第12話 招待状と婚約者

「おかえりなさいませ、アッシュ様」


「ああ、ただいま」


 宿に戻った俺は、部屋で待っていたフランに手荷物を預けた。

 それから柔らかいベッドに腰かけた俺は、ため息をつきながら肩を回す。


「ふぅ……」


「どうされました?」


「いや……ちょっと学園長に化ける機会があってな。体が凝っちゃって……」


 〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟を使用すると、相手の体の特徴がそのまま反映される。故に運動機能程度ならコピーできるのだが、これがまた曲者なのだ。

 まず、別の体を動かすことの弊害なのか、元の肉体に戻ったときに違和感が残ってしまう。

 主にキツイのは、体の凝りだ。あとは目線の高さが変わることによる距離感の差異で、若干車酔いのような症状が出る。ただ、そんなデメリットすらも、俺にとっては愛おしい。強いだけの能力では、面白みに欠けてしまう。


「何故そんなことを?」


「面白い噂を聞いてさ。それを調べるために必要だったんだ。……さて、何が出るかなっと」


 〝鏡の国の暴君クローン・オブ・アリス〟を使用し、先ほど触れたダケットの書類を適当な紙に写す。するとそこには、人の名前がずらりと浮かび上がってきた。


「これは……名簿でしょうか」


「ああ、どうやら在校生の名前が並んでるみたいだな」


 名前が並んでいる書類は、全部で三枚。見たところ、それぞれの学年に分かれているようだ。


「これは一年生、これは二年生……そんでこれが三年生か。うーん、なんか……並び順がおかしいな」


「出席番号順ではないのですか?」


「どうも違うっぽいけど……」


 他の学年のことは分からないが、少なくとも二年生の名簿は出席番号で並べられたものではない。となると、別の候補としては――――。


「……ああ、そういうことか。これは成績順だ」


「成績?」


「二年生の名簿の一番上に、イグニアの名前があるだろ? その下にはガトーの名前もある」


 座学はそこそこだが、実戦の授業に関して、イグニアの右に出る生徒はいない。

 あまり褒めたくないが、ガトーも優秀な生徒のひとりだ。不真面目そうに見えて、やつは座学も実戦もトップクラスの成績をキープしている。

 その次に並んでいる連中も、様々なところで名前を見る優秀な生徒ばかり。

 これが成績順と言われたら、すんなりと納得できる。


「最近、学園内では失踪事件が起きているらしい」


「……ずいぶんと物騒でございますね」


「被害者は全員そこそこの身分で、成績がいい。ってなわけで〝そこそこ〟の身分に限定して、それ以外を消していくと……」


 イグニアやガトーのような、身分が伯爵家以上の生徒を、線で消していく。

 すると、いくつかの名前が名簿の中に残った。奇しくもそれは、行方不明者たちの名前であった。


「ビンゴ。これで十中八九、ダケットは〝案内人〟だ」


 この名簿を参考にして、ダケットは招待状を送りつけている。


「アッシュ様は、その夜会とやらが、マフィアに繋がっていると考えておられるのですか?」


「まあな。インヴィーファミリーのボスに会うためにも、その夜会に参加してとっかかりを作ろうと思ってんだけど……どうにか招待状を手に入れないと、話にならないっぽくてさ」


 そう言いながら、俺は再び名簿に目を向ける。そしてあることに気づき、俺はニヤリと笑った。


「……招待状がもらえないなら、もらったやつから・・・・・・・・コピーすりゃいいじゃん」


 首を傾げているフランにも分かるよう、俺は名簿に書かれたとある名前を指差した。


「夜会への招待状は、今のところ成績がいい順に届いている。ってことは、次に招待状が届くやつはもう決まってるわけだ」


 男爵家以上、子爵家以下でありながら、この名簿の上位に名前があり、まだ失踪していない人物。その人物に招待状を見せてもらうことができれば、最低でも、どこで茶会が行われているのか分かるはずだ。


「まずはこいつを当たる。上手いこと言いくるめて、招待状を見せてもらおうぜ」


 俺が指した部分には、エレン=マドレーヌという名前が書かれていた。


◇◆◇


 二年、エレン=マドレーヌ――――。

 マドレーヌ家は、優秀な騎士が領土を手に入れたことで生まれた男爵家だ。

 そんな家のひとり娘であるエレンは、えらく優秀な生徒だった。座学、実技をそつなくこなし、男爵家という身分でありながら、二年生の中ではかなり名が知られていた。


 おまけに美人と来たもんだ。毎月のように求婚されているなんて話を聞いた覚えがあるが、それはきっと真実なのだろう。


――――あれか。


 翌日の放課後。俺は友人らしき女子たちと談笑するエレンを見つけた。青色髪のボブカットに、あどけなさを残した、綺麗系の顔立ち。スタイルも抜群だ。そして首元のチョーカーが、そんな彼女のスタイルのよさを引き立てているように見えた。

 観察していると、彼女は友人と別れ、ひとりで教室をあとにした。

 話しかけるチャンス。そう思った俺は、すぐに彼女の背中を追った。


「エレン!」


 後ろから声をかけると、エレンはすぐに振り返ってくれた。

 そして俺の顔を見て、きょとんとした表情を浮かべた。


「えっと……アッシュ=シュトレーゼン、だよね? 私に何か用かな」


 俺が犯罪者シュトレーゼンの息子であると分かっていながら、エレンはまったく態度を変えず接してきた。


「ちょっと、君に訊きたいことがあってさ」


「訊きたいこと?」


「ここじゃなんだし、少し移動しないか?」


「うーん……」


 困った表情を浮かべ、エレンは唸った。

 さすがにいきなり過ぎただろうか? 俺が彼女の立場でも、多分同じような反応をしていたと思う。ただ、仮に夜会が今夜行われるとしたら、今日中になんとしても招待状を見せてもらう必要がある。こっちは、いつ夜会が行われるかも分からない状態なのだ。エレンが失踪して・・・・しまう前に・・・・・、情報を訊き出したい。


「……分かった、いいよ。面白そうだし・・・・・


「面白そう?」


「学食でいい?」


「あ、ああ、ありがとう……」


 エレンの対応に、わずかに違和感を覚える。

 しかし、話す場を設けてもらえるならこっちのもの。俺の華麗なトークテクニックで、すぐに招待状のことを聞き出してやる――――。



「確かに招待状はもらってるけど、詳しいことは言えないよ?」


「……そっか」


――――全然ダメだった……。


 学食の端っこの席、俺はがっくりとうなだれる。


「内容は言っちゃダメって書いてあったから、話せないんだ。ごめんね?」


「いや……大丈夫。――――ってか、招待状をもらったことは言ってよかったのか?」


「本当は招待状のことも秘密にしないといけないんだけど……まあ、仕方ないよね」


「……?」


「だって、ここでもらってないって言っても、アッシュくんからすれば、私が〝本当にもらってない〟のか、それとも〝もらってるけど隠してる〟のか分からないじゃん? 仮にここで私が嘘をついたとして、きみは私の疑いを晴らすまでつきまとうでしょ?」


「……なるほど、確かにな」


 思ったよりも、エレンは合理的な女のようだ。

 俺としても、そのほうが話しやすくてありがたい。


「けど、招待状を持っていることを伝えて、俺がそれを力ずくで奪おうとしたら、面倒なことにならないか?」


「持ってないって伝えても、それは一緒でしょ? 拷問されて、本当に持ってないのか確かめようとしてくるかもしれないし、リスクは変わらないよ」


「確かに……まあ、そんなことしないけどさ」


「え? あ……そうなんだ」


 そう言って、エレンは目を伏せる。

 気のせいだろうか? その表情が、とても残念そうに見えるのは――――。


「……それで、エレンはその夜会に行くのか?」


「行くつもりだよ。せっかく招待してもらったしね。……逆に訊きたいんだけど、きみはどうしてそんなに夜会に参加したがってるの?」


「そうだな……まあ、理由は色々あるけど、一番は面白そうだからかな」


 どうしても夜会に参加しなければならない理由なんて、特にない。

 それでも俺が首を突っ込みたがっているのは、自分の成り上がり娯楽のためだ。これはあくまで、俺が俺に課しているゲームなのだ。それを楽しむためなら、俺は全力を尽くす。


「面白そう……か。意外と私たち、気が合うかもね」


 エレンは、そう言ってとても魅力的な笑顔を見せた。


「――――おい、テメェ」


 俺がエレンの顔に見惚れていると、突然背後から体の芯に響くような轟音が聞こえてきた。振り返った先には、俺にやたらとちょっかいをかけてくるガトー=ジェラードの姿があった。

 今のは、どうやら彼が学食のテーブルを叩き割った音らしい。


「……なんの用だ、ガトー」


「なんの用だ? それはこっちのセリフだ没落野郎……。テメェ、人の婚約者・・・・・に手を出しといて、タダで済むと思うなよ……!」


「え?」


 エレンの顔を見ると、彼女は困った様子で肩を竦めた。

 否定しないということは、本当のことらしい。


――――あちゃー……。


「元からテメェのことは気に食わなかったんだ……。今ここでぶっ殺してやるッ!」


 頭を抱える俺に向かって、ガトーが拳を振り上げた。

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