第23話 留置と先手

「……明日まではそこで反省していてください。ダケット先生」


「ふんっ……」


 事情聴取を終えて、イグニアはダケットを留置所の牢の中へ入れた。

 ダケットが失踪事件に関与している証拠は、ひとつとして見つからなかった。本人も否定し続けているため、結局すぐに釈放が決まってしまった。


――――アッシュたちが嘘をついているとは、どうにも思えないが……。


 イグニアは、牢の鍵を閉めながら首を傾げる。

 本来、こんなに早く釈放されることはあり得ない。留置所に入れている間に捜査を進め、定められた期日までに被疑者の立場を白黒はっきりさせる。それこそが、騎士団の役割である。

 期日は、だいたい一週間から一か月。容疑によってその期間は前後するが、さすがに一日で釈放というのは、イグニアも聞いたことがない。

 どこかきな臭さを感じながらも、イグニアは諦めたようにため息をついた。

 いくら騎士団長の娘とはいえ、騎士団ではまだまだ下っ端。余計な行動で、統率を乱すわけにはいかない。


「では、私はこれで……」


「――――待て、イグニア」


「……?」


 立ち去ろうとしたイグニアを、何故かダケットが呼び止める。


「何か?」


「……これを預かっていろ」


 そう言って、ダケットはイグニアに銀のペンダントを渡した。


「これは……?」


「ランタン家の家紋が彫られたペンダントだ。明日、釈放されるときに返してくれ」


「構いませんが、何故わざわざそんなことを?」


「保険というやつだ。もし、私が無事に釈放されないなんてことがあれば、それを持って私の屋敷へ行け」


 イグニアは再び首を傾げた。ダケットの釈放は、すでに決定している。無事に解放されないなんてことは、あり得ない。ただ、決して難しい頼みというわけではないし、イグニアはひとまずペンダントを懐にしまった。


「分かりました。では、明日お返しします」


「ああ、よろしく頼む」


 そうしてイグニアは、今度こそ立ち去ろうとする。


「ん?」


 留置所を出ようとしたとき、前から二人の騎士が歩いてくるのが見えた。

 イグニアは彼らに対し、騎士団流の敬礼をする。


「ご苦労様です」


「あいあい、ご苦労さんご苦労さん」


「……?」


 二人はイグニアの横を素通りし、そのまま留置所の奥へと進んでいく。


――――見たことない騎士だな……。


 イグニアの胸にうちから、じわじわと違和感が広がっていく。しかし、今のイグニアにこの違和感を解決できるだけの力はない。

 結局、彼らの背中が見えなくなってから、イグニアは留置所をあとにした。


◇◆◇


「うっ……だ、だれ……だ……」


「悪いね、ちょっと寝ててもらうよ」


 気絶させた騎士を物陰に隠し、俺はため息をつく。

 この騎士は、本部周辺のパトロール中だった。いなくなったことがすぐにバレることはないだろうけど、巡回中のほかの騎士が違和感を持つのは時間の問題。


――――さっさと済ませないとな。


 俺は騎士に触れ〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟の発動条件を満たす。


「アッシュ様、こちらも終わりました」


「ありがとう。一旦そこに並べてくれ」


「かしこまりました」


 俺の背後から現れたフランが、どこからか連れてきた二人の騎士を地べたに寝かせる。

 さすがはフラン、素晴らしい手際だ。


借りるよ・・・・


 そう言って、俺はフランが連れてきた騎士にも触れる。

 これで潜入の準備は整った。あとは騎士団本部に乗り込んで、ダケットを奪還するだけだ。


「そんじゃ、行くか」


「はい、アッシュ様」


 


 騎士団本部は、高い外壁に囲まれている。

 ここを越えるのは簡単だが、問題は向こうが見えないこと。今のところ、特に人の気配は感じないが――――。


「先行して様子を見てきます」


「ああ、頼んだ」


 垂直の壁を蹴り上がり、フランは一瞬にして壁の上にたどり着く。その際、ふわりとスカートが浮かび上がり、一瞬彼女の下着が見えた気がした。


「……アッシュ様のえっち」


 ムスっとしながら、フランは俺を非難した。


「不可抗力だ……!」


「……もう」


 頬を赤らめたフランは、そのまま壁の向こうへ消える。

 なんとも情けない主人である。何年も一緒に生活しているのに、こうしたふとした瞬間にドキッとしてしまうのは、俺が童貞だからだろうか? 

 モヤモヤしながら待っていると、すぐにフランが壁の上に姿を現した。 


「どうだ?」


「人影はありません」


 フランの言葉を聞いた俺は、先ほどの彼女と同じように、壁を駆け上がる。

 そして共に壁の向こうに跳び下りたあと、そびえ立つ騎士団本部を見上げた。


「夜中だってのに、人の気配がそこら中にあるな。さすがは街の平和を守る騎士団サマだ」


 有事の際はすぐに出動できるよう、人を配置しているのだろう。日々苦労している彼らには頭が上がらない思いだが、ダケットだけは返してもらわねば。


「よし、やるか……〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟」


 〝祝福ギフト〟を発動し、俺とフランの姿を騎士の姿に変化させる。制限時間は十分。ここからは、スピード勝負だ。


「正面入り口から入る。留置所までの誘導は頼むぞ」


「かしこまりました」


 俺とフランは、すぐに正面入り口に向かった。入り口には、警備の騎士が二人立っている。

 彼らに敬礼すると、すぐに敬礼を返してくれた。そのまま特に怪しまれることなく、俺たちは玄関から中に入ることに成功する。


「さすがはアッシュ様の〝祝福ギフト〟。まったく疑われていませんでした」


「ふっ……まあな」


 フランに褒められ、俺は鼻高々になった。

 俺の〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟は、完璧な模倣能力を持っている。声帯もコピーしているため、声で別人だとバレる心配もない。ただ、口調や歩き方には、俺たち本人の癖が出る。言動までコピーできるじゃないし、油断は禁物だ。

 そう言い聞かせながらも、俺たちは拍子抜けするほどあっさり本部の中を進むことができた。何度か他の騎士とすれ違ったが、特に怪しまれる様子も見られない。


「アッシュ様。そこの角を曲がれば、留置所への階段がございます」


「了解」


 小声でのやり取りを挟み、俺たちは廊下の角を曲がる。そしてそのまま地下へと続く階段を下り、薄暗い廊下へ出た。そこで、俺は違和感に気づく。


――――見張りがいない……?


 どういうわけか、留置所へ続く道を守っているはずの騎士の姿がない。

 フランと俺は、顔を見合わせて首を傾げた。


「……罠か?」


「いえ、それなら私が気づけます」


 研ぎ澄まされたフランの五感は、あらゆる罠を感知する。その精度は、まさに百発百中。フランが罠はないと言うなら、俺はそれを信じるのみだ。


「罠じゃないってなら、行くしかないな」


 俺は壁にかかっていた鍵束を手に取り、留置所の廊下の鍵を開けた。留置所は、左右に牢がずらっと並んだ構造になっている。


「ん……?」


 足を踏み入れてすぐに、俺は違和感に気づいた。


――――やけに静かだな……。


 物音がまったくしない。全員寝ているだけとも思ったが、ここまで静かなのはさすがに不自然な気がする。

 まさか、拘留されているのが、ダケットだけなんてことはないだろう。 

 そう思った俺は、すぐそばにあった牢を覗き込んだ。


「……おいおい」


 牢の中に広がっていた光景を見て、俺は顔をしかめる。

 そこには、ズタズタに斬り刻まれた拘留者の姿があった。すぐに他の牢を確認してみると、

そこには同じような拘留者の姿があった。そばまで行って確認する気も起きないくらい、彼らが絶命していることは明らかである。


「アッシュ様、これは……」


「チッ……」


 フランを引き連れ、俺は留置所の奥に進む。

 一番奥にある牢を覗き込み、俺は思わず奥歯を噛み締めた。


「……やられたな」


 そこにあったのは、他の拘留者と同じように、無惨に斬り刻まれたダケットの姿だった。

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