第8話 魔王は恐ろしい存在かと

 ──魔王

 最悪の存在にして、人類を滅ぼさんとする邪悪の権化。

 愉悦のために人を殺戮し、目に入った全ての魔族を除く全ての生命体を殺す狂気の存在。

 それこそが人々の魔王に対する見方だ。

 

 そして、ノルもまた同じくだ。

 また、彼女は実力があった。

 だから鑑定見えてしてしまったのだ。

 アレシアの魔力量が。

 底なしの沼が。

 黒く、黒く塗りつぶされた深淵にも等しい魔力の渦が。


「ハッ、ハッ、ハッ!」


 呼吸が苦しい。

 化け物が目の前で動いている。

 それだけで生きている心地がしない。

 魔王が手を一振り動かせば首など簡単に飛ぶだろう。

 アレシアの一挙手一投に戦慄した。

 そこには隔絶した化け物を化け物たらしめる生物としての根源的な格の違いがあった。

 

「……では、私は失礼しますね」


 ゆっくりと魔王アレシアが部屋から出ていく。

 同時にまた莫大な魔力の渦も遠のいてゆく感覚を覚える。

 そして、ようやく息を取り戻すことに成功する。


「あ、あれはなんだッ!本当に魔王じゃないか!?なんて言うものを連れ込んだんだ、君は!!!」


 すぐさま机に乗り出してブラウスに怒鳴る。

 怒鳴られたブラウスは、涼しい顔をして手を上げて静止した。


「大丈夫ですよ。アレシアはまだ魔王ではありません」


「……ッ、でも!」


「ええ、言わんとするところは分かりますよ。あいつの魔力は確かに異次元だ」


 ノルが見えると言うことは、当然ブラウスもまた見える。

 アレシアの抱える深淵にも等しい魔力の渦が。

 彼女を魔王垂らしめんとする、人智を超えた魔力量が見えるのだ。

 故に、ノルの言わんとするところは理解できる。


「確かに、あいつの魔力量は一国を滅ぼすに足る物だ──」


 きっと、アレシアが本気で暴れたならばこの王国を破壊しただけでは飽き足らず、他の人族国家を全て滅ぼし尽くすだろう。

 それだけの力が彼女にはあった。

 それは確かな事だ。


 しかし、と付け足す。


「あいつはまだ魔王じゃない。まだ、あの力は世界を滅ぼそうという方向に向いていない。そして、世界を滅ぼそうと言う方向に向いた世界のことを俺は知っている。まるで地獄だった」


 何度も何度も見てきた。

 この王都が戦火に燃える光景を。

 ハンドラーが鮮血を広がせながら絶命する姿を。 

 だからこそ、彼はその未来を回避せねばならない。


「……」


「だから、そんな未来が絶対に来ないようにしなきゃいけないんです」


「……そうか」


「あいつが魔王になった原因を全て取り除いて、魔王にならないようにする」


「……それは……夢物語なのでは?本当にそんなことできるのか?」

 

 すまないが、と指摘される。


 その通りだ。

 アレシアが魔族である限り、その心に闇を抱えねばならない。

 どれだけ愛を持って接したところで、それは絶対に避けられない。

 そんな事、ブラウスは知っている。


 だが、違うのだ。

 そんな事は関係ない。


 

「あいつは魔族だ。きっと、あいつが生きている限り差別とか、理不尽など嫌と言うくらい出会うだろう……でも──」



 世界は嫌なことで満ちている。

 アレシアに角がついている限り、絶対に避けられない。

 人々から珍奇な目で見られ、哀れみと差別の目で見られるだろう。

 そして、いずれはそんな世界に絶望し、全てを破壊しようとする……


 それが4度目まで彼が居た世界だった。

 

 ただ、今は5度目の世界だ。

 そんな未来、どうとでも変えられる。



「俺は勇者です。一人の女の子を救えなくて、何が勇者ですか。絶対に、彼女を幸せにして見せますよ」


 宣言する。

 彼こそが魔王を討ち取らんとする勇者だ、と。

 同時に、剣を持ってしてではなく、一人の人間として魔王を救うことを宣言する。

 


「……分かったよ。君の覚悟はきちんと伝わったよ。生半可な覚悟でやっていないという事がわかっただけで十分だ。で、何を手伝えばいいんだ?私は」


 ノルは馬鹿じゃない。

 ブラウスがどれだけの覚悟でアレシアを引き取ったかなんてすぐに分かった。

 だから、彼女は彼の手伝いをする事にした。


「はい、ありがとうございます。では早速聞きますが、女の子ってなにを着るんですか?」


「……は?」




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【あとがき】

 面白い、続きが読みたい、尊い、などなど少しでも思っていただけましたら是非是非下の⭐︎⭐︎⭐︎欄からレビューをお願いします。

 作者の大きなモチベーションに繋がりますので、してくださるととても嬉しいです。

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