第30話 アジトとツギハギ
店から連れ出された俺とイグニアは、そのまま外に停めてあった連中の馬車へと詰め込まれた。黒塗りの馬車の中は、意外にも快適だ。特に座席にクッションが敷かれているのがいい。自動車と違って、馬車は衝撃で尻が痛くなりがちなのだ。
「これから貴様らには、私たちのアジトまで来てもらう」
俺たちと同じ馬車に乗り込んできたブルトンが、そう告げる。
「いいのか? 俺たちに目隠しとかしないで」
「構わん。どうせ意味はない」
ブルトンがニヤリと笑ったのを見て、俺は小さくため息をつく。
アジトの場所を知られてしまっても問題ない。それはつまり、俺たちを生かして返すつもりがないということだ。死人に口なしというやつである。
「……貴様らのボスは、何故私たちの顔を見たがっているのだ」
「さあな。うちに限らず、マフィアのボスはどこも変わり者ばかりだ。常識で測ろうとすると、頭がおかしくなるぞ?」
私のようにな――――。
そう言って、ブルトンは狂った瞳を俺たちに向けた。なるほど、ソースは自分というやつか。
「さて、到着までまだ時間がある。その間、楽しくおしゃべりしようではないか」
「「お断りだ」」
「ははっ、連れないガキどもだ」
ブルトンは、額を押さえて笑った。
俺たちを運ぶ馬車は、スラム街へと入った。馬車の中にいても、ここの独特な臭いはよく分かる。
「さて、間もなくだ」
ブルトンがそう言うと、馬車はゆっくり速度を落とし、やがて完全に停止した。
「降りろ」
言われるがままに、俺とイグニアは馬車を降りる。
そして顔を上げると、そこには巨大なテントがあった。
「……サーカスか?」
テントの形が、よく漫画や映画で見るそれとそっくりだった。
俺がそうつぶやくと、ブルトンはひとつ頷いた。
「その通り。ここは元サーカステントだ。旅の一座が使っていたものを
「ふーん……」
大勢の構成員らしき連中から睨まれつつ、俺とイグニアはテントの中に連れ込まれた。
中央まで真っ直ぐ延びた通路は、とても薄暗く、端にはものが乱雑に置かれていた。よく見れば、金や銀でできたような、高級な装飾品が混ざっている。
「もったいねぇな。こんな置かれ方して」
「ボスにとっては、どれも大した価値がないゴミだ。好きに持って帰ってもらって構わんよ。没落貴族は何かと入り用だろう?」
「まあ、な」
無事に帰す気なんてないくせに、よく言うもんだ。
「ん……?」
そのとき、ふとガラクタの影で何かが動いたような気がした。
「……」
「おい、見繕うのはあとにしろ」
そう言いながら、ブルトンが振り返る。
「……ああ、悪いな」
しれっとした態度で、俺たちはまた歩き出した。
そうして俺たちは、テントの中央へとたどり着く。ここはサーカスのステージだった場所だ。しっかり観客席も残っている。……しかし、ここにも大量のガラクタが散乱しており、サーカステントだったとはとても思えない惨状を作り上げている。
「――――来たネ、おかしなガキども」
少し変わったイントネーションが聞こえて、俺は顔を上げる。
ガラクタが高く積み重なった山の上。そこに、ひとりの男が腰かけていた。
「っ……貴様がボスか」
「ああ、そうネ。オレがボスだよ」
立ち上がった男を見て、俺は驚く。男の体は、つぎはぎだらけだった。両手両足、どこを見ても縫い目がある。肌の色も、部位ごとに微妙に違う。
「シシッ、オシャレでいいでしょ、これ」
俺たちが驚いていることに気づいた男が、ニヤリと笑った。
「オレはこのインヴィーファミリーのボス、ルピン。家名はないネ。
ゴミ溜めとは、要はスラム街のことだろう。
「ウチの部下たちが世話になったみたいネ」
ルピンが俺たちの目の前に跳び下りてくる。
――――不気味な魔力だな……。
俺は思わず苦笑いした。こいつは、確かに強大な魔力を持っている。しかし、フランのような、研ぎ澄まされた魔力とは違う。数種類の絵具をグチャグチャに混ぜ合わせたような、どす黒い、嫌悪感を抱かせる魔力だ。
「さて、話をしよう。ほら、適当に座るネ」
俺たちのうしろには、いつの間にか椅子が用意されていた。
俺たちは、恐る恐るそれに腰かける。
「オレ、ずっとお前らの顔を見てみたかった。特に……えっと」
「ボス、アッシュ=シュトレーゼンです」
「あー、そうそう。アッシュ」
そう言って、ルピンは俺を指差す。
「ウチが主催してるオークションに紛れ込んだって話は、ブルトンから聞いた。よく紛れ込めたもんだよ。褒めてやるネ」
「……そりゃどうも」
「えー、そんでこっちが……」
イグニアのほうを見ながら、ルピンは考え込む。それに対し、再びブルトンが耳打ちした。
「イグニア=シュトロンです。騎士団長の娘ですよ」
「あー! そうそう、そうだったネ」
ルピンはイグニアの顎を掴み、無理やり上を向かせる。
「ん~上等な女ネ。こりゃ相当な値がつくよ」
「くっ……」
「でも残念。お前はただの交渉材料よ」
「交渉材料……だと?」
「騎士団に目をつけられると、オレだって迷惑なわけ。だから、お前を使って騎士団長と交渉するネ。娘を返してほしければ、オレたちの悪事を見逃せってネ」
「っ……ゲスめ」
「シシッ、ゲスなんてマフィアにとってはただの誉め言葉よ。覚えておくといいネ」
ルピンがそう言うと、再びブルトンが耳打ちした。
「え、交渉じゃなくて脅迫? んー、まあいいネ。悪かったよ、こちとら学がないもんでさ」
ルピンがケラケラと笑い始めると同時に、周囲からも笑い声が聞こえてきた。いつの間にか、観客席は数多の構成員で埋め尽くされている。
「で、問題はお前ネ、アッシュ」
再びルピンが指を差す。
「お前はウチのブルトンを二度も撒いた。一度目は夜会のとき。そんで二度目は、証拠の始末に向かわせたときネ。ブルトンはオレの右腕よ。こいつを出し抜くなんて、本当に大したタマだネ」
「ははっ、照れるね。そこまで褒められると」
「だからお前、ウチに入るネ」
――――おっと、そう来たか。
ルピンはニコニコと微笑んでいるが、その目の奥は一切笑っていなかった。どうやら、冗談で言っているわけではないらしい。
「ブルトン、あれからお前にずっと怒ってるよ。メンツが立たないって。まあ、それだけならぶっ殺すだけで済むけど、それじゃ面白くないよネって」
「じゃあ、もし断れば――――」
「そのときは、もちろん
「……いや、正しいよ」
そう答えると、ルピンは笑みを深めた。
「さすが、貴族は話が分かるやつが多いネ。……あ、元貴族だったか」
ルピンの言葉で、再び観客席が笑いに包まれる。
俺も思わず笑いそうになった。こいつは、仲間に入れるつもりなんてさらさらない。
ただ、〝アッシュ〟を使って遊びたいだけだ。
「……何はともあれ、まずお前たちにはやってもらわないといけないことがあるネ」
ルピンが指を鳴らす。すると、男たちが俺たちの前に何かを運んできた。
それは様々な器具だった。いわゆる、拷問に使われるやつである。
「お前らはオレのシマを荒らしたネ。よって、その償いをしてもらうよ」
俺たちに背を向け、ルピンは大きく息を吸う。
「これから! こいつらに対する
ルピンがそう宣言すると、観客は歓声を上げた。
この男、なんてことを考えやがる。唖然とする俺たちの前で、再びルピンは声を張り上げた。
「それじゃあまずは女からネ! 刺してよし、斬ってよし、砕いてよし! さあ! どうするネ!」
「串刺しだ! 腹を剣でひと突きしてやる!」
「おー! 串刺しが出たネ! でもまだまだ足りないよ!」
最初のひとりを皮切りに、構成員たちはこぞって声を上げ始めた。
「水責めだ! 俺は女が溺れる姿が大好きなんだよ!」
「やっぱり
「薬漬けにして犯しちまえ!」
「火あぶりだろ! 全身をゆっくり焼いてってやるんだよ!」
あーでもないこーでもないと言いながら、連中はイグニアの拷問方法について騒ぎ始めた。
その様子を、ルピンは楽しそうに見守っている。どいつもこいつも、なかなかのぶっ飛び具合である。
「……アッシュ。私がやつらを引きつける。その間に、貴様は外に出て騎士団を呼んできてくれないか」
「……分かった。すぐに騎士団を呼んでくる」
「ああ……頼んだぞ」
イグニアが、全身に力を込める。すると、縛っていた縄がブチブチと音を立てて引きちぎれた。
「行け! アッシュ!」
ルピンとブルトンが目を見開く中、イグニアは大きく振りかぶった拳を地面に叩きつける。
腹の底を叩くような轟音が響き渡り、テント全体が揺れるほどの衝撃が駆け抜ける。
「な、なんたる馬鹿力……!」
揺れのせいで、マフィアたちの体勢が崩れた。逃げるなら、今がチャンス――――。
「ブルトン、さっさとガキを追うね」
「むっ⁉」
さすがは大組織の長。まったく動じない様子で、部下に発破をかけた。
「貴様らの相手は……この私だッ!」
やつらの動きを阻害すべく、再びイグニアが拳を地面に叩きつけた。
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