第4話 学園と返り討ち
グランシエル王立騎士学園――――。
それが俺の在籍する学園の名前だ。
貴族のご子息とご令嬢は、こぞってこの学園に通い、鍛錬と勉学に励んでいる。ほとんどの生徒は、卒業後に家督を継ぐか、騎士団へと入団する。
基本は金さえ払えば誰でも入学できるが、一般入試も存在し、平民はそこから入学できる。まあ、当然扱いは最悪だから、おすすめはしない。
――――今は俺も平民だけどな……。
学園に到着した俺は、巨大な校舎を見上げた。
「ねぇ、あれって……」
「ええ、確か没落したシュトレーゼンの……」
俺の横を通り過ぎた生徒たちが、ひそひそとそんな会話をしていた。
すでに一年以上通っているが、こんなに居心地が悪い日は初めてだ。
「ま、分かってたことだからな」
俺は気合いを入れ直し、自分の教室へと向かう。
その道中、突然背中を蹴られた俺は、思わずつんのめった。
「おっと、悪い悪い! ゴミかと思って蹴っちまった!」
「……ガトー」
「ガトー様、だろうが」
俺の背中を蹴ったのは、ガトー=ジェラード。
茶色い髪をワックスでガチガチに固めており、その体は剣術の鍛錬によって鍛え上げられている。顔つきは獰猛で、常に周りを見下すような眼をしていた。
こいつは伯爵家の長男であり、一方的に俺をライバル視していた。俺の家が没落したことを知って、ここぞとばかりにいびりに来たのだろう。
ガタイはいいのに、器は小さい男だ。
「お前はもう伯爵家じゃねーんだろ? だったら俺様に頭を下げねぇとな」
そう言いながら、ガトーは取り巻きたちと一緒にゲラゲラ笑う。
さて、どうしたものか。
こんなやつに頭を下げるのは癪だが、そうするべきなのは分かっている。
ここで俺が暴れていいことなんてひとつもない。
仕方なく、俺はガトーに向かって頭を下げようとした。
「――――何をしている、ガトー=ジェラード」
突然聞き覚えのある声がして、俺は振り返る。
そこには、俺の親父をとっ捕まえたイグニア=シュトロンがいた。
「い、イグニア……」
「いくらアッシュ=シュトレーゼンが地位を失ったとはいえ、彼を侮辱する行為は決して褒められたことではない。同じ伯爵家として恥ずかしいぞ」
「……チッ、しらけちまった。おい、行くぞ」
ガトーはそう言って、取り巻きを引き連れ去っていく。
さすがのガトーも、騎士団長の娘の前では大人しいもんだ。
「……大丈夫か?」
「ああ、ありがとう、イグニア。おかげで助かったよ」
俺としても、イグニアに目をつけられるのは困る。
ここはとにかく友好的な態度でいくとしよう。
「……」
「……イグニア?」
素直に礼を言ったのに、何故かイグニアは驚いた顔をしていた。
「あ、いや……まさか、礼を言われるとは思ってなくてな」
「あ……」
イグニアの表情で、すべてを悟った。
彼女は、俺の両親を牢獄送りにした張本人。
正しいことをしたつもりでも、俺から恨まれることは覚悟していたのだろう。
確かに、素直に礼を言ったのは不自然だったかもしれない。ただ、今はもうこのまま行くしかなさそうだ。
「――――俺は、イグニアを恨んでなんかいない」
「え?」
「父上があんなことをしていたなんて、俺はまったく
「アッシュ……」
「だから、イグニアには感謝してるんだ。俺を悪の道から救ってくれた君は、まさに恩人だよ」
笑顔を貼り付け、俺はそう言った。
――――ちょっと白々しかったか?
一瞬そんな不安がよぎるが、喜びに震えているイグニアを見て、それは杞憂だと理解した。
「立派だ……立派だぞ! アッシュ! その心の強さ! ぜひ見習わせてくれ!」
「あ、ああ……」
イグニアは俺の手を掴み、ぶんぶんと振り回す。
とてつもない力に、体がガクガクと揺れた。
「お前にちょっかいを出す者がいれば、私がなんとかしよう! 共に立派な騎士を目指そうではないか!」
「あ、ああ……助かるよ……」
冗談であってほしかったが、イグニアの目は本気だ。
敵対を避けるための嘘だったのに、どうやら別の意味で目をつけられてしまったらしい。
学園内において、イグニアは超がつくほどの有名人。
その理由は、騎士団長の父を持つことと、彼女自身の性格にある。悪事を働いていると知ったときには、上級生だろうが、身分が高かろうが、誰が相手でも突っかかっていく。そして一度狙われた者は、その疑いが晴れるまで一生追いかけ回されるのだ。
正義に狂った究極のアホ――――。
それが騎士学園の〝
「むっ、このままでは遅刻してしまうな。アッシュ、共に教室へ行くぞ!」
「わ、分かっ――――」
俺の腕を掴んだまま、イグニアは歩き出す。
強すぎる正義感の他に、この怪力も実に厄介だ。俺ひとりくらいなら、片腕で悠々と引きずっていく。聞くところによると、巨大な岩をその怪力で真っ二つにしたとか、なんとか。
――――とんだ化物に目をつけられたな……。
俺は気づかれないようにため息をつき、大人しく彼女に引きずられることにした。
◇◆◇
「はぁ……」
深くため息をつきながら、俺は校舎を出た。
さっきは本当に散々な目に遭った。
授業が終わった途端、イグニアが共に鍛錬しようと絡んできたのだ。
行くところがあると断ったのだが、やたらと粘られてしまい、諦めさせるのにかなりの時間を費やしてしまった。
すでにずいぶんフランを待たせてしまっている。
早く行かないと、機嫌を取るのが大変だ。
カジノで勝ったら、大好物のマカロンをたくさん買ってやろう。
「おい、アッシュ」
早歩きで学園を出ようとすると、突然後ろから呼び止められた。
渋々振り返ると、そこにはガトーの取り巻きたちがいた。
ああ、猛烈に嫌な予感がする。
「……なんの用?」
「ガトーさんが、お前を可愛がってやれってさ。身の程を教えてやるよ、負け犬」
俺は内心で舌打ちした。
このまま去るのが一番賢い選択肢だが、あとをつけられたら面倒だ。これからカジノに挑もうと言うのに、余計なやつらを連れていきたくない。
――――やむを得ないか。
「お前らについて行けばいいのか?」
「
「……あなたたちについて行けばいいんですか?」
「うはっ! そうそう、まずは俺たちについてこい」
取り巻き三人組は、ゲラゲラと笑いながら校舎の裏手に向かって歩き出す。
俺は再び盛大なため息をつき、その背中を追った。
たどり着いた校舎裏は、一切人気がなかった。よく見れば、地面にたくさんのゴミが落ちている。おそらく、ここはガトー一派の溜まり場だ。たまに授業にいないときがあるのは、ここでサボっているからだろう。
「ここでお前をボコボコにして、奴隷になるよう調教しろとのお達しだ。腕の一本や二本は覚悟しろよ?」
「……仕方ねぇな」
「あ?」
「
そう言いながら、俺は先頭にいたやつの鳩尾に拳を叩き込む。
一人目の取り巻きは、声すら出せずに地面に崩れ落ちた。
「なっ⁉」
「はい、次」
二人目の喉を掴み、きゅっと締め上げる。
たったそれだけで、白目を剥いて倒れてしまった。
最強の暗殺者であるフランに鍛え上げられた俺は、人の壊し方を徹底的に頭に叩き込んだ。
どうすればこいつらを戦闘不能にできるか、俺には手に取るように分かる。
「お、おい! お前ら――――」
「金魚のフンには、ゴミのベッドがお似合いだな」
喚き散らされる前に、最後のひとりの顎を掌底で打ち抜く。
脳を思い切り揺らされた彼は、散らばったゴミの上に倒れ、そのまま意識を失った。
「悪いけど、こっちはレディを待たせてるんでね……って、もう聞こえてないか」
俺は頭を掻いたのち、彼らを放置して校舎裏をあとにした。
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