第21話 呼び出しと交渉

「アッシュ様ー!」


 学園について早々、校門で待ち構えていたエレンが駆け寄ってきた。


「……おはよう、エレン」


「おはよう! アッシュ様!」


 そう言って、エレンはとびっきりの笑みを浮かべる。

 オークションの一件以来、学園で会うたびにこの調子だ。周りからも何事かと注目を浴びてしまうし、できることならやめさせたい。


「なあ……外でアッシュ様はやめてもらえないか?」


「えー……でもアッシュ様はアッシュ様だもん」


 そう言って、エレンは不満をあらわにした。

 俺の奴隷だなんて言っておきながら、めちゃくちゃ逆らってくるではないか。

 いかんな。ここ最近、どうもこいつに振り回されすぎている。

 彼女を身内として抱えるには、相応のリスクが伴う。上手く扱えれば、どんなに危険な状況でも恐怖を感じない優秀な兵隊。しかし、一歩間違えれば、俺たちごと破滅させる爆弾と化す。とにかく、接し方には気をつけなければならない。


――――この調子じゃ、闇の帝王なんて夢のまた夢だな……。


 一応、エレンからは好意を寄せてもらえているみたいだし、先の目標である〝モテる〟には近づきつつあるが、なんか思っていたのと違うとだけ言わせてほしい。

 人知れず肩を落としながら、俺はエレンと共に校門を通った。


「おーい! アッシュ!」


「ん?」


 声をかけられて振り返ると、そこにはいつも通りハツラツとした笑みを浮かべているイグニアがいた。言ってしまえば敵であるはずなのに、何故か彼女の笑顔を見て、安心している俺がいる。


「おはよう、イグニア」


「ああ、おはよう。おっと、珍しい組み合わせだな」


 エレンのほうを見ながら、イグニアはそう言った。


「エレン=マドレーヌか。こうして話すのは初めてだな」


「イグニアに覚えられてるなんて、光栄だよ」


「マドレーヌ家の宝石は、我が家でもよく購入させてもらっているからな。知らないほうがおかしい」


 そう言いながら、イグニアは何故か自慢げに胸を張った。


「それにしても……珍しいな。アッシュが誰かと登校してくるなんて」


「あ、ああ……最近仲良くなってさ」


「そうかそうか。よかった、安心したぞ」


「安心?」


「私しか友達がいないのかと思っていたからな、ずっと心配していたのだ」


――――なんてこと言うんだ、こいつ……。


 まあ、元々少ない友人は、没落と共にまとめていなくなったし、イグニアの言葉はあながち間違っていないけど。


「あ、私とアッシュ様は友達ってわけじゃないよ?」


「あ、アッシュ様……?」


 ぶわっと汗が噴き出した。この女、人前でもその態度で行くつもりなのか?

 幸いイグニア以外には聞こえていなかったようだが、一番知られたくないやつに知られたのは間違いない。


「……貴様ら、何か不純なことをしているんじゃないだろうな」


「してない、断じて」


 俺がそう言うと、エレンは意外にも同意するようにひとつ頷いた。


「うん、別にやましいことはしてないよ。私としては、いつでも手を出してもらって構わないんだけどね」


「アッシュ⁉ 貴様! エレンとどういう関係なんだ!」


 イグニアに胸ぐらを掴まれた俺は、とてつもない怪力でガクガクと揺さぶられる。

 相変わらずすさまじい力だ。まともに掴まれたら、とても抜け出せない。


「え、エレンの冗談だって……! 本当にただの友達だから!」


「そうだよ。今は・・、だけどね」


「余計なことを言うな……!」


 エレンの口を封じるが、ときすでに遅し。


「ふ、ふふ、不純異性交遊は看過できないぞ! 騎士を目指す者として、誇り高く汚れなき心で過ごすべきだ! 来い! アッシュ! 私がその性根を叩き直してくれるわ!」


「や、やめろ……!」


 顔を真っ赤にしながら、イグニアは俺の腕を引っ張る。

 すると、今度は反対の手をエレンに掴まれた。


「アッシュ様は叩かれる側じゃなくて、叩く側なんだよ⁉ イグニアに叩かれるくらいなら、私で叩く練習しない⁉」


「何を言っているのだ貴様ァ!」


 俺を挟む形で、イグニアとエレンの言い争いが始まった。

 はたから見れば、女二人が俺を取り合うように見えるだろう。


――――本当にそうなら、どれだけ嬉しいか……。


 大勢の注目を浴びながら、俺はほろりと涙を流した。


◇◆◇


 あっという間に授業が終わり、放課後になった。

 今日やることは決まっている。名簿を持っていたダケット=ランタンをとっ捕まえて、インヴィーファミリーとどんな関係なのか聞き出す。


「それで……どうして私がダケット先生を呼び出す必要があるの?」


 職員室のそばまで来たとき、エレンがそんな風に問いかけてきた。


「ダケットが俺の呼び出しに素直に応じるとは思えなくてさ。その点、呼び出すのがエレンだったら、やつは必ず来てくれる」


「うーん……?」


「夜会の件だよ」


 自分が売ったはずの生徒が、何事もなく戻ってきたら、ダケットはさぞ驚くことだろう。

 そして、その生徒本人から夜会の件で話があると言われたら、無視できるはずがない。。


「なるほど……分かった、呼び出してくるよ」


「場所は裏庭だ。頼んだぞ」


「はい! アッシュ様!」


「学園ではそれやめろって……」


 エレンが職員室の中へ消えていく。

 俺の忠告は、果たして聞こえていたのだろうか?



 俺は一足早く裏庭へと移動し、身を隠す。

 しばらくすると、先にエレンが現れた。俺はわざと音を出して、居場所を知らせる。


「あっ」


 エレンは俺に気づくと同時に、すぐに口を閉じた。

 もしやあいつ、思わず俺の名前を叫びそうになったんじゃないだろうな。


――――めちゃくちゃ不安だ……。


 まあ、いい。肝は据わっているが、エレンは様々な面においてど素人だ。これからフランに〝調教〟してもらえば、問題はなくなる……はず。


「おい……! 夜会の話とはどういうことだ……!」


 エレンが来てからそう時間が経たないうちに、ダケット=ランタンが現れた。

 彼はひどく焦った様子で、エレンに詰め寄る。


「大体! 何故貴様がここにいる⁉」


「何故って……この学園の生徒だからですけど……」


「うるさい! そういうことではない!」


 思わず噴き出しそうになった。ダケットのやつ、だいぶ取り乱しているな。

 このまま放っておいても勝手に自爆しそうだが、すべて洗いざらい吐かせるなら、やはり徹底的に詰めないとな・・・・・・


「どーも、ダケット先生」


「き、貴様は……アッシュ=シュトレーゼン⁉」


 物陰から姿を現した俺は、ダケットの腕を捻り上げ、校舎の壁に押し付ける。


「ぐっ⁉ なんのつもりだ!」


「なんのつもりか、だって? それをあんたが言います?」


「っ……」


「エレンからすべて聞きました。夜会に参加したら、闇オークションの商品にされたって。たまたま助け出せた・・・・・からよかったけど、下手したら変態貴族の奴隷にされてたんだぞ?」


「そ、それと私になんの関係が……」


「とぼける必要はないよ。あんたが〝商品〟を見繕ってるのは、もう分かってる」


「っ……」


 ダケットは目を見開く。こうも分かりやすいと、逆に張り合いがないな。


「わ、私をどうするつもりだ……!」


「普通なら騎士団に引き渡すところだけど……よかったな、相手が俺で。あんたにチャンスをやるよ」


「チャンスだと⁉」


「闇オークションの主催者について、知っていることを全部吐け。そうしたら、あんたのことは見逃してやる」


 息を呑んだダケットは、信じられないものを見る目を俺に向けた。


「な、何故そんなことを知りたがる……?」


「質問してんのはこっちだ、先生。俺の要求に答えるか、それとも、突っぱねて騎士団に売られるか、あんたはその単純な二択を選べばいいだけだ」


 ダケットは、しばし考え込む様子を見せた。

 そしてようやく決心がついたのか、唇を震わせながら口を開く。


「わ、分かった……話す」


「そうこなくちゃ」


 交渉成立ということで、俺はダケットを解放しようとした。

 しかし、その瞬間――――。


「き、貴様ら……そこで何をしているんだ……?」


 聞き覚えのある声に反応して振り返ると、そこにはイグニアの姿があった。

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