第7話 畜生道

 沖田が修羅道に向かってから、一時間が経っていた。ここでは、真田の計画通り。

「それぞれが、一時間おきに、出発し、それぞれの場所から村を抜ける」

 という計画だったので、その計画通りに、今度は、北条が、

「畜生道」

 の峠へと向かったのだ。

 畜生道のお地蔵さんが見えてきた。

「ああ、あそこだ」

 と思い、少し安心感から、速度を落とした北条だった。

 すると、一気に脱力感を感じ、お地蔵さんの近くまでくると、何やら幕のようなものが見える。(賢明な読者であれば、それが、修羅道と同じものだったということを、感化されていることであろう)

 そして、太陽の位置を見ると、そこが今、

「朝である」

 ということが、北条には分かった。

 北条も、そんな太陽の位置を気にできるようなタイプではなかったので、自分でもよく分からないという気分であったが、実際に見ていると、朝から、結界の向こうが、

「昼間の世界になっている」

 というのも分かっていた。

「こんなに何でも分かってしまうなんて、俺って、まるでスーパーマンにでもなったかのように感じる」

 と思ったのだ。

 目の前に見える結界は、真っ青だった。その青を見ていると、

「どこかで見たような色だな」

 と感じると、

「ああ、そうか」

 とすぐに、その色が、

「朝顔の花の色だ」

 ということが分かったのだ。

「朝顔など意識したことがなかったくせに、今日は不思議と、いろいろなことに気が付くんだな」

 と感じたが、それが、

「結界を目の前にしたからなのか?」

 あるいは、

「この畜生道の峠に差し掛かったからなのか?」

 と考えたが、結局同じことであるということに気付いたのだ。

 直感は信じられないほどに発想できるのに、今までリアルにすぐに理解できていたことを感じることができなくなった空間であった。

 目の前にある結界に近づいていく。

 少し後ろに体重をかけるようにして、その感覚は無意識だったのだが、そのせいでゆっくりにしか近づけているわけではなかった。

 だから、次第に後ろに掛かる重力が、次第に、重たくなっていくようで、まるで信じられないような、

「G」

 が掛かっているように思えた。

 もちろん、一瞬のことで、そんなものが少々でも長く続けば、

「立ったまま気絶してしまうか」

 あるいは、

「ひっくり返って、仰向けになったまま、まるで金縛りに遭ったかのように、まったく動くことができない」

 ということになるのではないかと感じたのだ。

 真っ青な結界を見ていると、もう一つ思い出された。

「ああ、あれは、子供の頃に打った予防接種のシリンダーのようだ」

 と思ったのだ。

 あの時、別に病気でもないのに、病院にいて、待合室で待たされている時も、

「まるで、病人ではないにも関わらず、病人になってしまったかのようで、おかしな感覚に陥った」

 という感覚になるのであった。

 だから、この真っ青な結界を見た時、

「まるで、病気にでもなったような気がするのだ」

 と思えた。

 先ほどの村際の結界を目の当たりにした沖田もであるが、

「なぜか、目の前に鎮座しているこの結界に対して、何ら不思議な感覚というものがしない」

 という感覚になっているのだった。

 北条も、結界を超えることができれば、

「俺たちの計画は成就されるんだ」

 と思い、そっちの方が嬉しいという気持ちがあるからなのか、結界というものが、不可思議なものであっても、

「まったく気にもしない」

 という感覚になったとしても、無理はない。

 というのが、本音のようなものだったのかも知れない。

 しかも、北条は、SFマニアであり、少々のSF小説は、結構昔読み漁った。

 日本におけるSF作品は知れているので、ほとんどの有名な日本の作品は網羅しているのであった。

 だが実際に、SFマニアである北条としても、

「この結界を説明できるものだはなかった」

 ということだ。

 そうなると、自分が感じている結界は、

「目の錯覚ではないか?」

 と感じると、

「結界など関係なく抜けられるだろう」

 と、

「どうしてそんなに気楽な気持ちになれるのか?」

 いうことに考えが傾いてしまい、自分の考えが、前に進んでいないのではないかと感じるのであった。

 それでも、

「越えなければいけない結界である」

 ということには違いない。

 とにかく、ここを抜けないと話にならない。

 そう思うと、怖い思いよりも、

「行くしかない」

 という思いの方が強い。

 普段であれば。

「北条は、そんなことを考える人間ではない」

 からであった。

 今までの経験と、目の当たりにしてきた悲劇などを思うと、

「何も考えずに行動する」

 ということが、

「いかに恐ろしいことなのか?」

 ということが分かるというものであった。

 北条がどこまで感じているか分からないが、目の前にある朝顔を見た時に、その真っ青な色の向こうに広がる世界が、

「昼間の世界だ」

 と感じたのだ。

 そもそも、朝顔がそこになければ、今が朝だということに気付いていないということになるのだろう。

 北条は、何とか目の前にある結界を超えることの覚悟ができたようだ。

 ゆっくりと近づいて、手を伸ばしてみると、確かに結界は存在するのだが、その結界が、幻のようにしか感じないのは、手を突っ込んでも、何も変わらないということが感じられたからだ。

 そもそも、最初から、結界というものを、

「目の錯覚だ」

 としてしか見えていないということを自分でも分かっているからではないかと思うのだった。

 そのせいもあってか。北条は、違和感なく結界に入り込んでいった。その時、途中まで差し掛かった時、

「あれ?」

 と感じたのだ。

 結界に入っている部分、逆に結界に入っていない部分で、

「まるで、身体が二分割したような感覚だ」

 と思えた。

 ちょうど結界の部分に、その結界が組み込まれて、

「果たして、どっちが、現実社会なんだ?」

 と思ったからだ。

 結界に入っていない自分が本来の自分だということを感じたので、その瞬間、結界の中に入ることすらできなくなった。

「ここは、最初と最後の気持ちが同じで、結果、途中もまったくブレていない」

 という感覚になったのであった。

 北条はそう思うと、

「この結界を、いかに抜ければいいのか?」

 という思いと、

「まさか、このまま中途半端なまま、動くことができないのではないか?」

 と感じるのであった。

 動かそうとすればするほど、自分が、冷静になってきて、頭の中では、過去にあったことがフラッシュバックしてくるのだ。

 この性格は、北条の中にずっとあったというもので、今に始まったことではなかったのだ。

 それを思うと、今度は、なぜか頭の中に、

「少し先の未来までもが見えているのではないか?」

 と感じるのだった。

「そう、少し先の未来……」

 そう思うと何か違和感が感じられた。

「少し先ではなく、少し前」

 つまり、

「少し前の未来?」

 と、そう思った時、結界に釣り込まれてしまったかのように感じた。

「ああ、吸い込まれてしまう」

 と感じると、目の前にある扉のようなものが開いて、その先に放り込まれる気がしてくるのだった。

 足だけで必死に突っ張ってみたが、そんなムダな抵抗が続くわけはない。

 目の前に見えているその状況を、足元だけが、どうすることもできずに必死にこらえている。

 それを思うと、

「越えられない結界が、越えられる」

 と思った瞬間、取りこまれてしまった。

 感じるよりも、何よりも、すぐに取り込まれた。

 そして、その結界が、北条を包んだまま、その世界から消えてしまったのだ。

 だから、そこで、北条が消えてしまったということを誰もしることなどできるはずもない。

「北条は、どこに行ってしまったというのだろうか?」

 と感じると、畜生道では何でもありの、近親相姦、下手をすれば、獣姦などという、口にするのもおぞましいことが、許される、

「少し前の未来」

 という、矛盾した世界が広がっているのだった。


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