第18話 薬とオークション
「まずは自己紹介だ。私はブルトン=アーモンド。この夜会を仕切っている、言わば幹事というやつだ。以後お見知りおきを」
そう言って、ブルトンは優しく微笑んだ。この男、あまりにも胡散臭い。きっと、
「君たちは、栄えあるグランシエル王立騎士学園の中でも、相当優秀な生徒たちだと聞いている。そんな君たちと、ぜひ会いたいというお偉いさん方がいてね」
ブルトンがそう言うと、俺たちよりも先に来ていた二人が息を呑む気配がした。
普通の学生は、学園のことを全面的に信頼している。故に、学園の敷地内とこの場所が繋がっている時点で、この夜会が学園側の催しものだと信じてしまっている。
興奮するのも無理はない。俺やエレンと違って、夜会について詳しく調べたりもしていないだろうから。
「もうそろそろお偉いさん方が到着するはずだ。それまで、紅茶でも飲んでゆっくり待つといい。あくまでここは、夜会の場だからね」
ブルトンが指を鳴らすと、入り口とは別の扉から、黒服がティーセットが載ったワゴンを押しながら現れた。そして温かい紅茶が、俺たちの前に置かれる。
「私が厳選した自慢の茶葉で淹れた紅茶だ。優秀な君たちなら、そこら辺の茶葉との違いが分かってくれると信じているよ」
そう言われたら、招待された俺たちは飲むしかない。
カップに口をつけた瞬間、俺は思わず笑いそうになった。
――――なるほど、まあ、
エレン、そして前にいた二人が、テーブルに倒れ込む。
即効性の睡眠薬。これで眠らせて、商品をどこかへ運ぶというわけか。
残念ながら、俺はフランとの訓練で薬物にあらかた耐性をつけてしまった。この睡眠薬でも、俺の意識を奪うことはできないが――――。
「うっ……」
当然、ここは意識を失ったふりをする。
目を閉じてしばらくすると、部屋の中に人がぞろぞろと入ってくる気配がした。どうやら俺たちを運び出そうとしているらしい。
「……待て」
連中の手が俺にも伸びようとしたそのとき、ブルトンがそれを止めた。
「念のためだ。針を持ってこい」
――――さすが、警戒心が強いな……。
人数伝達のミスを、きちんと疑っている。
「全員、ちゃんと意識を失っているか確かめろ。指に針を刺すんだ」
俺は右手を誰かに掴まれる。そして指の先端に、そっと針が差し込まれた。
これまた残念ながら、俺は痛みに耐える訓練もしてきた。このまま指を落とされようが、反応ひとつ見せない自信がある。
ただ、もちろん痛いものは痛い。これを命じたブルトンは、あとでぶっ飛ばす。
「――――全員反応なしか。運べ」
連中によって運ばれながら、俺は笑いをこらえることで必死になっていた。
あのタヌキ爺、俺にしか針を刺していないくせによく言うよ。
ずいぶん長いこと移動させられたあと、俺は他の三人と共にどこかに転がされた。
人気がなくなったことを確認し、俺は薄目を開く。
――――ここは……檻の中か?
薄暗い空間に置かれた檻。その中に、俺たちはまとめて詰め込まれている。
周囲を見回せば、他にも檻が置かれていた。それぞれの中にも何か入っているようだが、薄暗いせいで確認できない。
両腕は鎖で縛られている。鎖の先端は、檻の外にある太い柱に伸びていた。
「……エレン」
「ん……」
仕方なく、残った足でエレンを突く。すぐに意識を取り戻したエレンは、俺と同じように周囲を見回し始めた。
「アッシュ様……ここどこ?」
「分からん。ただ、俺たちはあの茶会の主催者に誘拐されたらしい」
「……やっぱり、そういうイベントだったんだ」
ひとつ頷いた俺は、小さく息を吐く。
俺の予想が正しければ、ここはオークションで売りに出す商品の保管庫。つまりここは、オークション会場の中ということ。
辛うじて腕の関節を外して抜け出すことはできそうだが、本当にオークション会場なら、無茶をする必要はない。当初の計画通り、彼女が会場に来ているはずだから。
「レディィィィィスエェェェンドジェントルメェェェエエン!」
突然、耳をつんざくような声が響き渡る。そしてどこからともなく、盛大な拍手が聞こえてきた。
「オークションが始まったみたいだな」
「じゃあ、私たちこのまま買われちゃう、ってこと?」
「ああ、そうなるな」
「奴隷を人間扱いしないような人に買われちゃって、尊厳破壊されるってこと⁉」
「……そこまでは言ってないけど」
「そ、そんな……ひどい。ひどすぎるよ……!」
言葉とは裏腹に、エレンは恍惚とした表情を浮かべていた。これから待ち受ける〝ひどいこと〟を想像して、勝手に興奮しているのだろう。
普通に怖いから、できればやめてほしい。
「それでは! まず最初の品から参りましょう!」
司会者らしき男の声がして、俺たちの目に光が飛び込んでくる。
そうして保管庫の中に、先ほど俺たちを運んだ黒服の連中が入ってきて、次々に檻を運び出していった。運ばれていく檻の中には、やはり人の姿があった。
――――どこからこんなに集めてきたんだか……。
そんなことを考えているうちに、ついに俺たちの鎖が柱から外された。
運び出された俺たちは、短い廊下を進んだのち、舞台裏らしき場所に置かれる。
周りの檻では、まだ意識を失っている者が多い。しかし、中には自然覚醒してしまった者も―――。
「い、家に帰してくれ! 奴隷になんてなりたくない!」
別の檻にいた身なりのいい男が、そう叫び始める。するとすかさず黒服たちが集まり、男の口に
「最初の品は、トレトゥール男爵家の次男でございます! 剣術と勉学に長け、乗馬も得意としています! それと、女性経験が豊富らしく、ご希望とあれば
司会者がそんな冗談をかますと、客たちの笑い声が聞こえてきた。
「ではまず! 一千万ゴールドから参りましょう!」
こうして、本格的にオークションが始まった。
トレトゥール男爵家の次男は、最終的に一億三千万ゴールドで購入された。
それから、何人もの〝商品〟がどこぞの富豪によって競り落とされていった。着々と商品が減っていく中、ついに俺たちの檻の扉が開かれる。
「えっと……次はお前だな」
黒服が掴んだのは、俺の鎖だった。強引に引っ張り出された俺は、すぐに猿轡を噛まされ、ステージのほうへ連行される。
数多のスポットライトに照らされたステージに出ると、仮面をつけた客の視線が、一斉に俺へと向けられた。俺は怯えたフリをしながら、客席を見渡す。すると、見知った女の姿を見つけることができた。
――――頼むぞ、フラン。
そんな風に思いながら頷くと、フランも頷き返してくれた。
これでも、俺は一応元貴族。しかも伯爵家だ。学園での成績だって申し分ないはずだし、かなり高額になることが予想される。しかし、ここはいくらになったとしても、フランに購入してもらわなければ困る。
大丈夫。こういうときのために、死ぬほどカジノで稼いだのだから。
「続いての品は、あの没落したシュトレーゼン家のひとり息子、アッシュ=シュトレーゼンでございます! 値段は破格の十万ゴールドから! お買い得でございますよぉ!」
――――なんだ、その値段は。
思わず眉間にしわが寄る。いくら伯爵家でも、やっぱり元じゃダメなのか?
「シュトレーゼンって……あの薄汚れた犯罪者の?」
「そんな子供、金をもらっても引き取りたくないが……」
ひどい言われようだ。ちょっと泣きそう。
誰も手を挙げない状況を見かねたフランが、恐る恐る手を挙げる。
「……十万ゴールド」
「じゅ、十万ゴールドが出ました! 続く方はいらっしゃいますか⁉」
先ほどまで盛り上がっていた会場が、嘘みたいに静まり返っている。
そんな沈黙がしばらく続き、ついに痺れを切らした司会者が、ハンマーを打ち鳴らした。
「じゅ……十万ゴールドにて落札です!」
何が、こういうときのために死ぬほど稼いだ、だ。
気まずくなってしまった俺は、黒服に引っ張られるまま、ステージをあとにした。
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