第16話 招待状と本性

 封筒の中には、一枚のカードが入っていた。


「これが招待状だよ。夜会の場所も、ここに書いてある」


 カードには、確かに夜会の場所が書かれていた。


――――十九時に学園の裏庭……?


 そんなわけないだろうと、内心でツッコミを入れる。

 空き教室とかならともかく、裏庭で夜会なんて開けば、すぐに見つかってしまう。たとえ学園全体がグルだったとしても、隠し切れるわけがない。


「怪しいにもほどがあるだろ……」


「やっぱり、アッシュくんもそう思う?」


「ああ、時間も場所も不自然だ。学園内でそんな夜会が行われているわけがない」


 夜会なんてものが本当に行われているのかすら怪しいが、なんにせよ中庭が舞台ではないことは確かだ。おそらく、そこから何かしらの移動手段をもって学園を離れることになるんだろうけど、果たして痕跡を一切残さず移動する方法なんてあるのだろうか?


「でも、こんなの確認したところでどうするの? 紹介状がないと参加できないって書いてるけど……」


「そうだな……ちょっとよく見せてもらえないか? すぐに返すから」


「うん、いいよ」


 カードを貸してもらった俺は、じっくりと全体を観察する。特に細工があるようには見えない。目線でフランに問いかけてみると、彼女も首を横に振った。どうやら、これ自体はただのカードで間違いなさそうだ。


「……ありがとう、これならなんとか複製できそうだ」


「複製?」


「ああ。知り合いのニンベン師・・・・・に頼んで、似たようなカードを作ってもらうんだよ」


「ニンベンシ?」


「あー……まあ、偽物を作る名人ってところかな」


 こっちの世界ではなじみがないだろうけど、ニンベンというのは、警察などで使われる偽装事件の隠語である。偽装の〝偽〟の字についたにんべんから、そのままニンベンと呼ばれるようになったらしい。


――――なんて豆知識は置いといて……。


 そのニンベン師というのは、もちろん俺のことである。招待状に触れたおかげで〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟の発動条件を満たすことができた。あとは名前の部分だけ少し細工すれば、完璧な招待状の出来上がりだ。 


 さて、あとは偽物の招待状が通用するかどうかにかかっている。

 招待状を送る相手を選んでいるのは、おそらくダケット=ランタンだ。やつが現場にいて、貴様なんぞに招待状を出した覚えはないなんて言われたら、即アウト。しかし、小心者で打算的なダケットが、インヴィーファミリーが仕切っているであろう夜会に来るとは考えにくい。ダケットさえいなければ、あとは口八丁手八丁でなんとかなる。いや、なんとかする。


「でも……アッシュくん、本当に参加するつもりなの?」


「え?」


「夜会に参加した生徒は、そのまま行方不明になるって噂だし……もしかしたら、すごく危険な場所かもしれないんだよ?」


 それを聞いた俺は、思わず吹き出すように笑ってしまった。


「はははっ、エレンは面白いこと訊くな」


「……?」


「じゃあ、どうしてあんたは参加するんだ? 危険かもしれないって分かってるのに」


 俺がそう問いかけると、エレンはハッとした表情を浮かべた。

 そしてばつの悪そうな顔をしながら、観念したように口を開く。


「……アッシュくん、出会ってばかりで申し訳ないんだけど、キミにお願いしたいことがあるの」


「お願いしたいこと?」


「食事が終わったら、私の部屋について来てくれないかな。その……できれば、ひとりで」


 エレンの視線が、遠慮がちにフランへと向けられる。

 フランは少々不満げだったが、俺が手で制したことで渋々表情を元に戻した。


「分かった、聞くだけ聞くよ。せっかくできた縁だしな」


「ありがとう、アッシュくん」


 女性の誘いを断るなんて、男が廃るというもの。ここは余裕があるところを見せつけてやろう。まあ、女性の部屋に招待された経験すら、一度としてないんだけど……。



 それから間もなくして食事を終えた俺は、エレンに連れられるがまま屋敷の中を歩いていた。

 フランには、食堂で待機しているよう伝えてある。最後まで不満そうにしていたが、それがエレンの要望なのだから仕方ない。


「えっと……じゃあ、どうぞ」


「……お邪魔します」


 まずい、一瞬声が上擦った。この状況、やはり童貞には荷が重いか――――。

 緊張をほぐすために、俺はひとつ深呼吸を挟んだのち、部屋の中を見回す。


「――――え?」


 部屋の中にあるものを見て、俺は間抜けな声を漏らした。

 鞭、手錠、ろうそく、ここはまるで拷問部屋のようだった。


「え、エレン? これは一体……」


「今日の決闘を見て、すごく感動したんだ……アッシュくん――――いや、アッシュ様の鬼畜さに……!」


「はぁ⁉」


 恍惚とした笑みを浮かべながら、エレンはずいっと俺のほうへ身を寄せてきた。


――――この状況、何かやばい……!


 本能が、そう警鐘を鳴らし続けている。


「あ、そうだ。お願いっていうのは……」


 俺がビビっているのを知ってか知らずか、エレンは勝手に話を進めようとする。


「これを私につけてほしいんだ」


「こ、これ……?」


 混乱のまま、俺はエレンに手渡されたものを受け取ってしまった。

 それは、首輪だった。普段からエレンがつけているチョーカーによく似ているが、あしらわれた宝石の色が少し違う。


 触った瞬間、俺は理解した。このアイテムはやばい。十年間、フランにつけてもらった訓練によって、俺の危機管理能力は高性能センサーのごとく研ぎ澄まされていた。そのセンサーが、このアイテムに注ぎ込まれた〝邪悪さ〟を感知したのだ。


「それはね、服従の魔法が刻まれた特注品なの。一度つけられたら、相手の命令に逆らえなくなるっていうすごい首輪なんだよ?」


 目をキラキラと輝かせながら、エレンはそう説明した。

 エレンの言動にところどころ違和感を覚えていたのだが、その正体はこれか。


「私ね、ずっと誰かに支配されたい・・・・・・って思ってたんだ。私の人生を委ねられるような、最高のご主人様を探してたの」


「へ、へー……」


「それでね、ついに見つけたんだ! 私の最高のご主人様を!」


 歪んでいながら、それでいて真っ直ぐな視線が、俺を射抜く。

 これは、未知との遭遇だ。


「……お願いっていうのは、つまり――――」


「そう! 私の人生を、ぜーんぶもらってほしいの!」


――――えぇ……。


 満面の笑みでそう答えられてしまった俺は、大いにドン引きしていた。


「これつけたら……エレンは本当に俺に逆らえなくなるのか……?」


「うん! だから私のこと壊し放題になるよ!」


「怖いことを言うな……!」


 先に言っておくが、俺にそういう趣味はない。

 闇の帝王を目指しているが、別に善良な人間を意味もなく攻撃したいわけではないのだ。


「私のこと、好きにしていいんだよ?」


「っ……」


 今のはさすがにグラッときた。

 何はともあれ、エレンは美人だ。女なんて選びたい放題のガトーが、容姿だけで正妻にしようとするくらいには、優れた容姿を持っている。

 ただ、その自慢の容姿を簡単に差し出してしまえるエレンの性癖に、俺は恐怖を覚えた。


「首輪に関しては……その、もう少し考えさせてくれないか?」


「……この場でつけてくれないの?」


 エレンの目から、スッと光が消えた。


――――怖ぇよ……!


 闇の帝王を志す俺が、心底怯えている。駄目だ、そんなことは許されない。


「……エレン、俺は今、ある計画のために動いている」


「計画?」


「あんたに招待状を見せてもらったのも、計画のためだ。……この計画には、俺の人生を賭けている。俺と一緒に来るなら、必然的に計画にも関わってもらうことになる。だが、俺は足手まといを必要としているわけじゃない」


「……なるほど、分かったよ」


 エレンは納得した様子で頷いた。


「要は、私が役に立つことを示せばいいんだね! それなら私、アッシュ様のために身を粉にして頑張るよ!」


「お、おう……期待してるぞ」


「うん! 任せて!」


――――早まったかな……。


 この心酔し切った目を見る限り、もはや何をやらかしても不思議じゃない。

 ひとまずこの場は乗り切れたようだが、今後のことを思った俺は、じっとりと滲んだ手汗をズボンで拭った。

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