第3話 悪知恵と裏社会

「さすが、手際がいいな」


「光栄の極みでございます」


 フランは俺の忠実なメイドだが、その前はスラム街で技術を学んだ凄腕の殺し屋だった。

 積み上げた死体は数知れず。ターゲットがどんな人物であっても、寝込みを襲うようなコソコソしたやり方はせず、真正面から堂々と乗り込んでいく。そして圧倒的な武力でその場にいた者を全滅させる手口から、彼女は〝死神モルテ〟と呼ばれていた。

 俺とフランが出会ったのは、ただの偶然だった。

 雇われていた組織から脅威だと判断されたフランは、罠にかけられ重傷を負っていた。

 それを俺が見つけて、シュトレーゼン家に連れてきたのだ。

 俺はずっと、フランのような人材を求めていた。戦闘力が高く、物覚えも要領もいい。

 何より、器量がいいのが最高だ。

 ていうか……いいなぁ、二つ名。俺もいつか欲しい。


「さて、これで金が手に入ったな」


 残念ながら、ここにある財宝の本来の持ち主は、もうこの世にいない。

 ならば俺が有意義に使ってみせよう。


「城下町に戻って、宿を探そう。この金があれば、最高ランクのホテルにだって泊まれるぞ」


「……お言葉ですが、アッシュ様」


「ん?」


「スラム街の住人は、日が暮れてから活発になります。今から城下町に戻ろうとすれば、多くの荒くれ者を相手にする必要があるかと」


「……ダルそうだな、それ」


 俺は顔をしかめる。

 どれだけチンピラが襲いかかってこようが、俺たちなら大して苦労せず駆け抜けられる。


 しかし、これ以上スラム街で騒ぎを起こすのは、俺の望むことではない。特にマフィアたちまで話が行くようなことがあれば、計画に狂いが生じる。

 マフィアと接触するのは、まだ早い・・・・のだ。


「……仕方ない。今日はここに泊まるか」


 そう言って、俺はボロボロの長椅子に寝転がった。


「……」


「……なんだよ、その疑うような目は」


「いえ……私は当然慣れていますが、仮にも温室育ちのアッシュ様が、このような場所で一夜を明かすことができるのかと……」


「おいおい、舐めんなよ? こう見えて俺は、終電を逃したときは公園の汚いベンチで寝たことだってあるんだからな」


「しゅうでん?」


 銀行員は、その日の伝票にミスがあると、それを直すまで帰れない。

 たとえそのミスが一円単位だったとしても、妥協することは許されないのだ。

 なかなか原因が分からないときは、日を跨ぐこともあった。そういう日は近くのネカフェか、ビジネスホテルに泊まる。どこも満室なときは、やむを得ず公園で過ごすこともあった。

 あの日々は本当に苦痛だった。野宿したときは、幸い夏場だったからよかったものの、冬だったら凍え死んでいただろう。


「雨風を凌げる壁と天井があって、ギャングが残した食料もある。十分快適な空間だ」


「……どうやら、私はアッシュ様を見くびっていたようですね」


「とはいえ、さすがに死体と一緒に寝るってのは気分悪いな」


「かしこまりました。すぐに裏手に捨てて参ります」


 フランの手によって、教会内は瞬く間に綺麗になった。

 さらには長椅子を組み合わせて、簡易的なベッドまで作ってくれた。


「さすがはフランだな。こんなところでも完璧な仕事っぷりだ」


「アッシュ様のメイドである以上、当然です」


 そう言いながら、フランはスマートに頭を下げた。

 もう少し可愛げがあれば完璧なんだが。まあ、贅沢は言うまい。


「扉には内側からバリケードを作ってあります。簡単には突破されないでしょう」


「助かる。これなら安心して眠れそうだな」


 俺は簡易ベッドに寝転がる。

 そしてボケーっと天井を眺めながら、これからのことに思いを馳せる。

 裏社会で成り上がるには、とにかく金が必要だ。ギャングから奪った金は、確かに大金ではあるものの、俺の野望に対しては雀の涙にしかならない。

 とにもかくにも、さらに多くの金がいる。いくら力を持とうとも、最後にものを言うのはやはり金なのだ。


「……フラン」


「はい、アッシュ様」


裏カジノ・・・・を仕切ってるのは、どこのマフィアだっけ?」


「賭け事をシノギにしているのは〝アーヴァリシアファミリー〟です」


「ああ、そうだったな」


 グランシエル王国には、六つの巨大マフィアが存在する。

 そのうちのひとつ、アーヴァリシアファミリーは、ありとあらゆる賭場を取り仕切っている。

 ろくに人脈もなく、仕事を始める基盤もない俺が、手っ取り早く金を手に入れる方法。

 それは〝ギャンブル〟だ。

 俺はこの金を元手にして、裏カジノで一攫千金を狙うつもりだ。


「確かに、ギャンブルに勝てば一気に大金を獲得できますが……アーヴァリシアファミリーのカジノで大勝ちすれば、十中八九目をつけられてしまいますよ?」


「いいんだよ。いずれアーヴァリシアファミリーは、この手で潰す予定なんだ・・・・・・。向こうからかかってくるなら、歓迎してやればいい」


「……なるほど」


 フランが感心した様子で頷く。

 現在の裏社会は、六大マフィアたちによって、徹底的に管理されている。


 〝ギャンブル〟のアーヴァリシア。

 〝人身売買〟のインヴィー。

 〝薬物〟のアッセンディア。

 〝殺人〟のイーラ。

 〝風俗〟のルッスーリア。

 〝高利貸し〟のグォーラ。


 裏の事業は、すべて彼らが牛耳っている。

 彼らは決して協力し合っているわけではないが、互いの事業には手を出さないという不可侵条約を結んでいる。

 よそ者が迂闊に彼らの事業に参入しようとすれば、さあ大変。徹底的な暴力によって、新参者は一瞬にして粛清されてしまう。彼らがいる限り、裏社会で成り上がることは不可能だ。


 ならば、手段はひとつ――――。

 この手で、六大マフィアをすべて潰す。

 そしてすべての事業を、俺ひとりで牛耳るのだ。


「マフィアに喧嘩を売ろうとは……我が主ながら、恐ろしい方ですね」


「マフィアだけじゃないさ。いずれはグランシエル王国すら敵に回すことになるかもしれない」


「と、言いますと?」


「いくら相手がマフィアだからって、国が好き勝手やらせてるのは不自然だと思わないか?」


「……まさか、この国自体が裏社会に関与しているのですか?」


「状況を鑑みるに、そう考えるのが妥当だろうな」


 国の上層部がいくら腐っていようが、犯罪組織を野放しにしておくのはリスクしかない。

 それでも放置しておく理由は、公には言えないメリットがあるからに違いない。


「どうせもらってんだろうな、莫大な金を」


 得た利益の一部を国に流すことで、マフィアは安全に悪事を働くことができる。

 国も余計な損害を出さず、利益を啜れるんだ。これ以上ないWINWINである。


「マフィアを敵にすれば、国ごと出張ってくるかもな。それはそれで面白そうだ」


 やっぱり闇の帝王を目指すなら、一国くらい支配してみせないと張り合いがない。


「……アッシュ様が望むのであれば、国家上層部の首を根こそぎ刈り取ってみせましょう」


「それじゃあ面白くないじゃない……」


 俺がジト目を向けると、フランはきょとんとした顔で首を傾げた。

 このメイドなら、俺がやれと言えば本当にやりかねない。確かに一国を裏から支配するなら、武力は必要不可欠だ。

 しかし、俺のプレイスタイル・・・・・・・はそうじゃない。

 もっとスマートに。それから、成り上がっていく道中もしっかりと楽しみたいのだ。


「ふぅ……そろそろ寝るか、明日もあるしな」


「明日はどうなさるおつもりで?」


「学園に行く。家は没落したけど、除籍にはなってないはずだからな」


「騎士学園ですか……かなりひどい扱いを受けることが予想されますが、お供いたしましょうか?」


「いいや、フランは宿を取って待っててくれ。学園内に使用人を連れ込むようなやつはいないし、悪目立ちするからさ」


「……かしこまりました」


 フランの心配そうな視線が突き刺さる。

 貴族のボンボン共が通う騎士学園に、爵位を失った家の息子が通うとどうなるか。

 当然、虐げられるだろう。

 ただ、そうと分かっていたとしても、通うだけの価値がある。


「真面目に学園に通ってるほうが、騎士団の心象がいいだろ? 監視の目をつけられたら、さすがに面倒だからな」


「なるほど、さすがはアッシュ様。悪知恵には事欠きませんね」


「褒めてるの? それ……」


 後ろめたいことがあるのか、フランは俺からスッと目を逸らした。

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