第22話 言い訳と作戦

――――油断した……。


 この時間、裏庭の利用者はひとりもいないと高を括っていた。

 何故このタイミングでイグニアがここへ来たのかは分からない。反省はあとでするとして、今は言い訳を考えなければ。

 ダケットの所業を丁寧に話せば、イグニアはきっと分かってくれるだろう。ただ、何故俺がそんなことを知っているのかって話まで踏み込まれると、大変面倒臭い。イグニアには、俺のやっていることを知られるわけにはいかないのだ。


「こ、この人が! 私に夜会の招待状を送ってきたんだよ!」


「夜会……?」


――――でかした!


 俺は、内心でエレンを褒める。


「イグニア、前にした話覚えてるか? 校内で失踪者が出てるってやつ」


「あ、ああ……」


「それの犯人が、こいつかもしれないんだよ」


「なんだと⁉」


 イグニアが目を見開く。

 大丈夫、噓は言っていない。


「これは噂でしかないけど、失踪者は夜会ってやつに招待されているらしい。その招待状を管理してるのが、こいつだったんだ」


「ま、待て! イグニア! 私は――――」


「黙れ! 犯罪者が!」


「うぐっ」


 余計なことを言わせないために、ダケットの体を壁に強く押し付け、息を詰まらせる。

 ダケットの悪い噂は、イグニアも知っているはず。俺の知っているイグニアであれば、俺たちの話を信じてくれる……と思う。


「……アッシュたちの話は分かった。エレン、本当に招待状とやらをもらったんだな?」


「う、うん……夜会にも参加したよ? なんとか逃げ出したけど……」


「そうか……」


 このエレンの発言も、嘘ではない。

 イグニアはしばし考え込んだあと、顔を上げる。


「よし、ダケット先生は、私が連行しよう。それから、騎士団本部で事情聴取を行う」


――――ここが限界か。


「……命拾いしたな」


 俺はダケットの耳元で、言い聞かせるようにささやく。

 イグニアの提案を断るだけの、正当な理由が思いつかない。これ以上、ダケットを引き留めておくことは難しいだろう。


「……分かった。じゃあ、あとはイグニアに任せる」


「ああ、責任を持って連行させてもらう。協力感謝するぞ、二人とも」


 俺に詰められるよりはマシだと判断したのか、ダケットは大人しく連行されていった。


「あー……連れてかれちゃったね。ごめんね、アッシュ様。もうちょっと上手い言い方があったかも」


「いや、エレンはいい立ち回りをしてくれたよ」


 結局、騎士団がダケットを問い詰めたところで、証拠は何もない。エレンの招待状が残っていれば話は別だったかもしれないが、眠らされたときにすべて没収されてしまっている。

 数日以内に、証拠不十分で釈放……それか、マフィアの息がかかった上層部の意向で、明日には釈放されている可能性だってある。そのときには、確実に俺の存在が連中に伝わることになるだろう。取るに足らない存在として無視されるだけだとは思うが、意識されるきっかけを作ってしまうのは、できるだけ避けたい。


「これからどうするの? ダケット先生が唯一の情報源だったんだよね?」


「……まあな」


 ダケットが連れていかれたのは、騎士団本部にある留置所だ。少なくとも、今日は事情聴取が行われるはず。情報を聞き出すなら――――。


「今日中に、ダケットを奪還する」


「え⁉ ってことは……騎士団に忍び込むってこと?」


「ああ、そういうことだ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、そう言い切った。


◇◆◇


 エレンを連れて宿に戻った俺は、フランに騎士団への潜入の件を相談していた。


「こちらが、騎士団の見取り図になります」


 フランが、テーブルの上に大きな用紙を広げる。

 そこには、建物の構図が細かく描かれていた。


「これ……どうやって用意したんだ?」


「騎士団内部にて暗殺の依頼を請け負った際に、共有していただいたものです。現物は手元になかったため、記憶を頼りに再現させていただきました」


「さすが……優秀だな」


「光栄でございます」


 ちょっと優秀すぎる気もするが……まあ、いいか。


「さて、どこから入ったもんか……」


 騎士団本部は、日本で言うところの警察庁みたいなもの。この見取り図からでも、セキュリティの堅牢さが窺える。


「ダケットは、地下にある留置所にいるはず。まずはそこまで行って、ダケットを拉致。そのあと、なんとかして脱出って流れだな」


「留置所には、最低二人の見張りがいますが、気絶させて鍵を奪うことは容易かと」


「問題は、留置所に行くまでか……」


 フランの話だと、中には見張りがうじゃうじゃいるとのこと。

 その中を誰にも見つからず進むというのは、正直言って現実的ではない。


「フラン、建物内に入ってから留置所まで、慎重に進んだ場合はどれくらいかかる?」


「四分ほどです」


「……行けそうだな」


 行きで四分、拉致に二分、帰りに四分。大雑把な計算だが、これなら十分以内に収まる。


「この作戦は、俺とフランで行く。悪いけど、エレンは別の場所で待機だ」


「うーん……ちょっと残念」


 そう言いながらも、エレンはすぐに引き下がってくれた。

 隠密に関して言えば、エレンはずぶの素人。ここは連れていくわけにはいかない。


「プランはこうだ。まず、外周を巡回中の騎士を三人・・気絶させて、〝祝福ギフト〟で俺とフランの姿を騎士に変えて、留置所に向かう。どうにかダケットを牢から出して、ダケットを三人目の騎士の姿に変える。あとはしれっと外に出れば、ミッションクリアだ」


 〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟を使用すれば、俺だけでなく、他人の姿を変えることもできる。学園長に化けたときと同じように、効果時間は一律十分。

 再度変身させるためには、効果時間と同じ十分のクールタイムを挟む必要がある。しかも、同じ人物に変身するためには、再びその人物に触れる必要があるため、万が一にも時間切れになるようなことがあれば、脱出は確実に失敗する。


――――まあ、それが逆に面白いんだけどな。


危険だから諦めるというのは、どうにもつまらん。たとえ困難な道だったとしても、その先に自分の利益があるのなら、臆せず向かったほうが面白い。何もかもダメだったときは、そのときになって考えればいい。


「よし……じゃあ、日が沈んだらすぐに出発ってことで」


「かしこまりました」


 そうして俺は、フランと共に潜入の準備を進めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る