第27話 報告と合流
あれから数十分経ち、俺とイグニアが部屋に戻ったときには、もうブルトンの姿も、張り巡らされたワイヤーも、ヴィゴーレの姿もなくなっていた。残ったのは、散らかった部屋と、床に転がったメイドの遺体だけ。一応屋敷中を探してみたが、生き残りはひとりもいなかった。
留置所で死んだ男の召使いが、何者かに殺された――――さすがに世間でも話題になるに違いない。大事になってしまった以上、イグニアはこの件を上に報告すると言っていた。俺の存在は隠すように言っておいたが、騎士団が動くとなると、少々面倒臭いことになるのは間違いない。マフィアを潰してくれる分には構わないのだが、その前に、インヴィーファミリーのしのぎを手に入れなければ、俺たちの利益はほぼゼロだ。
「――――ってのが、昨日の顛末だ」
一夜明け、俺はすべての出来事をフランとエレンに共有した。黙って聞いていた二人は、何故か申し訳なさそうに目を伏せる。
「ど、どうした? 二人とも……」
「お役に立てず、申し訳ございません……」
なるほど、気に病んでいたのはそこか。
確かに、フランがいてくれたら、ブルトンを捕獲できる可能性は大きく高まっただろう。
「私にも何か手伝えたことがあったかもしれないよね……。ごめん、アッシュ様」
「……いや、何かあったときは二人に合図を出すって指示したのは俺だ。むしろ悶々とさせて悪いな」
二人を待機させていたのは、あくまでも保険だ。今回は、結果的に俺とイグニアで事足りたため、二人が気に病む必要はない。
「だけど、ここからは確実に二人の力が必要になる。……頼んだぞ」
俺がそう言うと、二人は頷いた。
「まずは拠点を変える。宿に刺客を送り込まれでもしたら面倒だからな」
「あ、それなら私の屋敷は? お父様もお母様も当分帰ってこないし、私って売られたことになってるから、マフィアも警戒しないんじゃない?」
闇オークションで購入したものは、購入時の契約で口外しないことになっている。公にしてしまうと、闇オークションの存在そのものが知れ渡り、摘発されてしまう可能性が高いからだ。失踪者事件がなかなか解決しない理由はそこにある。
エレンを購入したピグリンには、入念にお灸を据えたことだし、エレンの屋敷を拠点にしていることは、マフィアたちもすぐには気がつかないだろう。
「……名案だな。お言葉に甘えていいか?」
「ダメだよ、アッシュ様。そこはちゃんと命令してくれないと」
――――どうして主人のほうがダメだしされているんだろう……。
「エレン……お前の屋敷を明け渡せ」
「うん! 喜んで!」
恍惚とした表情を浮かべながら、エレンは勢いよく頷いた。
相変わらず怖いんだよな……こいつ。
「アッシュ様。イグニアが騎士団に報告した以上、すぐに動かなければ先を越されてしまうかと存じます」
「ああ。今夜中には、その〝ベリアル〟って店に乗り込むつもりだ」
ここまで来て、店とマフィアが無関係なんてことはないだろう。俺の予感が、着実に胴元に近づきつつあると訴えていた。
「あ、それから……店の中には、俺だけで行く」
「え⁉」
「今度はただ待機しててもらうだけじゃないから、安心しろよ。二人には
二人に対し、俺はあることを説明した。
◇◆◇
その日の夜――――。
ラフな格好に着替え、適当に購入したメガネをかけた俺は、〝
「……ん?」
店の場所を目指して歩いていると、挙動不審にコソコソと歩いている女を見つけた。まあ、ここは歓楽街だし、こういうちょっと変わった人間は山ほどいる。普段なら当然スルー一択だが、今回ばかりはそうはいかなかった。
まさか
「――――何やってんだ、イグニア」
「はっ⁉」
振り返ったイグニアは、瓶底メガネをかけていた。おそらく彼女も変装のつもりなのだろう。ただ、まったくと言っていいほど似合っていないせいで、思わず噴き出しそうになる。
「くっ……お、面白いものつけてるな……」
「わ、笑うな! これは万が一のことを考えて変装しているだけであって……って、貴様もメガネをかけているではないか」
「ああ、ちょいと俺も変装が必要になったもんでな」
そう言って、俺は自分のメガネをクイッと動かす。
俺の仕草を見たイグニアは、呆れたようにため息をついた。
「まさかとは思うが……目的地は〝ベリアル〟か?」
「まあね」
「あとのことは騎士団に任せろと言ったつもりだったが……」
「そういうイグニアこそ、騎士団として来ているようには見えないけどな」
周囲を見回しても、イグニアの仲間らしき姿はない。近くに潜んでいる気配も感じないし、イグニアは間違いなくひとりで来ている。
「……騎士団が酒場を攻めるのは、明日だ。そして私は、その突入班から外された」
「え……どうしてそんなことになったんだ?」
「騎士団本部に伝えず、独断でランタン邸を捜索したのがまずかった……勝手な行動をされては困ると、しばらく休みを与えられてしまったよ」
「そ、そいつはなんというか……」
――――仕方ないと言っちゃ、仕方ないな……。
よく考えれば、咎められるのは当たり前のことだ。俺に都合がよかったから何も言わなかったが、本来ランタン邸の捜索は、騎士団の精鋭で行うべきだった。それを独断で行ったイグニアに、弁明の余地はない。
「それで……突入班から外されたあんたが、どうしてこんなところに?」
「ううっ……それは……」
「……大方、いてもたってもいられなくて、少しでも騎士団の役に立つために、前もって店の情報を手に入れようと思ったとか……そんなところだろ」
「うぐっ……」
図星のようで、イグニアは胸を押さえた。
なんという分からず屋だろう。独断で行動することを咎められたばかりだというのに、早速同じことをやらかそうとしている。これは騎士団の連中も手を焼いているはずだ。
ただ、イグニアの悪事に対する嗅覚はあなどれない。俺とエレンがダケットを問い詰めているとき、本来なら何も用がないはずの裏庭に来たのは、決して偶然などではない気がする。あの驚きっぷりを見るに、俺たちがいることを知っていたとは思えない。ならば、イグニアは何故あの場に引き寄せられたのか。そこに、イグニア=シュトロンという女の本質があると思うのだ。
イグニアが、こうして騎士団の命令を無視してまで動いたということは、今日中に動かなければ何かが間に合わなくなるという暗示かもしれない。
「……どうせ目的地は同じなんだ。イグニア、今回も一緒に行こう」
「なっ……私はともかく、何故貴様までやつらを探ろうとするのだ! 今度ばかりは本当に命を失うかもしれないんだぞ⁉」
ごもっともな疑問が飛んできた。俺は言おうか言うまいか迷う素振りを見せた。
こんなのときのために、俺はちゃんと回答を用意してきている。
「……復讐だよ」
「復讐……?」
「屋敷で襲ってきた男が言ってただろ? 自ら夜会に飛び込んできたって。俺は自分なりに失踪事件について調べたくて、自力で夜会の噂にたどり着いたんだ」
まあ、情報屋に聞いただけだけど。
「同じ学園の仲間を傷つけられている気がして、許せなかったんだ……。結果は、あっさり捕まってオークション行きだったけどな。俺を買った人が、事情を聞いてすぐに解放してくれて助かったよ」
そう言いながら、俺は苦笑いを浮かべる。
嘘をつくときは、真実をほどよく混ぜ込むことが大事。動機や最後の結末はともかく、その他の部分は決して嘘じゃない。
「やつらの悪事を暴いて、もう犠牲者が出ないようにしたいんだ……! 頼む、イグニア。俺に協力してくれ」
「……貴様にそこまで言われたら、断れるわけないな」
呆れた様子でため息をついたイグニアは、瓶底メガネをかけ直す。
「共に行こう、アッシュ。私たちでやつらの悪事を暴くんだ」
「ああ……!」
内心ほくそ笑みながら、俺はイグニアと共に〝ベリアル〟へと歩き出した。
少々予定とは変わってしまったが、まあ、なんとかなるだろう。
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