第11話 教師と変身
『前書き』
先日の内容と同じ内容の話を投稿してしまったため、修正させていただきました。混乱させてしまい申し訳ございません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
図書室を出た俺は、真っ直ぐ職員室のほうへ向かった。
まずはダケット=ランタンが〝案内人〟かどうかを確かめなければならない。
できればまだ警戒されたくないし、強引なやり方は避けたい。
まずは一旦接触してみる。声をかけるくらいなら、別に怪しまれるようなことはないだろう。
職員室にたどり着いた俺は、ダケット=ランタンを見つけるべく部屋の中を覗き込んだ。
――――いねぇな……。
職員室は閑散としていて、教師の姿はほとんどない。
現代と違い、この世界には部活動なんてものは存在しない。教師は自分の担当授業が終わり次第帰ってしまう者も多く、理由もなく残っている者は変人と言われている。
ダケットも、例に洩れず帰ってしまったのかもしれない。学年主任である分、他の教師よりも仕事は多いはずなのだが……。
「――――貴様、そこで何をしている」
突然背後から声をかけられ、俺は振り向く。
「あ……」
思わず声が漏れてしまい、反射的に口を押えた。
そこにいたのは、ダケット=ランタンだった。大柄な体に、ワックスでガチガチに固められた金髪オールバック。目つきは鋭く、騎士団の副団長だった面影を残している。しかし、眉間に寄せられた皺は性格の悪さを浮き彫りにし、たるみ気味の腹は、彼の怠惰な生活を象徴していた。
「あ、えっと……」
心構えをする前に出会ってしまった。どうにか言い訳を考えていると、続けてダケットが口を開く。
「貴様はアッシュ=シュトレーゼンだな」
「っ! 担当学年の生徒でもないのに、よくご存じですね」
「シュトレーゼン家は有名だからな。貴族の風上にも置けぬ、薄汚れた一族として」
そう言って、ダケットはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
ランタン家は伯爵家だったはず。以前のシュトレーゼン家とは同格の家柄だ。
この男、人を見下すことが相当好きなようだ。没落は自業自得だが、わざわざ見下してくるあたり、教師に相応しくないレベルで性格が悪い。
「……お恥ずかしい限りで」
「ふんっ、恥ずかしいと思うなら、さっさと退学でもしたらどうだ? 薄汚れた名前が名簿に並んでいるのは、ひどく不愉快でな」
――――名簿……。
なんとなく、俺はその言葉に引っかかりを覚えた。
「さっさとどこかへ行け。貴様のようなクズは、視界に入っているだけで迷惑だ」
「……失礼しました」
俺はダケットに道を開ける。
まったく、ずいぶんな言い様だ。この場にフランがいなくて本当によかった。もし彼女がいたら、きっとこの男の首を一瞬にして刎ねていただろう。
彼女の主人はあくまで俺。フランクに接することも多いが、彼女が主人に対する侮辱を許すことは、決してない。
俺はダケットが自分の席に着いたことを確認し、職員室から距離を取った。
さて、少し状況を整理したい。
まず、ダケットが放課後になっても学園に残っていることは、少々不自然だ。学年主任という立場であっても、傍若無人なダケットは直帰が当たり前。たとえ仕事が残っていようが、すぐに帰ってしまう性格ということは、今の態度を見て確信した。こうして学園に残っている時点で、何かおかしい。
それに、ポロっと出た名簿という言葉……。
なんとなく口にしただけの可能性もあるが、最近名簿で俺の名前を見た覚えがなければ、あんな言い回しはしないだろう。三年生の教師が、二年生である俺の名前を名簿で見る機会なんて、果たしてあるのだろうか?
――――確かめてみるか。
こんなこともあろうかと、俺はすでにひとりの教師にこの手で
「〝
人気のない場所で、俺は〝
その瞬間、俺の姿はまったく異なる外見へと変化していた。
端正な顔立ちに、整えられた髭。頬に浮かぶ皺は老いを感じさせつつも、積み重ねてきた人生経験の厚みを表しているようだ。肩にかかった煌びやかなロングコートは、彼の権力の強さを象徴している。
この姿は、グランシエル王立騎士学園の学園長、シトロン=コンフィズリーのもの。
俺の能力〝
ただし、この能力には時間制限がある。無機物のコピーは、力の込め具合によって最長半日くらいまで持続できるが、生物のコピーは十分しか持たない。
ここから先は、時間との勝負。すぐにダケットと接触して、少しでも情報を手に入れる。
この姿のまま職員室に入った俺は、真っ直ぐダケットのもとへと向かった。
ダケットは何かの書類と睨めっこしており、近づく俺にまったく気づく様子がない。
「……ごほんっ、ダケット殿」
「へ? が、学園長⁉ 何故職員室に……」
「たまには学園の中を見て回ろうと思いまして」
「左様ですか……」
ダケットはぎこちない笑みを浮かべながら、媚を売るかのように手をすり合わせた。
常に偉そうな態度を取るダケットが唯一頭の上がらない存在、それがシトロン=コンフィズリーである。
シトロンは学園長という立場だけでなく、元騎士団長という経歴を持っている。
世代がひとつ離れているため、直属の上司と部下ではないが、さすがに元騎士団長に噛みつけるほど、ダケットの肝っ玉は大きくない。
「し、しかし、今日は保護者との茶会があると仰ってませんでしたか……? えっと、確か侯爵家の……」
――――やっべ。
こんなことになるなら、ノワールに学園長のスケジュールも聞いておくんだった。
「あ、あちらの都合で日付をずらすことになりましてな……今日は予定が空いてしまったのです」
「なるほど……そういうことでしたか」
「そう言えば! 最近物騒な事件が起きていると言うではありませんか。大事な生徒に危険が及んでいるのであれば、学園の長として見過ごすわけにはいきません」
「さ、さすがは学園長……! それで見回りをしているというわけですね⁉ そこまで生徒を気にかけているとは……教師の鏡ですな!」
とっさに話題を変えたところ、どうやら上手くいったようだ。
――――それにしても、分かりやすく動揺してるな……。
ずいぶんと目が泳いでいる。この様子だと、学園長がこいつとグルということはなさそうだ。
もしダケットが学園長の監視下にあるなら、こんなに動揺する必要はない。
「それはさておき、珍しいですな。ダケット殿がこんな時間まで学園にいるのは」
「少々授業の準備が立て込んでいまして……ははっ、ははははは!」
演技が下手だな、こいつ。
もう少し時間をかけて、ゆっくりとボロを出させたいところだが、こっちには時間制限がある。なんとか一気に情報を引き出してしまいたい。
「……さて、ダケット殿」
「はい⁉」
「学園内で起きている行方不明事件について、何か知っていることはありませんか?」
「しししし、知っていることですか⁉」
「ええ、生徒のためにも、この事件を早急に解決したいのです。どんな些細なことでも構いませんから」
俺が真剣な眼差しで見つめると、ダケットはますます挙動不審になった。
この姿に化けて正解だった。他の教師の姿で詰め寄ったとしても、ダケットは強引に突っぱねることで切り抜けられてしまう。しかし、相手が学園長となるとそうはいかない。
「……おや? ダケット殿、体調でも悪いのですか?」
「い、いえ! も、もも、申し訳ないのですが、そろそろ次の予定の時間が迫ってますので、私はこれで――――」
机にあった書類をかき集め、ダケットは席を立つ。
そのまま職員室を出て行こうとしたところで、俺はさりげなく足を引っかけた。
「うおっ⁉」
「おっと、失礼」
転んだ拍子に、ダケットが持っていた書類が床に散らばる。
俺が拾おうとすると、ダケットはものすごい速さで書類をかき集めてしまった。
「だ、大丈夫です! ひとりで拾えるので……!」
「……そうですか」
「こんなことで学園長のお手を煩わせるわけにはいきません! そ、それでは! 今日のところはこれで!」
早口でまくし立てたダケットは、そのまま職員室を出て行った。
あまりにも素早い動きだったせいで、書類の内容を確認することはできなかった。
しかし――――すでに俺は、彼の落とした書類に触れている。
「悪いね、ズルしちゃって」
俺は、ダケットが去っていった方に向かって、ベーっと舌を出した。
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