第32話 集結と開戦

――――ああ、この驚く顔が見たかったんだ。


 目を見開いて固まるルピンたちを見て、俺は手品の成功を喜んだ。


「何がどうなってるネ……」


「安心しろよ。ちゃんとネタバラシしてやるからさ」


 そう言いながら、俺は大袈裟に腕を開いた。


「俺がイグニアに変身したのは、ここに来る通路でのことだ」


 あのとき、ガラクタの陰に愛しの従者が隠れているのが見えた。学園で情報屋から俺の居場所を聞き出し、すぐに駆けつけてくれたのだろう。フランの姿を見つけたとき、俺はこのいたずらを思いついた。

 まず、フランがイグニアを一瞬で気絶させ、すかさず俺が〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟を発動。俺の姿をイグニアに、フランの姿を俺へと変える。本物のイグニアをガラクタの山に隠し、何食わぬ顔で、俺とフランはブルトンについて行った。

 廊下は、ほとんど光が差し込まず、足元に注意しなければならないほど暗かった。あんな環境、俺たちからすればやりたい放題だ。

 ちなみに、イグニアは今もガラクタの中でスヤスヤ寝ているはずだが、あの強靭な肉体を思うと、いつ目覚めてもおかしくない。できれば、彼女が起きる前に終わらせたいところだ。


「――――アッシュ様。外の〝片付け〟が完了いたしました」


 そんな声が聞こえて、ルピンたちの視線が入口へと向けられる。


「なっ……」


 ルピンたちが驚くのも無理はない。

 そこには、さっきここから逃げたはずのが立っていた。


「ご苦労様。じゃあ、あとはここにいるやつらを片付けるだけだな」


 俺がパンッと手を鳴らすと、もうひとりの俺はフランへと戻った。連中がまたもや目を見開いたのを見て、俺は腹を抱えて笑う。


「あー、こんなに綺麗に騙されてくれると嬉しいねぇ。あんたら、演者より観客のほうが適正あるんじゃないの?」


「……こんなことして、なんの意味がある? わざわざオレを騙した理由はなんだ」


「ん? ああ、そうだな……こうしたらあんたが手の内を見せてくれると思ったのと――――まあ、面白そうだったからかな。好きなんだよ。自分が圧倒的優位にいると思っているやつを、この手で弄んでやるのが」


「っ! ほざけ……!」


 ルピンが繰り出した拳をひょいっとかわし、俺はがら空きの胴体にカウンターを決める。


「がっ……」


 たった一撃で、ルピンが膝をつく。その様子を見た連中に、さらなる動揺が走った。


「あんたの攻撃、結構悪くなかったよ。でも、残念ながらもう見切っちゃったからさ」


「っ……⁉」


 ルピンを見下ろしながら、俺はそう言った。

 実際に何発か攻撃を食らって、ルピンの実力は大体把握した。上手くダメージは逃がしたから、こうしてピンピンしているが、あの〝祝福ギフト〟で動きを止められたあとの前蹴りは、そう何度も食らいたくない威力だった。


「ボス……!」


 ブルトンが駆け寄ろうとすると、いつの間にかそばにいたフランが進路を妨害した。


「アッシュ様の邪魔はさせません」


「……っ」


 フランの醸し出すオーラに、ブルトンの顔が引きつる。どちらも歴戦の殺し屋であることは間違いない。あっちの戦いにも興味はあるが、俺には俺のやることがある。


「じゃあ、こっちもそろそろ本格的に始めようか……ツギハギ野郎」


「……一撃入れた程度で、調子に乗るなよ」


 ルピンが指を鳴らすと、武器を持った構成員たちがジリジリと近づいてきた。

 どいつもこいつも、ボスを殴られたことで殺気立っている。


「今の、重くて芯に響く、いい一撃だったネ。そこにいる女も、お前も、只者じゃないことは間違いない。けど、この人数差は覆せるはずがないネ」


「……確かにな。二人じゃちょっと厳しいかもしれない」


 心にもないことを言いながら、俺は天井を仰ぐ。


「けどまあ、こっちも二人しかいないなんて、一言も言ってねぇけど」


「っ!」


 テントが引き裂かれる音がした。それと同時に、天より茨を纏った姫が舞い降りる。


「――――ぁぁぁぁあああああ!」


 そして、そのままガラクタの山に突っ込んだ。


「……何してんの?」


「高いところ苦手なの! ずっと待たされてたから足が震えちゃって……」


 生まれたての小鹿のような足取りで、エレンはガラクタ山から下りてくる。

 そうか、高所恐怖症だったのか。それなら、派手な登場を演出するために、テントの上に待機させていた俺が悪いな。


「……まさかとは思うが、お前の仲間はそいつらだけか?」


「ああ、まあな」


「……シシッ、これはとんだエンターテイナーだネ。ひとり増えたところで、この数はどうにもならないでしょ?」


「さてね」


 俺はエレンにアイコンタクトを送る。すると彼女は、大袈裟に胸を張って見せた。


「お披露目の許可がもらえたし、じゃあ早速……」


 〝堕落のいばら姫スイートハニー〟――――。


 エレンが自身の〝祝福ギフト〟の名前を口にすると、彼女の体から幾本ものいばらの蔓が溢れ出した。それらは瞬く間にそばにいた構成員の体を絡め取ると、そのまま地面に叩きつける。

 エレンの〝祝福ギフト〟である〝堕落のいばら姫スイートハニー〟は、自身が受けたダメージの分だけいばらを成長させ、操る能力だ。ダメージが大きいほど、当然いばらの数も増え、一本一本の強度も増す。では何故、ここに来てまだダメージを受けていないはずのエレンが、これほどまでのいばらを生み出せたのか――――。

 その答えは単純明快。あらかじめ、俺とフランでしこたまダメージを与えておいただけだ。


「エレン、雑魚の相手は頼んだぞ」


「うん! 任せて!」


 最大までダメージを蓄積させたエレンなら、武器を持った荒くれ者たちでも怪我ひとつ負わずに片付けられる。問題なのは、ルピンとブルトンだけだ。


「改めて……始めようか、ルピン」


 俺は背中のホルスターから、愛銃である〝マギアベレッタ・ネロ〟を抜く。


「……上等ネ。オレたちに喧嘩を売った報い……必ず受けさせるよ」 


 ルピンはガラクタの中に腕を突っ込み、何かを引き抜く。それは、煌びやかな装飾が施された曲剣だった。形だけ見たら、青龍刀に近い。


「ここからは本気ネ。死ぬ気でかかってくるといいよ」


「そう? じゃあ、遠慮なく」


 俺は銃口をルピンへと向け、引き金を引いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る