第2話 拳銃と片付け

 騎士団の連中が、シュトレーゼン邸に流れ込んでいく。

 十七年間育った家は、親父の爵位の剥奪と共に手放す羽目になった。もちろん、中にある財産も。


「これでついに家無し子か……どうすっかねぇ」


 俺は懐をそっと撫でる。

 ここには、騎士団が来る前に隠しておいた少額の金が入っている。

 あとから隠したことがバレても面倒だから、本当に雀の涙ほどの金額だ。これでは宿にすら泊まれない。


「奥方様も投獄されたそうですね」


「ああ。まあ、違法に売られた子供を買いまくって、お遊戯・・・の相手にしてたんだ。薬物も使ってたみたいだし、非道なショタコンは捕まって当然だな」


「しょたこん、とは?」


「フランは知らなくていい言葉だ」


 俺がこうして無事なのは、家にいる間は悪事に手を出さなかったからだ。

 騎士団から事情聴取を受けたが、何もしていないんだから証拠があるはずもなく、あっさり解放された。


 ただ、俺だったからよかったものの、ぬくぬく育った貴族の子供を家もない状態で放り出すのは、あまり感心しない。子供の面倒すらまともに見られないところが、このグランシエル王国の非情さを物語っている。


「闇の帝王を目指すのであれば、強盗でも致しますか?」


 抑揚のない声で、フランが問いかけてくる。

 もちろん、冗談だろう。

 しかし俺は、それに対してひとつ頷いた。


「ああ、強盗でもしようか」


「……正気でございますか?」


「色々と金も入用だしな。ただ、相手は選ぶ」


 善人に対して強盗を働けば、一瞬で騎士団に捕まってしまう。

 ならば――――相手が悪人であれば?


「ついてこい、フラン。獲物にはすでに目をつけている」


「かしこまりました、アッシュ様」


 そうして俺は、第二の人生のほとんどを過ごした屋敷をあとにした。


◇◆◇


 ここは、グランシエル王国。

 この世界の中央に位置する広大な大陸の中で、もっとも巨大な国である。

 俺は今、グランシエル王国の王都にいる。

 王都は、城下町、平民街、農業地帯、スラム街で構成されている。

 先に言っておくと、スラム街は国が認めた名称ではない。

 犯罪者や、身分を持たない者が大量に住み着くことで出来上がったスラム街は、国にとっては目の上のたんこぶだ。しかし、武装集団――――いわゆるマフィアがたむろするようになったことで、国は簡単に手を出せなくなってしまった。

 そうして、国が放置したことで、スラム街は治外法権の危険地域になったのである。 


――――だからこそ、俺たちが向かう価値がある。


「ひどい臭いだ……」


 スラム街に足を踏み入れた俺は、鼻をつまみながらそう言った。

 腐った生ごみの臭いと、ほのかな獣臭さ、そして血の臭い。

 もともと、この辺りは平民街の一角だったが、荒くれ者が増えた関係で住民が一気に離れ、一時は廃墟だらけのゴーストタウンと化していた。

 そこにさらに荒くれ者が集まったことで、今のスラム街が出来上がったのだ。


「……さっきから、めちゃくちゃ見られてるな」


 俺は周囲を見回しながら、ぼそりとつぶやいた。

 道端には、みすぼらしい恰好をした者たちが何人も座り込んでいた。

 俺が質のいい服を着ているからか、注目を浴びてしまっているらしい。


「今にも襲いかかって来そうだが、大丈夫なのか?」


「スラム街の住人は、簡単にはよそ者を襲いません」


「その心は?」


「マフィアの取引相手の可能性があるからです。迂闊に襲いかかり、マフィアに目をつけられてしまうと、もうこの街では生きていけません」


「……なるほど、品定めの時間ってわけだ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、頬を掻く。

 こりゃ、街を出て行くときは覚悟したほうがよさそうだな。


「しばらくは、私のそばを離れないようお願いします。万が一にもはぐれるようなことがあれば、見つけることは困難です」


「分かったよ」


 俺は素直に頷いた。

 フランは、シュトレーゼン家に来るまでこのスラム街で生活していたらしい。

 この街に関しては、俺よりも圧倒的に詳しい。


ターゲット・・・・・の居場所は?」


「この先の廃教会にいます」


「へぇ……」


 昼間とはとても思えないほどに薄暗い道を抜けると、フランの言った廃教会が見えてきた。

 中からは、男たちの笑い声が聞こえてくる。


「中にいるのは、最近になって結成された小規模のギャングです。調べによりますと、つい先日、男爵家へ強盗を働き、多額の財産を奪い取っています」


「その家の人たちは?」


「全員その場で殺害されています」


「なるほど、そいつは極悪人だ」


 相手が悪人であればあるほど、片付けたときの爽快感が増す。

 俺は迷うことなく、教会のガタついた扉を開けた。


「やあ、諸君。お楽しみのところ失礼」


 中には、大勢の武装した荒くれ者たちがいた。 

 彼らは瞬時に口を閉じ、警戒心をむき出しにして俺を睨む。


「……アッシュ様。これはいわゆる〝スベっている〟というやつでは?」


「別に笑いを取ろうとしたわけじゃないんだけど……」


 こっちはカッコつけたかっただけなのだが、まあいいか。

 俺は改めて教会の中を見回す。

 すると、奥にある朽ち果てた祭壇の上に、金銀財宝が集められているのを見つけた。


「まるで神への供物だな」


「……おい、ガキ。こんなところになんの用だ?」


「ああ、ちょっとそこにある財宝をいただけないかと思ってね」


 俺が笑顔でそう答えると、荒くれ者たちは噴き出すように笑い始めた。


「ぎゃははははは! 何を言い出すかと思えば、財宝だって? おいおいクソガキ、テメェ自分の命が惜しくないのかよ」


「なあなあ、後ろの女はかなりの上玉だぜ?」


「ああ、玩具が向こうからやってきやがったな」


 仲間たちとゲラゲラ笑いながら、先頭にいた男がサーベルを俺に突きつける。


「そこの女を置いてけ。そしたら命だけは取らねぇからよ」


「――――優しいな、あんた」


「……あ?」


「悪いけど、こっちはひとりも逃がすつもりねぇんだ」


 ベルトに固定していたホルスターから、得物・・を抜く。

 それは、漆黒の銃身を持った一丁の銃だった。

 きょとんとしている男の脳天に狙いを定めた俺は、迷わず引き金を引く。

 俺の魔力によって、銃に刻まれた魔法が起動し、込められた弾丸が放たれる。

 その威力は、まさに現代の銃そのもの。撃ち出された弾丸は、男の脳天を貫き、はるか後方にある女神の銅像すらも撃ち抜いた。


「ひゅう、相変わらずすげぇ威力」


 腕に走る甘い痺れに浸りながら、俺はそう言った。

 この銃は、王都でもっとも腕のいい鍛冶師に作らせた、特別な逸品だ。

 通称〝マギアベレッタ・ネロ〟。

 引き金を引くことで、内部に刻まれた魔法陣から小規模の爆発魔法が発動する。

 その爆発によって、鉛弾を発射するという仕組みだ。

 やはり、裏社会と言えば銃だろう。

 それに、この世界にはもともと銃というものがない。

 見知らぬ武器は、何よりも大きなアドバンテージとなる。

 初見で見切れる者は、おそらくひとりとして存在しない。


「て、テメェ……!」


 仲間がやられ、男たちは一斉に武器を取る。

 人数にして、十人ほどか。これなら、俺がいなくても十分だろう。


「すべて片付けろ、フラン」


「かしこまりました、アッシュ様」


 俺は男たちに背を向け、教会の扉を閉める。

 そして扉の前を陣取れば、俺が退かない限り誰も外には出られない。


「女を囮にするつもりか⁉ お前ら! やっちまえッ!」


 男たちが、フランに向かって飛びかかる。

 はたから見れば、絶望的な状況だ。

 しかし、真に絶望すべきなのは、俺たちではない。


「アッシュ様の命により〝お片付け〟を実行いたします」


 突如として、フランの手に無数のナイフが現れる。

 彼女が腕を振れは、そのナイフは飛びかかってきた男たちの脳天に深々と突き刺さった。


「は、はれ……?」


 崩れ落ちる男たちを冷たく眺めながら、フランは再びナイフを握る。


「――――次」


 教会内に、悲鳴という名の合唱が響き渡る。

 やがて何も聞こえなくなった頃、死体の山を築き上げたフランは、俺に向かって悠々と頭を下げた。


「業務終了です、アッシュ様」


「ん、ご苦労様」


 彼女の仕事っぷりに、俺は満足げに頷いた。

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