第6話 ポーカーと逆転
「……どうしてそれを?」
「ディーラーというのは、お客様に楽しい勝負の場を提供するのが仕事です。そのためには、ゲームの実力だけでなく、円滑なコミュニケーションも必要です」
「なるほど、話のネタ集めはお手の物ってわけだ」
「左様でございます」
アルベルトは、手元にあったトランプをシャッフルし始める。
その見事なテクニックに、思わず笑いが込み上げてきた。
「ふっ、それだけの技術があれば、イカサマも仕掛け放題だろ。どうりでポーカーテーブルの人気がないわけだ」
「ふふふっ、そうおっしゃる方は、貴方が初めてではございません。ですが私どもディーラーは、決してイカサマを用いた勝負などいたしません」
「どうだかな……そうだ、一応カードも確認させてもらえないか?」
「ええ、構いませんよ」
そう言って、アルベルトは俺の前にトランプの束を置いた。
お言葉に甘えて、俺は入念にカードをチェックさせてもらう。ただ、こんなことに意味がないことは、俺もよく分かっていた。
「ああ、種も仕掛けもない、普通のトランプだな」
「ご確認ありがとうございます」
アルベルトがにやりと笑う。
「では始めましょう。ルール説明は必要でございますか?」
「いらん。手早くやろう」
「承知しました。では――――」
互いに入念にシャッフルしたトランプを、テーブルの中央に置く。
そして互いに参加費となるチップを支払う。
参加の意思を見せ合ったら、中央の山札から五枚ずつカードを引き、手札をチェックする。
――――なかなかいい手だな。
俺は自身の手札を、そう評価した。
2とJのツーペア。これならチップを賭けるに値する。
「ではまず、親である私から」
行動順は、すべて親から。アルベルトが、テーブルにチップを積み上げる。
いきなり多くのチップをかけてきた。相当いい手が入ったのかもしれない。
これに対し、子である俺は
「コール」
「ほう……」
ツーペアは、勝負になる手だと見た。俺はアルベルトの挑発に乗ることにした。
「乗ってきましたか……では、手札の交換といきましょう」
アルベルトが三枚のカードをテーブルに捨て、山札から三枚補充する。
これがドローフェイズ。手札を任意の枚数交換し、さらに強い役を目指す。
アルベルトは手札を二枚残し、三枚交換した。つまり残した二枚は、ペアである可能性が高い。
「……俺は一枚だ」
「ほうほう、それはそれは……」
アルベルトは、俺が手札を交換する様をニヤニヤしながら見つめていた。
これで、俺の手札がいいことがバレた。
俺は捨てた分を補充するべく、カードを一枚引く。引いたカードは、2。
なんとファーストゲームから、俺の手にフルハウスが完成してしまった。
「では、再び私から……」
そう言って、アルベルトはさらにチップを吊り上げる。俺の手札状況を察した上でレイズを選択するということは、相当いいカードを引いたに違いない。
おそらくスリーカード。ツーペアのままだったら、ここで俺は降りていた。
しかし、今は大きく事情が変わった。
「レイズだ」
「……」
俺はノータイムでチップを上乗せする。
ここまで来たら、たとえ向こうが降りたとしても、相当な利益が見込める。
今は迷わず突っ込むべき。
「面白い……コールです!」
アルベルトも突っ張ってきた。賭けが成立し、俺たちは互いの手札を公開する。
「8のスリーカードです」
「……フルハウス」
「おお……! 初回からすさまじい手ですね……」
アルベルトは目を見開き、俺のフルハウスを凝視する。
フルハウスは、かなりの大物手だ。アルベルトが驚くのも無理はない。
「なかなかの痛手です。これは私も気を引き締めねばなりませんね」
俺のほうに大量のチップが移動する。すでに多くのチップを稼げたわけたが、これではまだまだ全然足りない。
「次の勝負をいたしますか?」
「ああ、運があるうちに、さっさと次に行こう」
「承知いたしました」
再びのカードシャッフル。そして、次のゲームが始まった。
「ば、バカな……!」
何度もゲームを重ね、俺はついにテーブルを叩いた。
「あれま、もう貴方のチップは風前の灯ですね」
口角を吊り上げながら、アルベルトは言った。
あれから俺は、怒涛の勢いで敗北を積み重ねていた。勝ったとしても、極めて少額の勝負ばかり。チップはどんどん減っていき、俺は崖っぷちに立たされていた。
「……アッシュ様、このままでは」
「分かってるっ! くそ……!」
不安そうにしているフランを怒鳴り、俺はカードを引く。
手札を交換したことで、同じ絵柄を五枚揃える役、フラッシュが完成した。
――――これなら!
俺は勝負に出ることにした。
「フラッシュだ!」
「……残念、こちらはフルハウスです」
「なっ……」
フルハウスのほうが、フラッシュよりも役が強い。
勝負どころで、俺はあっさりと敗北した。
「ぐっ……まさか……い、イカサマか⁉」
「言いがかりはやめていただきたい。証拠などないでしょう?」
鼻で笑われた俺は、歯を食いしばり、拳を握りしめる。
「さて、どういたしますか? 私としては、これ以上は勝負を避け、大人しく出直してくることをお勧めいたしますが」
「……! ふざけるな! このまま帰れるわけないだろ……!」
「……では、ゲーム続行で?」
「ああ、当然だ!」
俺は、参加費のチップをテーブルに叩きつける。
――――さて、臭い演技はぼちぼち終わりにしようか。
「ふふふふふ……せいぜい後悔しないといいですね」
山札からカードを引く。
手にした五枚のカードは、見事に
まあ、
◇◆◇
――――バカなガキだ。
ディーラーであるアルベルトは、ポーカーフェイスの下で邪悪な笑みを浮かべていた。
この勝負、彼は言うまでもなくイカサマをしていた。
トランプの裏面には、一枚一枚微妙な違いがある。それはずっとこのトランプに触れ続けているディーラーにしか分からないほどの、極めて些細な違いだ。
このイカサマによって、アルベルトは相手の手札、そして次に自分が引くカードを把握することができる。さらには卓越したカッティング技術によって、カードの順番をある程度操ることもできる。シャッフルはアッシュも介入するため、確実に欲しいカードを引くことは難しいが、二つのイカサマを組み合わせることで、アルベルトの勝率は九割を超えていた。
――――大金を稼いで貴族に戻ろうって腹だろうが……残念だったな。
アルベルトの一番の喜びは、チップを失った客が崩れ落ちる瞬間を見ること。
富豪ばかりを相手にする高レートのカジノに配属されてから、なかなかそういった光景は見られなくなったが、稀にこうして立場を追われた貴族が駆け込んでくるときがあった。
そういうときは、巧みな話術で勝負に乗せて、干からびるまで搾り取る。そして床に這いつくばった負け犬を見下ろし、アルベルトは己の欲を満たすのだ。
「さて、いい手が入るといいのですが……」
白々しく言いながら、アルベルトは自身の手札を見る。
そこには、すでにツーペアの手が完成していた。さらに、ここで一枚交換すれば、フルハウスに進化することが分かっている。
続いてアルベルトは、アッシュの手札に視線を向ける。
――――見事な
アルベルトは心の中でほくそ笑む。
この時点で、アルベルトの勝利は確定した。
たとえどう手札を変えたとしても、山札の順番的に、フルハウスを超える役は作れない。
「……オールインだ」
「え?」
アルベルトの口から、思わず声が漏れる。
何度確認しても、アッシュの手は
しかし、彼は残ったすべてのチップを差し出してきた。
この勝負に負ければ、アッシュはすべてのチップを失うことになる。
――――バカすぎる……!
アルベルトは笑いを堪えるので必死だった。
ここに来て、アッシュはブラフを仕掛けてきたのだ。自分の手が強いと思わせるための、強気のプッシュ。すべてを見通すことができるアルベルトにとっては、滑稽以外の何ものでもなかった。
「素晴らしい……! いいでしょう、乗りましょう!」
アルベルトは、コールを宣言した。
「私は一枚交換で」
「俺はオールチェンジだ」
アッシュが新たに五枚のカードを引く。
――――ワンペアか……。
アルベルトは再びほくそ笑む。
アッシュの手は、
しかし、当然フルハウスには敵わない。
「では、ショーダウンです!」
アルベルトがフルハウスをテーブルに叩きつける。
「フルハウスです! これで貴方の負け――――」
「
「……は?」
「聞こえなかったか? それなら、もう一度言ってやる」
そう言いながら、アッシュは手札を公開する。
「ストレートフラッシュだ。目を見開いて、よく確認しろ」
彼の手札は、決してワンペアなどでなく、綺麗に揃ったストレートフラッシュだった。
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