第10話 少女と情報

「まさか、没落貴族のお坊ちゃんが訪ねてくるとは」


 そう言って、彼女は持っていた本を閉じた。そして品定めでもするかのように、俺をジロジロと観察し始める。


「俺のこと知ってるのか?」


「もちろん。君は結構有名人だからね。まあ、あまりいい噂は聞かないけど」


「ははは……」


 余計なお世話である。


「で、私が情報屋だって、誰から聞いたのかな」


「旧図書室の魔女・・は、求める者にしかるべき知恵を与える……そんな噂を耳にしてさ」


 噂の出どころは知らない。しかし、火のない所に煙は立たぬとも言うし、訪ねてみる価値はあると思ったのだ。


「……驚いた。そんな不確かな情報で、わざわざこんなところまで足を運ぶなんて」


「別に、こうして確かめるのはタダだろ?」


 俺がそう言うと、ノワールは小さく笑った。


「なるほど、確かに君の言う通りだ」


「で、あんたは情報屋なのか? それとも、ただの引きこもり髪の毛お化けか?」


「ひどい言われようだけど、まあいいや。君の言う通り、私は情報屋だよ。客が求める情報を、比較的安価で売りさばいてる。まあ、客なんてほとんど来ないけどね」


「宣伝が足りないんじゃないか?」


「足りないどころか、してすらないよ。忙しいのは嫌だからね」


 そう言いながら、ノワールはため息をついた。


「これは商売じゃなくて、私の趣味なんだ。お金に困ってるわけじゃないし、代金を求めるのは、あくまで互いの信用のためだよ。タダより怖いものはないって言うだろう?」


「……なるほどな」


「それで、君の求める情報は何かな?」


「最近起きている、生徒の失踪事件についての情報がほしい」


「ああ、あの事件か……先に言っておくけど、はっきりした情報は持ってないよ。犯人の正体とか、どうして失踪してしまったのか、とかね」


「結構だ。その先は自分で考える。今は、考えるために必要な情報がほしい」


「……そういうことなら、少しは役に立てると思うよ」


 ノワールが、手を差し出してくる。どうやら客として認めてもらえたようだ。

 俺は迷うことなく、彼女の手を握った。


「――――不用心なんだね、意外と」


 次の瞬間、ノワールの手を通して、鈍く光る幾何学的な模様が俺の全身を駆け抜けた。

 〝祝福ギフト〟による攻撃……そう思ったが、ダメージを受けた様子はない。

 体が重くなったとか、デバフを背負わされた感覚もない。


「何をしたのか訊いたら、情報屋らしく教えてくれるのか?」


「ふふっ、いいよ。サービスしてあげる。今の光は、私の〝祝福ギフト〟だよ」


 〝禁書の閲覧権限アルカナアーカイブ〟――――。

 ノワールがそう告げると、その手に分厚い本が現れた。本のタイトルは、アッシュ=シュトレーゼン。どこにも存在するはずのない、俺の名を冠した本が、そこにあった。


「この力を使えば、私は触れた相手の記憶をすべて本にして読むことができる。あ、他言したりはしないから、安心してね。あくまでこれは、私が客を信頼するためにやってることだから」


――――なんだ、そのチート能力は。


 記憶を写し取る能力ということは、おそらく前世のことも伝わってしまったのだろう。

 俺の中にも、知られたくないことは山ほどある。特に親父を騎士団に売った件は、できることなら墓まで持っていきたい。

 背中にじっとりと冷や汗が出る。しかし、俺は表情を変えず、冷静を装った。

 俺はノワールと取引するためにここにいる。些細なことでも、できる限り弱みを見せたくない。


「……へぇ、なるほど」


 俺の本をものすごい速度で読み進めながら、ノワールは興味深そうに頷きを繰り返した。 

 自分のすべてを見透かされるというのは、こうも緊張するものなのか。面接で経歴を確認されるときとは、わけが違う。


「他の誰とも違う、面白い経歴の持ち主だね。気に入ったよ、アッシュ=シュトレーゼン」


 そう言って、ノワールは魅力的な笑顔を見せた。

 いや、確かに魅力的ではあるのだが、どうしても怪しく見えてしまう。


「君は私の情報を使うに値する人間だ。私が人に興味を抱くなんて、実はほとんどないんだよ? 君は自分を誇るべきだね」


「……そりゃどうも」


 こっちは、過去の悪事がすべて筒抜けになったせいで、内心ドキドキだ。

 まあ、こいつが俺の情報を悪用するなら、そのときは・・・・・そのときだ・・・・・


「じゃあ、えっと……失踪事件についてだったね」


 ノワールは、近くに積んであった本を漁り始める。

 よく見れば、置いてある本はすべて〝祝福ギフト〟によって生み出されたもののようだ。なるほど……こいつの情報源は、人の記憶か。


「失踪者は、全部で六人。誰も学園を出るところを目撃されていないため、学園内で失踪したと考えられている。共通点は、男爵以上、子爵以下の家柄であること。年齢、性別、その他特に共通点なし」


 続けて、ノワールがページをめくる。


「目撃証言が少なすぎるね。不審者の情報もなし。学園内に外の人間がいる可能性はゼロと言っていいかも」


「学園内に、失踪を手引きした者がいる……? 何か関係のありそうな情報はないか?」


「噂程度の話ならあるよ」


「聞かせてくれ」


 ノワールは一呼吸置いたのち、再び本のページをめくった。


「成績優秀者に届く、茶会の招待状・・・・・・って知ってる?」


「招待状?」


「その茶会は、国の重役が参加する由緒あるものでね。優秀な生徒を、そういう人たちとめぐり合わせるのが目的らしい。要は、学園側の売り込みだね。優秀な生徒を重役につなげて、学園への寄付を募るんだ」


「……胡散臭いな」


 本当にそんなものがあるにしろ、ただのデマにしろ、確かめる方法は当事者になるほかない。


「この噂が広がったのが、ちょうど失踪事件が始まってすぐのことだったんだ。火のない所に煙は立たぬって言うし、何か関係があるかもしれないね」


 ノワールの言葉はもっともだ。

 俺も、失踪事件と茶会には、なんらかの繋がりがあるように思えてならない。

 たとえば、茶会に参加した者が、騙されるような形でそのまま闇オークションに流されていたら?


「……招待状が欲しいな」


「それは難しいと思うよ。あなたの成績なら条件は満たしてるけど、家柄的にアウトだもん」


「そうだった……」


 いや、たとえ没落してなくても、失踪者の傾向的に伯爵家に招待状が届くことはないのか。

 これでは、茶会が本当に存在するかどうか確かめることすらできない。


「……成績優秀者に招待状が届くなら、十中八九、学園内に案内人・・・がいるはずだ」


 家柄は調べれば分かるが、成績に関しては、外から調べても全貌を知るのは難しい。

 生徒全員の成績を確認することができるのは、教師だけ。となると、招待状を用意できる者は、教師の誰かってことになる。


「学園長レベルの権力者が動けば、さすがに周りが気付く……学年主任くらいが妥当か」


「それなら、ダケット=ランタンだね。経歴が経歴だから、教師の中でもかなり権力があるし」


 ダケット=ランタン――――三年の学年主任である彼は、元グランシエル王国騎士団の副団長という輝かしい経歴を持っている。足の負傷が原因で引退したらしいが、学園の教師になったあとは、その経歴を自慢して威張り散らかしていた。


「ダケットにはギャンブル癖もあるみたいだよ。金欲しさに生徒を売ったりしていても、おかしくはないね」


「まずはそこから当たってみるか……ありがとう、ノワール。報酬は――――」


「いらないよ。今回は初回サービスってことにしといてあげる」


「太っ腹だな」


「あなたはお得意様になってくれそうだしね」


「ああ、頼りにさせてもらうよ」


 そう言って、俺は図書室をあとにした。


◇◆◇


「転生者、ねぇ……」


 アッシュが去ったあと、ノワールは再び彼の本を開いた。

 そこには、アッシュが経験したすべてのことが書かれている。もちろん、前世のことだって。

 ノワールがページをめくると、やがて白紙のページにたどり着く。その直後、白紙だったはずのページに、突如として新たな文字が浮かび上がってきた。


「こんな面白そうな物語・・、逃す手はないよね」


 ノワールは〝禁書の閲覧権限アルカナアーカイブ〟の詳細をすべて話したわけではなかった。


 この〝祝福ギフト〟は、対象の記憶を読み取り、記録していく。それは、決して過去だけの話ではない。現在、それから未来、つまりはリアルタイムで、対象の記憶は更新されていく。これから何をしようと、アッシュの行動はノワールに筒抜けということだ。


 ノワールは、物語が好きだ。しかし、ありとあらゆる本を読みつくした彼女にとって、既存の物語はすべて退屈なものになってしまった。

 そこで目をつけたのが、他人の人生という名の物語。フィクションと違って、人生には〝お決まり〟がない。彼女が夢中になるには、十分な要素が揃っていた。


「これからは、うんと楽しませてもらうよ……アッシュ=シュトレーゼン」


 そう言って、彼女は本を閉じた。

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