第7話 勇者と魔王と師匠と
「こんにちは、私の事は覚えているかね?」
扉を開けると、そこには軍服調の制服を纏った白髪の女性が立っていた。
それを見たブラウスはピシリと敬礼した。
「ええ、覚えていますよ。お久しぶりです、ハンドラー・ノル」
「それは良かった。早朝の訪問、無礼だが許してくれ。ところでブラウス君、君は今何回目だ?」
「5回目です」
「なるほどなるほど。そんなに負けたのか。教育者として君をそんなに苦しませてしまい、本当に心苦しく思うよ……」
彼女の名はノル・フォン・レーベ。
勇者ブラウス・レーベレアの師匠兼ハンドラーだ。
王国軍には様々な種類があり、彼女はその中でも勇者が所属する王室直属部隊の部隊長である。
故に簡潔に言うならば、彼女こそがブラウスの上司とも言える。
「……とまあ、こんな感じの挨拶をしろと知人から勧められたのだが、なんだか違和感があるな」
当然だ。
なにせ、死に戻りをしているのはブラウスのみであるから。
その他の人間からすれば、死に戻りしたという事実は理解できるものの、実際に体験した訳ではないのでイマイチ感覚的に理解できない物だ。
「そりゃそうですよ。俺だけが不死の加護を受けていますからね」
「……それは、なんかすまないな。ブラウスだけに負担がかかるような事になってしまって。後悔しているよ」
「いえ、ハンドラーだけの責任じゃないですよ。それに、俺も俺で死に戻りはそこそこ楽しんでいますし」
「お前ってやつは……、本当に……申し訳ない」
ペコリ、と頭を下げるノル。
それを見たブラウスは少しばかり間が悪くなった。
「まあ、世間話はこれくらいにしておいて、お茶の一杯でも召し上がって行きませんか?色々話があるんですよ」
「世間話ではないと思うが……うん、そうさせてもらうよ」
そして、ノルを家の中に招き、応接間の一角に彼女を座らせた。
▽
「あのっ……ご主人様、あの方は?」
応接室の外、アレシアが不安そうにブラウスに小声で話しかけた。
「ああ、心配しなくてもいいぞ。あの人は俺の師匠見たいな人だ。優しい人だからそこまで怯えなくてもいいぞ」
「そうですか……あの女の人がご主人様の師匠……あ、お茶用意しますね」
「ありがとう」
アレシアはててて、と台所まで茶を淹れにいった。
一方のブラウスは応接室の中に入り、ノルと向かい合わせの席に座った。
「お前とした事が、珍しいな」
すると、突然ノルは驚いた顔をしながらそう言った。
「珍しい?」
「魔族奴隷だよ。てっきりお前はそう言うのを嫌っているもんだと思っていたんだが……まあ、私も別に否定する気もないが……男なら溜まる物だしな」
ああ、そうか。
確かにブラウス・レーベレアは奴隷制度というものが大嫌いだ。
日本人として生まれ、日本人としての感性を転生前に教え込まれた訳だから当然、奴隷というものに対して忌避感を覚えるのは当然だ。
この国では魔族奴隷は当たり前のものとなっているが、周りからの彼の評価は、魔族奴隷を嫌う変人という感じになっている。
しかし、溜まるとはどういう事だろうか。
しばし考えたのちに、思い当たる。
「あの……勘違いなさっているようですが。そういう目的で買ったんじゃないですよ?」
「……え?ああっ!そ、そうか、それはすまない誤解をしてしまったな」
顔を真っ赤にするノル。
美人が顔を染めているため、側から見るとすごい光景だ。
「誤解が解けて良かったです」
まあ、変に突っ込むべきじゃないだろう。
ブラウスはそれで話を終わらした。
そして、数分ほどアレシアに関する団欒を楽しんだ後、ブラウスは新たな話題を切り出す。
「ところでですけど……あのー、とても相談しづらい事なのですが……」
「ん?ブラウスの相談ならばなんでも聞くぞ?」
「今まで話した、アレシアの件なんですけど……」
「アレシアか?」
「その、実は──」
口ごもるブラウス。
そのまま彼女が前世での魔王だ、なんて言っても普通、信じるだろうか。
彼だったら信じないだろう、ということでなんと伝えれば良いか迷っていた。
だが、信頼するハンドラーならば分かってくれるだろうという事でそのまま伝える事にする。
「あいつ、実は魔王なんですよ」
「はあ?」
素っ頓狂な声をあげるノル。
ああ、失敗したなとブラウスは思った。
しかしここまで来たらもう戻れない。
「その、こんな事がありまして──」
5度目の死に戻りにより目覚めてから、今までの事を全て説明する。
それを聞いたノルは、理解にやや時間を要したが、流石の賢さですぐに理解した。
「ほ、本当か!?つまりは──」
「──お、お茶ですっ!お菓子も用意していますのでごゆっくり!」
応接間にアレシアが菓子や茶を乗せた盆を持ちながら入ってくる。
「あ、ああ、ありがとう、ございます!ヒッ!」
アレシアが元魔王である事を知ったノルは、恐怖に顔が歪む。
目の前の魔族こそ、人智を超えた化け物だ。
少しでも対応を誤れば殺されるのでは?
そんな恐怖に机の上に置かれた茶を取る手が震えてしまっている。
「……?」
一方のアレシアは、客人であるノルの気分を損なってしまったのかと心配になる。
そのままブラウスの隣まで行き、囁き声で話しかけた。
「あ、あのー、私、なにか損なってしまいましたか?」
さらに一方のブラウスは、溜息をついた。
この状況はなんとなく予想が付いていたから。
「別に、なにも損なっていないさ。心配しなくてもいいよ」
「……それなら良かったです」
怯えるノルを傍目に応接間から出て行った。
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