第7話 イカサマと〝祝福〟
「ば、バカな……!」
アルベルトが身を乗り出してきた。
その必死の形相に、思わず吹き出してしまう。
「ははっ、そんなに見つめたって、公開されたカードは変わらないぞ?」
「ふ、ふざけるな……! 貴方の手札は確かに――――」
「確かに、なんだ?」
「っ……」
アルベルトが言葉に詰まる。そりゃそうだ。これ以上追求したら、俺の手札を把握していたことがバレてしまうのだから。
最初に手に取った時点で、このトランプの裏に細工があることは分かっていた。
俺の手札は、常に筒抜け。そんな状態で勝てるはずがない。
だから俺は、俺にしかできないイカサマを仕掛けた。
「ま……まあ、いいでしょう」
アルベルトからチップが支払われる。これで俺のチップは、大きく回復した。
「さあ、次のゲームに参りましょうか」
「ああ、望むところだ」
笑みを浮かべているアルベルトだが、胸のうちはひどく乱れているはずだ。
「では、どうぞ貴方からカードを引いてください」
山札からカードを引くと、そこにあったのは、再びの
当然、アルベルトもそれは分かっている。
「レイズです……!」
手札交換後、アルベルトがチップを吊り上げる。
俺は
「コールだ」
「っ……ショーダウンです! こちらはフラッシュ!」
「フォーカード」
「なっ……」
俺の手札は、同じ数字が四枚揃ったフォーカード。フルハウスよりも強い役である。
再び多くのチップが俺のもとに集まる。
「ほら、次だ」
「く、くそ……」
俺は次のゲームを急かす。
――――ははっ、露骨だな。
配られた手札は、笑ってしまうほどの
見事なシャッフルテクニックで、俺にひどい手札を引かせている。
しかし、やはり俺には関係ない。
五枚のカードをひとつに重ね、再び開く。するとカードの絵柄が変わり、ストレートの役が完成していた。
さて、ここでネタバラシといこう。
この世界には、神より与えられし不思議な力が存在する。生まれたときからその力を持つ者もいれば、なんらかのきっかけであとから目覚める者もいる。
力の名は、神の〝
俺の〝
一度手で触れたものを、別のものに写し取ることができる力。
写し取る条件は、形状が同じであること。つまりカードの絵柄を変えることなど、容易ということだ。
ゲームを始める前、カードに細工がないか確認するとき、俺はすでにすべてのカードに触れている。いくら配られた手札が
あとは山札に戻すときに〝
唯一問題なのは、やつの手札にあるカードと、俺が投影したカードの絵柄が被ってしまうこと。そうなってしまうと、同じカードが二枚あることになり、ゲーム自体が無効になってしまう可能性がある。
しかし、そんな間抜けな展開は、相手のイカサマのおかげで一生訪れない。
――――エースのスリーカードか。
相手の手を見て、俺は内心ほくそ笑む。
裏面の柄がなんの絵柄に対応しているのか、そんなものはとっくに把握済み。相手の手札さえ分かっていれば、カードの絵柄が被ることはあり得ない。
「す、スリーカードだ!」
「ストレート。また俺の勝ちだな」
「っ⁉ おかしい……そんなバカなことが……」
「何がおかしい? こんなのただの運だろ? さっきまではあんたにツキがあったようだが、今は俺のほうがツイてる……それだけの話だ」
こう言ってしまえば、ディーラー側はもう何も追及できない。
絵柄を変えたことを指摘すれば、自分が裏面でカードの絵柄を把握していることを暴露するようなもの。そんなことをすれば、カジノで閑古鳥が鳴くだろう。
アルベルトは責任を取らされ、アーヴァリシアファミリーに消される。
――――まあ、どのみち責任は取らされるだろうけどな。
勝負を挑まれたディーラーは、決して逃げられない。
俺をただのカモだと思い込み、声をかけたのが運の尽きってわけだ。
「どうした? 次のゲームを始めようぜ」
そう言いながら、俺はテーブルにチップを置いた。
「ラッキー、またストレートフラッシュだ」
「そんな……バカな……」
渾身のフォーカードを潰され、アルベルトは崩れ落ちる。
俺のそばには台車が置かれており、その上には山のようにチップが積まれていた。
何度も勝利を重ねた結果、途中から獲得チップがテーブルに載らなくなってしまい、仕方なく用意させものだ。
「すげぇ……ポーカーであんなに稼ぐやつがいるなんて」
「イカサマだろ? じゃなきゃここのディーラーに勝てるわけが……」
いつの間にか、俺たちの周りには人だかりができていた。
いまだかつて、最高レートのカジノでここまで勝ち越した者はいないだろう。
正直、目立ちすぎるのは望むところではないのだが、金を稼ぐために背に腹は代えられない。
とはいえ、ぼちぼち潮時だ。
このまま無限にチップを稼ぐことは可能だが、結局換金してもらえなければ、こんなものはただのガラクタでしかない。今日は払えないからと、支払いを後日に回されても面倒だ。
ここは店にある金が尽きる前に、退散するのが吉。
「次で最後にするか」
虚ろな目をしたアルベルトに、最後の勝負を仕掛ける。
「こ……これ以上は、もう……」
「なんだ、情けないな。それなら、この勝負であんたが勝ったら、チップを全部返してやるよ」
「……なんだと?」
アルベルトの目に、光が戻る。
後ろで見守っているフランが不満そうにしているが、ここは俺の自由にさせてもらおう。
入念なシャッフルのあと、互いにカードを引く。
その際、アルベルトの表情が分かりやすく明るくなった。
そりゃそうだろう。やつの手は今、
「ふっ……ふふふふふ! あはははははは! 後悔するがいい! 没落貴族のクソガキがッ!」
本性を露わにしながら、アルベルトがカードを叩きつける。
この土壇場でストレートフラッシュを出したアルベルトに対し、やじ馬たちは声を漏らした。
「最後の最後で間抜けを晒したなァ! さあ! お前の手を見せてみろ!」
鼻息を荒くしながら、アルベルトが身を乗り出す。
なんてめでたい男だろう。俺が〝
「……残念だったな」
「は?」
「
「ふぁ……ふぁ、ファイブ……カード……?」
ポーカーにおいて、ストレートフラッシュをも超える最強の役、それがファイブカード。
エース四枚と、ジョーカーが一枚。どう足掻いても、理論上この役を超えることはできない。
「あ……あがが……」
ショックのあまり魂が抜けてしまったアルベルトは、ついに椅子から転がり落ちる。
「なかなか愉快だな……すべてを失った人間が、床に崩れ落ちる様は」
俺はキングのカードを破り捨て、倒れ伏すアルベルトの眼前に落とした。
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『あとがき』
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