第31話 〝人間〟とトリック

 アッシュを取り逃がしたブルトンは、憎々しげにイグニアを睨みつけた。


「チッ……この小娘が……!」


 両手にナイフを構えながら、ブルトンはじりじりとイグニアとの距離を詰める。

 イグニアの目の前には、ボスであるルピン。うしろには、その右腕であるブルトン。その他、武器を持った数え切れないほどの構成員たち。いくらなんでも、絶望的な状況だった。


「まさか、縄まで引きちぎるとは思ってなかったよ。やるネ、騎士団長の娘」


「ふんっ……もう私の名を忘れたのか? さっき教えてもらったばかりだろう」


「悪いネ、物覚えが悪くて。学がないもんでさ」


「学ぶ気がないだけだろう……!」


 イグニアは、落ちていた金属製の棒を拾い上げ、ルピンに向かって跳びかかる。


「シシッ、ご名答ネ」


 剣術の要領で振り下ろされたその棒を、ルピンはゆらゆらとした動きでかわした。


「それ、反撃」


「っ!」


 ルピンが放った拳を、イグニアは腕でブロックする。しかし、その体は大きくうしろへ吹き飛ばされた。

 ルピンの拳は、その細腕からは想像できないほどの威力を持っていた。魔力をまとわせてはいるが、それにしても説明できない威力である。

 ただ、それはイグニアにも言えることだ。


「なんのぉ……!」


「うおっ!」


 ジンジンと痺れる腕で、イグニアは棒を叩きつける。両腕で防ぐことに成功したルピンだったが、今度は自分が大きく後退させられる羽目になった。


「ん~、腕がイかれそうネ。こりゃそこらのやつじゃ歯が立たないよ」


 痺れる腕を揺らして回復を図るルピンに、イグニアは追い打ちをかけるべく飛び込んでいく。しかし、突然足を止めたイグニアは、その場で屈んだ。


「チッ……」


 イグニアの頭上を、ルピンが投げたナイフが通過する。この極限とも言える状況で、イグニアの感覚はこれ以上ないほど研ぎ澄まされていた。


「私は……負けるわけにはいかないのだ……!」


 イグニアの全身から魔力が溢れ出る。その迫力を前に、この場にいるルピンとブルトン以外の人間は、息を呑んで後ずさった。


「シシッ、いいネ。お前が騎士団員じゃなければ、ウチに勧誘していたよ」


「ほざけ……!」


 地面が揺れるほどの踏み込みと共に、イグニアは棒を振る。魔力を纏ったそのひと振りは、辺りのガラクタごとルピンの体を吹き飛ばした。


「ボス……!」


「狼狽えるな。ちゃんと避けてるネ」


 ガラクタの山から、ルピンが現れる。一切ダメージを受けていない様子を見て、イグニアは舌打ちをした。


「お前の攻撃からは、殺意を感じないネ。この期に及んで、まだオレたちを拘束するつもりか?」


「……そのつもりだ」


「シシッ、笑えるネ。マフィアと戦うのに、そんな甘っちょろい考えが通用するはずないだろ」


 ルピンが蹴りを放つ。すると、イグニアが持っていた棒が、澄んだ音と共に切断された。

「なっ……」


 綺麗な断面を見て、イグニアは目を見開く。ただの蹴りで、ルピンは刃物以上の切れ味を実現したのだ。


「これくらい本気で攻撃しないと、オレは仕留められないよ」


「がっ――――」


 ルピンの強烈な前蹴りが、イグニアの体を吹き飛ばす。そしてイグニアは、そのままガラクタの山へと突っ込んだ。

 この状況においてものを言うのは、潜ってきた修羅場の数である。自分を殺しにこない敵なんて、ルピンにとってはただのカモだ。


「くそっ……!」


「シシッ、タフさだけなら一丁前ネ」


 ガラクタを跳ねのけ、イグニアは立ち上がる。

 その姿に対し、ルピンは拍手を送った。


「やっぱりなかなかやるネ、お前。オレの蹴りで倒れなかったご褒美よ。特別に見せてやる」


「っ……なんの話だ」


 ルピンは、手をイグニアに向け、こう言った。


「〝嫉妬の繋縛インヴィーコネクト〟」


「っ……!」


 ルピンの手が光ったかと思えば、イグニアは足元に違和感を覚えた。


――――足が……動かん……⁉


 よく見れば、イグニアの足と地面が、青白い糸で縫い付けられていた。この糸が自分を縛っているのだと気づいたとき、彼女の眼前には、すでにルピンの姿があった。


「これがオレの〝祝福ギフト〟ネ。モノとモノを縫い付け、繋ぎ合わせる。なかなか便利な能力よ」


「……上司も部下も、揃って糸使いか」


「だからシンパシーを感じたのよ」


 笑顔でそう言ったルピンは、蹴りを放つ。


「残念ネ。しばらく寝ときな」


 再びの前蹴りを食らってしまったイグニアは、踏ん張ることすらできず、そのまま観客席まで吹き飛ばされた。


「うっ……ぐ……」


 体を起こしたイグニアは、すぐに激しく咳き込んだ。致命傷ではないが、ダメージは甚大だ。全身に走る激痛のせいで、今まで通り動くのはもはや不可能と言っていい。 


「手向けと思って蹴ったのに、よく生きてたネ。やっぱり強いよ、お前」


「はぁ……はぁ……」


 ひと蹴りでイグニアの目の前まで移動したルピンは、口角をつり上げた。

 そんなルピンを、イグニアは鋭い眼光で睨みつける。


「やっぱり、いい目をしてるネ、お前。どうだ? オレの女になるなら、生かしてやってもいいぞ」


「誰がッ……!」


「おっと」


 イグニアが繰り出した拳を、ルピンはひらりとかわす。無理に体を動かしたイグニアは、激痛に顔をしかめた。


「ぐっ……」


「危ない危ない。まさかまだ動けるとは思わなかったネ」


 へたり込んでしまったイグニアの顎に、ルピンは手を添えた。


「可哀想だけど、もう少し痛めつけたら、従順になるか?」


 ルピンはイグニアの胸ぐらを掴むと、そのまま中央に放り投げた。上手く体を動かせないイグニアは、受け身も取れずガラクタの山に叩きつけられる。


「かはっ――――」


「欲しいものは力尽くでも手に入れる……それがマフィアのやり方よ」


 ルピンが手を叩くと、テント内にいた構成員たちがイグニアの周りに集まり始める。

 あっという間に取り囲まれたイグニアは、ギリッと奥歯を噛み締めた。


「オレ、ずっとお前らみたいなキラキラしたやつらが羨ましかったよ。どうしてそっちに行けないんだろうって、ゴミ溜めからずっと……ずっとずっとずぅーっと街の連中を見てたネ」


 ルピンは天を仰ぎ、言葉を続ける。


「生まれたときから、左足がなかったんだ。だから、オレの親はオレを捨てたネ。オレ、思ったのよ。オレがキラキラした街で暮らせないのは、人とは違うから・・・・・・・だって」


 そう言って、ルピンは自身の左足を叩く。

 あるはずのないその左足を見て、イグニアはハッとする。


「……まさか」


「そうそう。もらったのよ・・・・・・、お前たちみたいな貴族から」


 ルピンは、自分の体を指でなぞっていく。その様子に対し、イグニアは嫌悪感を露わにした。


「オレにはないものを持ってる街の連中が羨ましくて、妬ましくて、色んなものを奪ってやったよ。奪って奪って奪いまくれば、いつかオレの体はみんなと同じになれると信じてたネ」


「バカな……同じになるわけがないだろう……!」


「ああ……お前の言う通りネ。オレは結局、お前らみたいなキラキラした〝人間〟にはなれなかった」


 ルピンは自身の腕を掴むと、縫い目がブチブチと悲鳴を上げ始める。そして、そのまま力任せに引き千切ってしまった。


「っ……」


「……〝人間〟にはなれなかったけど、オレは知ったネ。〝人間〟は、自分にないものに嫉妬して、常に手を伸ばそうとする。だからビジネスを始めた。〝人間〟を手に入れるための、オークションってやつを」


 ルピンが腕を元の位置に戻せば、先ほどイグニアの足を縫い付けた青白い糸が肉と肉を縫い付ける。そして、視線を戻したルピンは、その手をイグニアへと差し出した。


「お前が欲しいと思ったのは、オレの本音よ。オレ、身内には結構甘いやつネ。お前がファミリーになるなら、欲しいものをなんでもくれてやる。悪い話じゃないと思うけど?」


「――――ははっ」


「……?」


 突然笑いだしたイグニアに、ルピンは首を傾げる。


「何がおかしい?」


「おかしいな……おかしくて・・・・・たまらねぇよ・・・・・・。こうも上手く騙されてくれるとさ」


 まるでダメージを負っていない様子で、イグニアは体を起こす。その信じがたい姿に、さすがのルピンも目を見開いた。


「助かるよ、ここまで手の内を晒してくれて」


 そう言って、イグニアは自分の顔を手で隠す。そしてそのまま手を退けると、そこにあったのはイグニアの顔ではなかった。


「ど、どうして……お前がここにいるネ……」


「サプライズってやつだよ、ルピン。驚いてもらえたようで何よりだ」


 そう告げて、アッシュ・・・・はいたずらっぽく笑った。

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