろ。今、楽にしてやるよ」


「……シシッ、シシシシ」


 死の淵にいるはずのルピンが、何故か笑い始めた。


「……何がおかしいんだ?」


「バカネ、お前……オレはこのときを待ってたよ」


 ルピンが指を動かす。すると、周囲のガラクタの中から様々な武器が飛び出してきた。

 それらの矛先は、間違いなく俺に向いている。


「ブルトンに教えられたとっておきネ……。オレの〝祝福ギフト〟はモノとモノを繋げる……お前と武器を繋ぎ合わせたら、一体どうなるかネ」


 ルピンが指を鳴らすと、飛び出した武器たちは真っ直ぐ俺に向かってきた。上手く考えたもんだ。ここは、もっともガラクタが少ない、開けた平らな空間。当然身を隠せるものなどなく、俺は完全に無防備だ。この武器の数では、二丁の拳銃を用いても、すべてを撃ち落とすことは難しいだろう。


「楽になるのは、お前のほうネ……!」


 自分に向かってくる武器を、俺は冷静に見つめていた。そして俺は、銃口を真上に向ける。確かに、すべてを撃ち落とすことは難しい。しかし、一方向だけなら――――。


「〝燃え盛る一筋の弾丸フォルテ・フィアンマ


 銃口から、天に向かって炎の塊が撃ち出される。それは真上にあったルピンの武器を蒸発させ、夜空へと消えていく。〝マギアベレッタ〟は、組み込まれた魔法によって弾を撃ち出す。その際、込める魔力量を増やせば、その分銃弾の威力は上がるのだ。これで武器の包囲網に風穴が開いた。俺は何もない空間に向けて跳び上がり、他の武器をかわす。


「まだネ!」


 ルピンが叫ぶ。すると、残った武器はひと固まりになり、そのまま真下から跳ね上がるようにして俺に向かってきた。空中には逃げ場がない。しかし、この手は完全に悪手である。


「……わざわざ一か所に集めてくれて、ありがとな」


 おかげで、一発で済むよ――――。


 俺は向かってくる武器に向かって、もう片方の銃を撃つ。すると、先ほどと同じ火球が放たれ、数多の武器を消し飛ばした。……それだけでは終わらない。武器をすべて消し飛ばした火球は、そのまま仰向けに横たわるルピンを襲う。


「そ、そんな……」


「終わりだ、ルピン」


 俺がそうつぶやいた直後、ルピンは業火に包まれた。


「ギャァァアアアアアア!」


 ルピンの絶叫が響き渡る。こいつは、両手両足の痛覚がない。本人が言った通り、他人から奪ったものだからだろう。しかし、胴体だけはこいつ自身のもので間違いない。さっきの攻撃、一番効いていたのは、胴体への攻撃だった。生身の部分にダメージが入れば、ちゃんと効くのだ。


「年貢の納め時だ、ルピン」


 転がり回るルピンを足で押さえつけ、銃口を向ける。


「……シシッ、まさか、うちをたった三人で落とすやつらがいると思わなかったネ。……お前、目的は?」


「闇の帝王になることだ」


「シシッ、シシシッ! そいつは大層な目標ネ。……ま、精々頑張るといいよ。あの世でお前が来るのを待っててやる」


「そうか。じゃあ、長い待ち時間になりそうだな」


 そう言って、俺は引き金を引いた。銃声が響き、ルピンの体が大きく跳ねる。そして……そのまま動かなくなった。


「……終わったな」


 俺は格好つけるために銃をクルクルと回し、背中のホルスターに戻す。

 完璧に決まった。練習した甲斐があったな。


「お待たせしました、アッシュ様」


「全部片付いたよー!」


 顔を上げると、そこにはフランとエレンがいた。傷ひとつないところを見るに、二人とも圧勝だったらしい。従者が有能だと、やはり安心できるな。


「お疲れさん……じゃあイグニアが起きる前に、こいつらの〝貴重品〟を漁るとしますか」


片付け・・・のほうはどうなさいますか?」


「ああ、あとでイグニアに手柄を押し付けるから、放置でいいよ」


「かしこまりました」


 俺はイグニアが寝ている通路に視線を向け、小さくため息をついた。

 あとで色々と追及されるだろうし、ちゃんと言い訳は考えておかなきゃな――――。



 それから俺たちは、最初にルピンが座っていたガラクタの山を解体し始めた。

 俺の予想が正しければ、インヴィーファミリーにとって重要なものは、すべてここに集まっているはず。


「こんなにグチャグチャに置きやがって……少しは整理しろって」


 ぶつくさと文句を言いながら、ガラクタをかき分けていく。


「あ、宝石があったよ?」


「捨てといていいよ。換金も面倒だし」


「……贅沢な話だね」


 そう言って、エレンは宝石を遠くへ投げ捨てる。その後もしばらく山を漁っていると、俺は抱えるほどの大きさの宝箱を見つけた。見るからに大切なものが入っていそうな見た目だ。

 ただ、鍵がかかっているようで、簡単には開きそうにない。


「アッシュ様、こちらに鍵が」


「え、どこで見つけたんだ?」


「先ほど倒した男が首から下げておりました。念のため持ってきたのですが……」


 受け取った鍵を、宝箱に差し込む。すると、鍵はほとんど抵抗なく回った。


「ビンゴだな。助かったよ、フラン」


「お役に立てたようで何よりです」


 それにしても、大切な鍵をブルトンに持たせておくとは、二人の間には相当な信頼関係があったのだろう。まあ、それについてはまったく興味ないが。


「さて、何が入っていることやら……」


 蓋を開けば、ツギハギだらけの人形と、何かの書類が入っていた。

 ずいぶん古い人形だ。どことなく、ルピンに似ている気がする。何かの思い出なのかもしれないが、特に仕掛けはなさそうだし、今は必要ない。問題は、書類のほうだ。


「……権利書のようだな」


 犯罪集団が持っているにしては、やけにしっかりした書類だった。しっかり目を通してみると、そこには衝撃の内容が書かれていた。


「くくっ……はははははは!」


「ど、どうしたの? アッシュ様」


「いや、あまりにも予想通り過ぎてな……」


 俺はその書類を、フランとエレンにも見えるように差し出す。


「……裏オークションの」


「け、権利書⁉」


 そう、この書類は、裏オークションを開催するための権利書だった。最後には、しっかりとグランシエル王国の紋章が押されている。つまり、こいつらが運営していたオークションは、決して裏などではなく、合法な商売だったということだ。


「マフィアと国の繋がりを見つけられたらそれでよかったんだが……まさか、こんなに都合いいものが見つかるとは」


 俺は権利書を懐にしまい、立ち上がる。


「他のマフィアも、きっと自分たちが商売する権利をもらってんだろうな……どうりで騎士団が本気で動かないわけだ」


「そうなりますと、やはり敵はマフィアだけじゃないようですね」


「ああ、心躍るな」


 犯罪組織どころか、ひとつの国家を相手取る――――そんなの、しがない銀行員だったときには、想像すらしなかった話だ。この高揚感、まさに生を実感する瞬間である。


「行くぞ、フラン、エレン。もうここに用はない」


 そうして俺は、二人の従者を連れて、インヴィーファミリーのアジトをあとにした。

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