第8話 報復と手綱

「大量大量、これで当面の資金は問題ないな」


 チップをすべて金に換えてもらい、俺たちはカジノを出た。

 この世界でもっとも価値のある白金貨にしてもらったのだが、それでも背負って運ばなければならないくらいの量になってしまった。

 さすがにこの量の白金貨は、没落前でも見たことがない。


「ずっと気になっていたのですが、こんなことをしなくても、直接カジノを襲撃して金銭を奪えばよかったのでは?」


「相変わらず考え方が脳筋だなぁ……。確かにそれなら手っ取り早いかもしれないけど、俺が欲しいのはスマートさなんだよ」


「スマートさ、ですか」


「力で奪うことが駄目って言ってるわけじゃない。現に俺たちも、ギャングからは無理やり金銭を奪い取ってる。だけど、それはやつらが同じことをしていた・・・・・・・・からだ」


 強盗を働くなら、自分たちが強盗される覚悟を持たないといけない。

 イカサマを働くなら、イカサマを返されることまで考えなければならない。


「敵の舞台に立ったうえで勝つ……それが一番気持ちいいんだから」


「……ワルというやつですね、アッシュ様も」


「それも一緒。相手が黒ならこっちも黒になる……それだけのことだ」


 武には武を、金には金を、卑怯には卑怯を、嘘には嘘を。

 イカサマを仕掛けてこないカジノなら、俺だって〝祝福ギフト〟を使ったりしない。

 相手の得意なことで、圧倒的に勝つ。そうすれば、大抵の場合は報復する気力ごと叩き潰せる。


――――そう、大抵の場合は。


 ちょうど人気のない路地に入ったタイミングで、背後から殺気を感じた。


「……ちょっとリベンジに来るのが早いんじゃないの?」


「うるせぇ……このまま引き下がれるわけねぇだろ……!」


 振り返ると、そこには怒りの形相を浮かべたアルベルトがいた。

 彼の後ろには、雇われの兵隊らしき男が三人。雰囲気からして、戦闘経験を積み重ねたプロだ。


「今ここで、私の負け分を取り戻す……! そうすれば、私はこれからもディーラーとして――――」


「そいつは無理だろ。あんな大敗するようなディーラーを、自分の店に置いときたいやつがどこにいる?」


「うるさいうるさいうるさいッ! やれ! お前たち!」


 アルベルトがそう言うと、三人の兵隊が前に出る。


「悪いな、没落貴族のお坊ちゃん。店の金がなくなっちまったもんで、俺たちの給料も危ういんだ」


「……世知辛いねぇ」


 俺はそっと腰のホルスターに手を伸ばす。しかし、その手はフランに制された。


「フラン?」


「アッシュ様、ここは私にお任せを」


 そう言って、フランは俺の前に出る。


「先ほどは見ているだけでしたので、ずいぶんとフラストレーションが溜まっていたのです」


「……なるほどな」


 どうりでずっと不機嫌そうに頬を膨らませていたわけだ。

 大切なメイドのためにも、ここは任せるとしよう。


「けど、ギャングどもと違って、あいつらはプロだぞ? 本当に大丈夫か?」


「ご心配には及びません」


 フランが出てきたのを見て、兵隊たちはゲラゲラと笑う。


「おいおい、メイドに逃げる時間を稼いでもらう気かよ」


「考えたもんだなぁ! 確かにこんな美人なら、思わず一晩中遊びたくなっちまうよ」


「ちげぇねぇや! 散々遊んだら、娼館に売っ払ってやろうぜ」


 なんと呑気な会話だろう。

 遊ばれるのが自分たちであると、彼らはまだ気づいていないらしい。


「武には武を……でございますね」


 いつの間にか、フランの手には無数の投げナイフが握られていた。

 そのまま投擲されたナイフを、兵隊たちはとっさに短剣で弾く。


「危なっ――――え?」


 先頭にいた兵隊の腕に、鎖が巻きついた。それもまた、フランが放ったものだ。


「どうぞ、こちらへ」


 フランが鎖を引く。

 腕を引かれて体勢を崩した兵隊の顎を、フランは思い切り蹴り上げた。


――――あちゃー……。


 その破壊力に、思わず目を覆う。

 完全に顎を砕かれた兵隊は、意識を失い仰向けに倒れた。


「なっ……」


「こ、この女! 只者じゃねぇ!」


 ようやく男たちが戦闘態勢になる。しかし、切り替えるのが遅すぎた。


「この狭い道では、長物は不向きですね」


 そう言う彼女の両手には、それぞれ短剣が握られていた。

 どこにそんな武器を隠し持っていたのか。まるで手品のように飛び出してくる武器に、二人の兵隊は困惑している様子だ。


「な、なんだ……あれ」


「一体どこから……」


 二人は警戒を強めるが、武器の出どころを考えたって、どうにもならない。

 何故なら彼女の武器は、ついさっきまで存在しなか・・・・・ったのだから・・・・・・


「これが私の〝淑女の嗜み〟でございます」


 〝祝福ギフト〟を持っているのは、何も俺だけじゃない。

 フランの持つ〝祝福ギフト〟の名は、〝淑女の嗜みファーストレディ〟。

 その能力は単純明快。己の望む武器を、内包する魔力を消費して具現化する。

 どんなときでも武器に困らない便利な能力だが、その真価は、あらゆる武器を達人以上に操れる身体能力があってこそ発揮される。


「私としたことが、少々遊びすぎました」


 フランが天高く跳び上がる。とっさにその動きを目で追った兵隊たちだが、視界に頼っているようでは、対応が間に合うはずもなく。


「――――フィナーレです」


 舞い降りたフランが短剣を振れば、兵隊たちの首から血が噴き出す。

 崩れ落ちた三人の兵隊を見て、アルベルトは引きつった悲鳴を上げた。


「お待たせして申し訳ございません、アッシュ様」


「いいって。俺も今日は存分に遊ばせてもらったからさ」


 可愛いメイドのストレス発散に付き合ったところで、俺はアルベルトに視線を向ける。


「さて、お仲間は全滅したけど、あんたもやる? うちのメイドなら、苦痛を伴わずにあの世へ送ってくれると思うけど」


「ひ、ひぃぃぃぃいい!」


 アルベルトは俺たちに背中を向け、一目散に走り出す。

 それに対してフランがナイフを構えるが、俺はそれを止めた。


「行かせてやれ」


「私たちのことを伝えられてはまずいのでは?」


「俺たちはもうアーヴァリシアファミリーに喧嘩を売ったんだ。カジノで姿を晒している以上、あいつを始末したところで、結果は何も変わらねぇよ」


「……なるほど」


 フランが〝祝福ギフト〟を解除すると、武器たちは光の粒子となって消えた。


「さて、この金をどう使っていこうかね……」


 肩に背負った袋は、ずっしりと重い。

 これだけの金があれば、なんだって買える。それこそ、人間だって・・・・・


「やっぱり、まずは人材集めかな」


「……闇オークションに参加するおつもりですか?」


 人身売買を牛耳っているマフィア、インヴィーファミリーが月に一度開く闇オークション。

 そこでは、インヴィーファミリーが様々なルートで仕入れた奴隷を、歪んだ趣味を持った貴族たちが購入する。まさに人間の闇が詰まったようなイベントだ。

 そんな闇オークションなら、俺が闇の帝王になるために必要な人材が見つかるかもしれない。


「ついでに偵察もしておくか。闇オークションも、いずれ根こそぎいただく予定だし」


「……」


「どうした? フラン。そんな不機嫌そうな顔をして」


「人材と仰いましたが、私がいれば奴隷など必要ないのでは?」


「いや……まあ、そうなんだけどさ……でも見に行くだけってのも――――」


「いくら大金を稼ごうとも、無駄遣いはよくないと思います」


「……だ、だけど」


「むぅ……」


「わ、分かったよ……」


 可愛いメイドに睨まれてしまったら、こっちはもう折れるしかない。

 こうして俺は、まだ参加すらしていないのに、奴隷購入を諦める羽目になった。

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