第5話 カジノとディーラー

「遅いです」


 宿で待っていたフランは、不満げに頬を膨らませていた。

 俺は手を合わせ、彼女に向かって頭を下げる。


「悪い。カジノで勝ったら好きなだけマカロン買っていいからさ」


「……約束ですよ」


 そう言った彼女は、いつも通りのクールな表情に戻った。

 マカロンで有能なメイドの機嫌が取れるなら、安いものだ。


「それじゃ、カジノに出発……と言いたいところだが、まずはカジノに相応しい恰好をしないとな」


「仕立て屋に注文した正装を取りに行くのですね」


 俺はひとつ頷く。

 カジノで荒稼ぎすることは、もともと決まっていた計画の一部だ。

 その準備の一環として、家が没落してしまう前に、俺は仕立て屋に自分とフランの正装を注文しておいた。当然、代金は前払いで渡してある。さすがの騎士団も、まだ完成していない・・・・・・・・・服まで没収することはできない。



「ようこそ、アッシュ=シュトレーゼン様」


 宿を出て仕立て屋に向かうと、老紳士といった風貌の店主がうやうやしく頭を下げてきた。


「頼んでいた服はできていますか?」


「もちろんでございます」


 店主はにこやかな顔をしながら、店の奥から二着の衣装を持ってきた。


「早速着て行かれますか?」


「はい、試着室を借りても?」


「どうぞどうぞ。妻と共にお手伝いいたしましょう」


 店主が店の奥に声をかけると、質のいい服を身に纏った老婆が現れた。

 老婆はフランの手を引き、衣装を持って試着室へと消えていく。


「では、我々も」


 俺は店主に連れられ、広めの試着室へと案内された。

 着ていた学園の制服を脱ぎ、手渡されたワイシャツを着る。こうしてボタンを留めていると、銀行員時代の朝を思い出す。あの時間は憂鬱だったなぁ……。


「アッシュ様」


「ん?」


 俺にジャケットを着せた店主は、年季の入った皺だらけの笑みを浮かべた。


「当主のヴェルク様は、一夜にして没落してしまうほどの悪人だったのかもしれません。しかし、私どもにとっては、シュトレーゼン家の皆様は最高のお客様でございました」


「……」


「たとえどんな悪人でも、その方に相応しい服を仕立てるのが、私の仕事です。貴方様がこれから何を成し遂げようとしているのか、到底見当もつきませんが、私はこれからも貴方様の注文をお待ちしております」


「……ありがとうございます」


 俺がそう言うと、店主は再びにこやかに笑った。

 ここは、シュトレーゼン家がずっと贔屓にしていた店だ。

 店主としても、シュトレーゼン家がなくなったのは、相当なショックだったのだろう。長い付き合いだからか、これから俺が悪の道に進もうとしていることも、彼は分かっているのかもしれない。

 これからも贔屓にさせてもらうとしよう。

 俺が悪人になっても、この店は衣装を仕立てると言ってくれたのだから。


「お待たせいたしました。これでいかがでしょう?」


 ジャケットのボタンを留めてくれた店主は、姿見に俺の体を向けさせる。

 そこに映っていたのは、上質なスーツに身を包み、少し背伸びした雰囲気のある男だった。

 前世の姿と違い過ぎて、思わず噴き出しそうになる。


「気に入りました。さすがですね」


「光栄でございます」


 試着室を出てしばらく待つと、もうひとつの試着室から、老婆とフランが出てきた。


「……いかがでしょうか、アッシュ様」


 そう言いながら俺の前に立ったフランは、あまりにも美しかった。

 深い青色のマーメイドドレス――――体のラインが出るドレスは、フランの完成したプロポーションを際立たせ、鮮やかな青色が、艶やかな銀髪とよく合っていた。


「……完璧だ」


「さようでございますか」


 フランは胸を張り、むふーっと鼻から息を吐く。

 本人もどこか照れ臭い気持ちがあるようだ。得意げにしているが、ほんのり頬が赤い。


「お二人とも、よくお似合いでございますよ」


「素晴らしいお手前で」


 老婆とフランが、互いに頭を下げ合う。

 とにもかくにも、これで準備は整った。


「さて、行くか」


「はい、アッシュ様」


 今一度店主にお礼を言った俺は、フランを連れて店をあとにした。

 


 店を出た足で、俺たちはグランシエル王国が誇る大歓楽街――――〝欲望通りデジデーリョストラーダ〟へ足を運んだ。

 名前の通り、ここは人間のありとあらゆる欲望を満たしてくれる。酒場や娼館が立ち並び、深夜になっても人気がなくならない。まさしく眠らない街だ。

 俺の目的地であるカジノは、この〝欲望通りデジデーリョストラーダ〟にある。

 迷路のような路地裏を何度か曲がり、俺はカジノへの入口を見つけた。


「地下か。カジノっぽいな」


 そこには、地下へと続く階段があった。

 現代日本と違い、この国は賭場の経営が許されている。とはいえ、賭場はアーヴァリシアファミリーが仕切っているため、自由に経営することは不可能なのだが――――。


「さて、乗り込むとするか」


 俺はフランを引き連れ、階段を下りる。

 下りた先には大きな両開きの扉があり、それを守るように、屈強な男が立っていた。


「会員証を」


 男にそう言われた俺は、懐からカジノの会員証を取り出す。

 会員証は、貴族にしか発行されない特別なカード。もちろんこれも、没落する前に親父のツテで作ってもらったものだ。

 利用できるものは、最大限利用する。それこそが、俺のスタイルである。


「確認いたしました。どうぞ中へ」


 男に扉を開けてもらい、俺たちは賑やかなカジノの中へ足を踏み入れる。


「黒だ! 絶対に黒!」


「赤よ! 赤に決まってるわ!」


 入って早々、ルーレットのテーブルから、そんな迫真めいた声が聞こえた。

 身なりのいい連中が、こぞって小さな玉の行方を追っている。正直言って、滑稽だ。

欲望通りデジデーリョストラーダ〟には、アーヴァリシアファミリーのカジノがいくつもある。カジノによって客層が異なり、もっともレートが低い店は、会員証も必要なく誰でも入ることが可能だ。

 逆にこの店は、数あるカジノの中でもっともレートが高い。ほとんど上限が存在せず、名のある貴族のみが入店を許されている。


「やかましいですね」


「腐っても貴族なんだから、もう少し上品にしてもらいたいもんだ」


 そんな会話をしながら、俺は換金所へと向かった。

 ここでまず、金をコインに変えてもらう。


「この金をすべてコインに換えてほしい」


「かしこまりました」


 ギャングから奪った金を店員に渡し、すべてコインへと換えてもらう。

 軍資金としては心もとない数だが、コインの枚数は俺には関係ない・・・・・・・・


「よし、早速稼ぐか」


 俺は真っ直ぐポーカーテーブルへと向かう。

 いくつかあるポーカーテーブルには、それぞれディーラーが座って対戦相手を待っている。

 現代においてのポーカーといえば、プレイヤーに配られる二枚のカードと、ディーラーが並べる五枚のカード、計七枚のカードで役を作るテキサスホールデムが主流。

 しかし、この世界には五枚のカードでプレイするドローポーカーしかない。

 さらに、アーヴァリシアファミリーのカジノで行われているポーカーは、すべてディーラーとの一対一のゲーム。客から勝負を挑まれたら逃げられず、負ければ店の金を失うというシビアな状況に対し、ディーラーは強者ばかり。

 その証拠とばかりに、ポーカーテーブルに挑むものは、他のゲームに比べて圧倒的に少ない。

 それだけ、客も勝ちの目が少ないことを理解しているのだ。


「――――そこのお客様」


 ポーカーテーブルに近づくと、ひとりのディーラーが声をかけてきた。


「ポーカー勝負をお求めでしたら、私といかがです?」


 黒髪をオールバックにしたその男は、俺を手招く。


――――釣れた。


 俺はニヤリと笑い、男のもとへ向かう。


「ちょうどよかった。ひりつく勝負をしたいと思ってたんです」


「ふふふ、期待には応えられるかと……」


 不敵に笑う男の前に、俺は腰かける。


「私はディーラーのアルベルトと申します。いい勝負をしましょう、没落貴族の・・・・・お坊ちゃん・・・・・

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