第19話 豚貴族といばら姫

「で、では……十万ゴールドで」


 オークションの正式な取引は、別室にて行われる。

 黒服に金を渡したフランは〝隷属の首輪〟をつけられた俺を引き連れ、オークション会場を出た。


 地下から細い階段を上っていくと〝欲望通りデジデーリョストラーダ〟に出た。

 オークション会場は〝欲望通りデジデーリョストラーダ〟の地下にあったようだ。

 裏路地に引っ込んだ俺は、周囲に人の目がないことを確認して、壁に背を預ける。


「……とんだ赤っ恥だ」


 別に高い金額をつけてほしかったわけじゃないけど、十万ゴールドってなんだよ。さすがにもっと金額を吊り上げろよ。こっちは一千万だって一億だって出したぞ。不人気なのは分かっているが、十万くらい誰か出せよ。


「ご主人様、声が漏れております」


「おっと……」


 気づかぬうちに、声に出してしまっていたようだ。


「それにしても、まさか本当に売りに出されるとは」


「俺も予想通りすぎて、逆に驚いている。これで、ダケット=ランタンがマフィアと関わっているのは、ほぼ間違いない」


「攫いますか?」


「しれっと言うね……まあ、それが一番手っ取り早いか」


 ダケットがインヴィーファミリーの重役に会える立場とは思えないが、まずは情報を訊き出さないことには始まらない。学園でとっ捕まえて、さっさと知っていることを洗いざらい吐いてもらおう。


「……あ、てか、エレンのことどうしよう」


 十万で買われたことがショックすぎて忘れていたが、今頃エレンもどこかの貴族に買われてしまっているはずだ。罠だと分かっていながら参加した彼女の自業自得と言えばそれまでだが、一応協力者というていだし、放っておくというわけにもいかない。


「さっさと見つけてやらないとな……フラン、隷属の魔法を解除してくれ」


 首につけられた〝隷属の首輪〟は、装着者の自由を未来永劫奪う。契約者となった主人には決して逆らえず、少しでも敵意をむき出しにすれば、全身を耐えがたい苦痛が包むらしい。

 この首輪の効果をなくすには、大教会へ出向き、大金を支払って〝解呪の魔法〟を使用してもらうか、主人側に直接契約を破棄してもらうしかない。


「……」


「……どうした?」


 早く契約破棄してもらいたいのに、何故かフランは俺をジッと見つめたまま動かない。

 彼女の目は、何故かギンギンに血走っている。


「怖いって! 早く契約破棄してくれ!」


「――――ハッ⁉ し、失礼いたしました。少々考えごとを……」


 そう言うと、フランはすぐに首輪の魔法を解除した。決して外れそうになかった首輪が、カランと音を立て、呆気なく地面に落ちた。それを見た俺は、ホッと胸を撫で下ろす。

 まさかとは思うが、あのまま俺を支配しようと思っていたわけじゃあるまいな。

 フランは、忠実なメイドだ。そんなことを考えるはずはない。


――――考えるはずはない……よな?


「ふぅ……とにかく、エレンを助け出すぞ」


「かしこまりました」


「エレンを買ったやつは分かるか?」


「はい。アッシュ様の次に運ばれてきたのが、エレン=マドレーヌでした。念のため、購入者の外見は確認しております。仮面で素顔までは確認できませんでしたが、身体的特徴から絞り込むことは可能かと」


「さすがだな、フラン」


「光栄の極みでございます」


 うちの優秀なメイドのおかげで、そこら中を探し回る必要はなくなった。

 さっさと助け出してやろう。なんか、嫌な予感もするし。



 でっぷりと太った腹、ピンク色の髪、汗っかき、キツイ体臭。

 フランからエレンの購入者の特徴を聞いた俺は、その人物にすぐにピンときた。

 ピグリン=ベルチーモ伯爵。同じ伯爵家ということで、シュトレーゼン家とも少し付き合いのある名の知れた貴族だ。

 当然、屋敷の場所も知っている。


「……妙に臭いますね」


 屋敷の前まで来ると、どこからともなく漂ってくる異臭が鼻を突いた。

 元凶が特定できないほどに、様々な臭いが入り混じっている。中には血のような臭いもあり、少なくとも、この屋敷がまともではないことを証明していた。


「いかがなさいますか?」


「騒ぎになったら面倒だし、とりあえず隠密で行こう。万が一にもバレたら……そのときは仕方ない、皆殺しだ」


「承知いたしました」


 理不尽に思えるかもしれないが、ピグリン=ベルチーモは、決して善良な貴族などではない。精肉の貿易業を営むピグリンは、出どころ不明の様々な肉を市場に流している。産地も、なんの肉かも・・・・・・不明。

 調べによると、貴族やマフィアから大金を受け取っている姿が確認されている。ちょうどその時期に、大金を渡したやつの周りで姿が見えなくなった者がいるようだが、果たして、本当になんの肉なのだろうか――――。


 なんて、ホラーを装ってみたが、金をもらっていたこと以外は、あくまで噂。しかし、シュトレーゼン家と同じように、少なくとも賄賂や人身売買などに手を出していることは間違いない。エレンを奪い取ることに、罪悪感を抱く必要はないというわけだ。


「じゃあ、行こうか」


 気配を消した俺たちは、夜の闇に紛れ、敷地内に潜入した。 

 屋敷の周囲には、衛兵が数人確認できる。そこまで手練れがいるわけでもないが、人数の多さが厄介だ。


「何人か落としますか?」


 周辺の茂みに隠れながら、エレンがそう訊いてくる。


「そうだな……まずは外を片付けてから、中に――――」


 俺が言葉を言い切る前に、突如として轟音が響き渡った。

 それと同時に、屋敷の一部の壁が勢いよく吹き飛ぶ。


「な、何事だ!」


「当主様の部屋だ! 急げ!」


 衛兵たちが、慌ただしく駆けていく。

 呆気に取られてしまった俺たちは、恐る恐る茂みから出た。


「壁が吹き飛んだとき……エレンの気配がしなかったか?」


「はい、確かに感じました」


 俺たちは軽やかに跳び上がり、吹き飛んだ穴から屋敷の中へ入った。

 室内は、まさにひどいありさまだった。おそらく、ここはピグリンの部屋だったのだろう。趣味の悪い装飾品の残骸が、そこら中に散らばっている。


「あ、アッシュ様!」


 そんな声と共に、笑顔のエレンが駆け寄ってくる。

 その首元には、しっかりと首輪が装着されていた。


「お前……何をやらかしたんだ?」


「うーん……ピグリン様とちょっとね」


 エレンが視線を向けた先には、壁に寄り掛かってガタガタと震えるピグリンの姿があった。


「ば、バケモノめ……!」


 ピグリンは近くにあった瓦礫を掴み、エレンに向かって投げつける。

 打ち落としてやろうとすると、エレンは何故か自分からその瓦礫に当たりにいった。

 ゴッと鈍い音がして、瓦礫が床に落ちる。しかし、エレンの体には、外傷らしい外傷が見当たらなかった。


「エレン、まさかお前……〝祝福ギフト〟持ちか?」


「うん、まあね」


 エレンの手から、突然スルッといばらの鞭のようなものが現れる。その次の瞬間、つけていた隷属の首輪が輝きだし、彼女の全身に激しい電撃が駆け抜けた。


「ど、奴隷のくせに! 私に逆らうな!」


 ピグリンが、エレンに手のひらを向けている。隷属の首輪は、敵意を露わにしたときの他に、主人側の任意で痛みを与えることができる。主に調教用に用いられる機能だ。


「だから……そんなんじゃ私は満足できない・・・・・・って」


 しかし、エレンは首輪の拷問をまったく意に介していなかった。


「お、おい……エレン?」


「ごめん、アッシュ様。もう少し待てる?」


 エレンの体から伸びたいばらが、さらに多く、さらに太く成長していく。


――――まさか、エレンか感じる痛みで成長しているのか……?


「〝堕落のいばら姫スイートハニー〟」


 エレンがそうつぶやくと、座り込んだピグリンの頭上をいばらが通過する。すると、屋敷の屋根が丸ごとどこかへ消し飛んでしまった。その威力は、壮絶というほかない。


「私、嫌いなんだよね。ヘタクソな人・・・・・・


 エレンから汚物を見るような視線を向けられたピグリンは、恐怖のあまり泡を吹いて気絶してしまった。

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